共闘
翼竜はイルの背中を見ていた。
真っ黒な瞳に映る、筋肉に覆われた肩幅の大きな背中。
それが一瞬、大きな木に見えた。
彼の瞳みたいな色の葉をつける、幹が太くて背の高い巨木。
荒れ狂う竜巻にも負けず、しなやかに風を受け流し、例え葉を吹き飛ばされてもまたすぐに芽吹かせるような。
そんな、強く大きな木に。
そして考える。
湖の隣に巨木が立つ景色はどんなだろうと。
「……悪くないですね」
呟き黒い翼を広げてあぐらをかく。
自分が使える魔法は低位のものがあと数発。
それでも――この人間が致命傷を回避するくらいの役には立つだろう。
湖が枯れるのは耐えられない。
けれどこの木が燃やし尽くされるのももったいない。
魔力を、意識を集中する。
「先に死んだら許しませんよ、イル」
「オウ、上等だ」
イルは剣を、ルーイは魔力を敵に向け。
ふたりは不敵な笑みを浮かべた。
「……オマエ、俺を転移させるときは必ずアイツの背中側にしろ。――できるか?」
背を向けたまま小声で言うイルに、ルーイは呆れたように鼻を鳴らす。
「当たり前でしょう。俺を誰だと思ってるんです。……それより、転移前提なら合図でも決めますか?」
「いや、いい……。ヤバイと思ったら勝手にやってくれ」
その言葉に翼竜は器用に片方の眉を吊り上げた。
「へえ? いいんですか? 最悪貴方の手足がちょん切れますが」
「そンなヘマ犯すのか? ……つーか実際問題、合図を決めたところでそれを出すヒマがあるかわからねェ。そのせいで死ぬよか、お前の判断でとばしてくれたほうがいい。……頼むぜ」
「ああ、なるほど? ではそのように」
「頼んだ。じゃあ――行くぞ!!」
言うが早いがイルは駆け出す。その命を絡め捕らえるかのように翼鳥の周囲で魔法陣が輝く。
頷いたものの――その背を見送るルーイは納得できていなかった。
イルの言ったことは一理ある。確かに合図を出しそびれて攻撃をくらう可能性はあるだろう。
けれど――だからと言って。
ほんの少し前まで敵だった相手を、目の前で同胞を打ち抜いた自分を、ここまで信用できるものだろうか。
自分を信用する、その根拠はなんなのだろうか。
少し考えて、もしかして、と思い当たる。
もしかして、さっき顔面丸焼きになるのを助けたからだろうか。たった一回、それも彼にしてみれば余計な世話でしかなかったあの行動だろうか。
まさか、あり得ないだろうと思う。
確かにあれは彼を助けるための行為であったけど――それは全て魔王サマのためだ。
この人間が死んだら魔王サマの計画に支障が出る、だから助けた。
逆に言えば彼を助けた理由なんて本当にそれだけで、正直に言えば、いくら彼の顔面が焼け爛れようと眼が溶け落ちようと、ルーイにとっては羽虫がいるかいないかくらいの違いでしかなかった。
もし本当にそれだけで自分を信用しているのだとしたら――
「お人好しを通り越して、とんだ大マヌケですよ。――
青い光に包まれイルの姿が消える。彼を打ち抜くはずだった雷の魔法は床を焦がした。
今日は柄じゃいことばかりしてますね、とルーイは思う。
この人間を捕らえに行ったのもそうだ。あれは魔王サマの命令だったから仕方ないとはいえ、こんな風に、自分の命を賭けて戦う日がくるとは思わなかった。
自分は長距離魔法専門の翼竜族なのだ。それも面倒事は嫌いで引きこもり体質で、できれば一日中寝っ転がってグダグダしていたいような。安全圏からカップ片手に獲物を狩るほうが性に合う。
けれど。
自分は数日前まで魔王の抱えている秘密を知らなかった。我儘ばかりだと思っていたあの小さい魔王は、それを自分に打ち明け進もうとしている。
――ならば。
「主が進もうというのに、俺が立ち止まっているわけにはいきませんね。馬鹿がここで死なないように。湖を彩る木が消えないように。俺も貴方を信じてみますよ」
消えたイルが現れる。
初代魔王の後方頭上。
そこに現れた彼は、
「最高だぜ、ルーイ」
呟き、剣を振り下ろした。
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