ユウ罪
(――いける)
今度こそ、本当にイルはそう思った。
翼竜族との連携攻撃。
イルの剣とルーイの空間魔法を合わせた、絶え間ない連続攻撃。
それは確かに効いていた。
(一回一回の傷は深くはねェが、向こうに治癒する隙も与えてねェ。何より、コイツの身体は一度大量の血を流してる。このまま積み重ねていけば――!)
思った矢先、頭の周囲に複数の魔法陣が広がる。地面に飛び込み転がって避けようとした瞬間、
(――ヤベ)
飛び込んだ先に狙ったように魔法陣が現れる。
――シュンッ。
――ドガアァン!
その魔法陣が爆発する一瞬早く、イルは翼竜の魔法によって初代魔法のかかと近くに飛ばされ、
「――フッ!」
その後ろ脛を斬り付けた。
(スゲェな、翼竜の空間魔法! アイツあの位置から座ったままのあの視点で、俺とコイツ、両方の動きと魔法を完全に把握してる。そンで寸分の狂いもなく俺を最適な場所にとばしてる。もう限界なハズなのに、さっき会ったばっかの、動き回る俺をこンなにも正確に……! ったく、味方になると頼もしい。――なら、俺も)
「ぐあぁっ!」
翼鳥が体勢を崩す。イルは素早く立ち上がり、何度もその翼を、身体を、斬り付けた。
何度も、何度も。
――ぐちゅっ。
肉が潰れる音がする。
――ごきっ。
骨が折れる音がする。
剣を握る手に、肉が裂け骨が折れる感触が伝わってくる。
今までに何度も感じたことがある、一番嫌いな感触が。
「嫌だとも言ってらンねェな」
イルは頬にかかった返り血を拭い、凍えるような眼で翼鳥を、初代魔王を見下ろした。
「そ、そなた……存外に趣味が悪いではないか……。その剣、木剣だな……? 反吐が出る……すぐには殺さず、いたぶり殺すなど……。およそ許される行為ではない……!」
最初の魔法使いも、さすがに魔力が尽きたのだろうか。
シリウスは床に手と膝を付き、息も絶え絶えにそう言った。
「……苦しませたのなら、悪かった」
人間は、勇者は、右手の剣を高く掲げた。
赤い血に染まったこげ茶色の剣を。
「俺はできるだけ殺したくねェから。間違えて何かの拍子に殺しちまわねェように木剣を使ってる。それにこれの方が相手を傷つけた時の感触がわかりやすい。自分が誰かを傷つけたことを、誰かを殺したことを忘れたくねェから使ってるンだ。……だが、そのせいで相手を痛めつけることになるのもまた事実。――だから、選べよ」
そして左手をシリウスの後頭部へかざす。
白い魔法陣の浮かんだ左手を。
「剣でカチ割られるか魔法でブチ抜かれるか。どっちがいい?」
心臓が凍るような優しさを、けれど初代魔王は鼻で嗤った。
「……はっ。随分綺麗に飾り立てた言い訳だな。うわべは色とりどりだが中身は実に無彩色。そなた
そしてニタリと歯をむき出す。歪んだ笑みで、
「そなたは『人間』に相応しくない」
「アァ!? ふざけンな。人間は人間だ、相応しいもクソもねェンだよ。ワケのわかンねェ選民思想で人間を区別して千年も戦わせてる、テメェの方がよっぽど人間じゃねェよ、教祖サマよォ!!」
勇者は吠える。
それを聞いても尚、
「くふっ」
シリウスは嗤いを漏らす。
そしてゆっくりと身体を動かし体勢を変えた。床に手を付き、イルのことを正面から見上げる格好。
イルは警戒しつつもその目を見つめ返した。
「あァ? ナニがおかしい。千年生きて気が触れたか」
「くふふ。ふはははは! 何、少々そなたが滑稽で。途切れ途切れではあるが、そなたがここに来てからのことは概ね把握しておる。そなた、あの幼い魔王に協力して僕の魔法を止めようとしているのだろう? そなた――あやつの言うことをなぜ信じておる」
「……っ、アイツが嘘ついてるっていうのかよ。この戦争はテメェのせいじゃねェって?」
左手の魔法陣がわずかに揺らぐ。翼鳥はそれを見て目を細めた。
「いいやぁ、そうではない。この魔法は間違いなく僕の悲願であり僕の功績だ。誰にもくれてやるつもりはない。しかしなあ、僕はとうの昔に死んだ身だ。この魔法がまさか千年も続くとは思わなんだ」
「……ナニが言いてェ。千年続くよう、テメェはこの魔法を宝玉に閉じ込めたンだろ」
「そうさな。しかしそなたとて知っているだろう。魔法は魔力を注ぎ込まねば発動せん。僕ひとりで千年分の魔力を封じ込めるなぞ、土台無理な話じゃ。だからもっと早く終わると思っていた。――外部供給がなければ、な」
「外部、供給――」
バタバタバタ、と音がする。それはこの部屋の外の階段からで。
「――ルイン! イルさん! 無事!?!?」
「そう。魔王と人間、両方の魔力を注ぐことで僕の魔法は発動する。人間の魔力は代々教会の者が。そして魔王の魔力は――先代が死んでからはあの小僧が。毎年供給して魔法を継続させていた」
飛び込んできた魔王は足を止めた。
シリウスはチラリとそれを横目で見る。そして向けられていたイルの腕を掴んで、ゆっくりと立ち上がった。
長身の翼鳥族の身体。その目線がイルと同じくらいの高さに来る。
イルはそれを止めなかった。
白い魔法陣が明滅して消える。
「あの小僧をただの被害者、運命に立ち向かう健気な子どもとでも思っていたか? あいつだって加害者のひとり。――そなた、騙されておるぞ」
紫色の双眸を三日月みたいに歪めて。
初代魔王はニタリと嗤った。
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