全力
「ち、ちが――違う! 違うんだ! ねえイルさん聞いて!」
「ほーお? 何が違うと言うのだ、幼い魔王よ! ……のう人間。自分を欺き操ろうとしたあの者、憎くはないか?
「――……せ」
「うん?」
下を向いていたイルの目がシリウスの顔を捕らえる。
そこに浮かぶのは、猛々しく燃え上がる怒り。
「離せっつってンだよクソジジイ!!!!」
言葉が終わらないうちに剣を振り下ろす。
「ぐあぁっ!!」
初代魔王は叩き折られた左腕を押さえ叫んだ。
よろよろと二、三歩後退る。
「くっ、なぜだ……。この戦争を止めることが目的であれば、宝玉を壊そうと当代魔王を殺そうと得られる結果は同じだぞ……。ならば魔王を殺せば復讐もできて一石二鳥というもの。そなた、魔人に村を滅ぼされたのではないのか!?」
「ワリィな。その話はとっくに終わってンだ。十日以上前に、とっくにな。――それに」
剣を振って血を払う。腕を押さえるシリウスを見下ろし、
「
「イルさん……!」
小さな魔王が駆け寄ってくる。
ひとつ頷いてそれを迎えて、
「オマエ、さっさと三層まで行って待ってろ。俺はコイツと決着をつけてから追う」
「で、でも……」
「いいから! オイ尾狐、いるンだろ!」
「……ニャニャーン。まおーたん、行こ!」
廊下に隠れていた尾狐は素早く駆け寄り、当代魔王の手を引いた。
幼い魔王は一度だけ振り返り、
「――イルさん! すぐに来るんだよ! 来なかったら――許さないからね!」
「オウよ。さっさと行け」
イルに追い払うように手を振られ階段へと走り抜ける。
その途中で、
「あ、ルイン……! ボロボロじゃん! 待って、いま治すから……」
足を止めそうになるのを尾狐は無理矢理引っ張った。
「ニャン。言ったでしょ、今日はもう魔法使わせないよ。それにここにいるのは危険だニャ。ルイたんを助けようとしてまおーたんが死んだら意味ニャいニャン」
「でも……このままじゃ、ルインが……!」
その言葉に翼竜は薄く笑った。
それが聞ければもう十分ですと、そう思ってそれは胸の内だけに留めた。
「行ってください、魔王サマ。俺も少し休んだらすぐ追いますから」
「で、でも……!」
「俺が死ぬんじゃないかって? 馬鹿言わないでくださいよ、俺はあの人間や爺さんと心中する気はありませんよ」
「~~~~っ!」
湖と目が合う。あんなに見たかった、暗く、深く、静かな夜の湖と。
けれどその湖の周りは真っ赤に充血していて。
いつも見ていたものとは違っていた。
そんな顔しないでくださいよ。そう思い口に出したつもりだったけど、それは言葉にならなかった。
「ほら、まおーたん! 行くよ!!」
尾狐に手を引かれた魔王が横を通り過ぎる。
頼みましたよ、メイ。
そう考える意識さえ白く霞んでいって。
最期にあの人の知らない顔が見れてよかった。
そう思って、翼竜はまたふわりと笑った。
「――はっ。行かせると思うか、若造どもめ。日に何度も使うのはよくないのだが……そうも言ってられないか」
……ざわり。
シリウスの周囲でマナが動く。
「チッ! させねェ!!」
イルは素早く飛び込み剣を振ったが、それよりも早く。
「――唯一にして無二の友たち。共に踊ろう!!」
――ゴウッ!
彼の言葉に合わせてマナが動く。ざわざわ、ごうごうと嵐のように。
腕を押さえ全身から血を吹き出しながらも力強い声で、
「この怒りを喰え!! 灼熱の炎となって顕現させろ! ここにいる者、逃がしはせぬ! 業火の中で共に踊り狂おうぞ!
――ゴオォォッ!!
目の前で火柱が上がり、イルは咄嗟にそれを避けた。周囲を見回すと、
ゴオッ!
ゴゥオォッ!
部屋のあちこちで火柱が上がっている。すぐに部屋中が熱気に包まれ、吸い込む空気が乾燥していく。
「人間! そなたおもしろい技を使っていたなあ! 魔法を使わず、魔力を剣に纏わせ陣を壊すか。――しかし。魔法陣のない
「……別に、どォもしねェよ。さっきまでと同じだ。魔法を避けてテメェを斬りゃあ、ソレで終いだ!!」
イルの剣が走る。その瞬間、
ゴオッ!!
足元が炎が噴き出てイルは吹き飛ばされた。
空中で器用に回転して着地した彼は舌打ちする。
「チッ、さすがにやりづれェな、
すぐに再び立ち向かう。
自分の命が狙わているのを知りつつ、シリウスはそれに話しかける。
「のぅ人間、あの技、どこで習った? もしや自分で編み出したのか? 数百年前にも同じ技を編み出した者たちがいた。しかしその技は危険だ、魔人と人間の均衡を崩してしまう。その一派は駆逐したが、また同じ発想をする者が出てくるとは! いやはや、歴史は繰り返すものだ!!」
「ベラベラ喋ってくれてアリガトよォクソ教祖サマ。テメェを殺すのに心が痛まなくて済む。テメェみたいのを信じてたと思うとヘドが出そうだが、永遠に消えるならチャラにしてやンよ!!」
ビュンッ!!
剣がシリウスの鼻先をかすめる。顔をしかめる彼に、
「それによォ、オッサン。視野が狭ェンじゃねェの」
絶え間なく剣を振りながらイルは言う。
火柱は上がり続けるが、その
「俺があの技を教わったのはな、この国の人間じゃねェンだよ。テメェらの言う異教徒ってヤツだよ」
護衛組合の仲間を思い出す。魔王を倒すと言ったイルに「好きにすれば」と言った人。後悔するのはよりよい未来へ進むためだと言った人。
彼はいつも腹の見えない笑みを浮かべていて、そして――尾狐と同じような――小麦みたいな色の金髪と濃い青色の目をしていて。それはこの国の外から来た証でもあった。
「なっ――。汚らわしい。異教の者が国の内部にまで侵入しているのか。教会は何をしておる。排除せねば、この国の平和は――」
「だからさ、その考えがもう古いンだよ、オッサン」
剣を振る手に手ごたえを感じる。
ぐちゅりと肉が削がれる音がする。
「千年前とは違う。表向き鎖国は解かれてねェけど、諸外国との交流は活発になってきてる。
ぐちゅっ!!
剣が相手の脇腹に刺さる。
一瞬、ふたりの動きが止まる。
そして。
「――ならぬ」
ざわり。
マナが揺れる。
(!? コイツ、まだこンな力が――!?)
剣を引き抜きトドメを刺そうとする。
それより早く。
バチイィィィッ!!
「ぐっっ!!」
黄色の魔法陣が雷を放つ。まともに食らったイルは、一瞬その場で動きを止めた。全身が痺れ、痛みが走る。
「ならぬ! ならぬ、ならぬ、ならぬならぬならぬならぬならぬ!!!! 異教徒との交流を許すなぞ!!
翼鳥の――初代魔王の前にいくつもの魔法陣が現れる。十と一、十一色の魔法陣が。
そしてさらに。
「唯一にして無二の友たち。共に踊ろう!」
再び精霊へと呼びかけ、初代魔王は持てる限りのすべての魔法を放とうとしていた。
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