介入
これはさすがにちょっときついですねぇ、と
翼は後ろの階段へだらりと広がり、半ば寝っ転がるような体勢だ。そしてこの体勢にはなにか意図があるわけではなく、ただ単にもう身体が動かないだけだった。
体力だけでなく、魔力もほとんど底をついている。使えたとしても魔力消費の少ない低位のものが数発程度。それではどうにもならないことくらい、誰が見たって明らかだ。
彼はもう、心身ともに限界だった。
それを嘲笑うかのように目の前の人影が近づいてくる。
現れた時と何ひとつ変わらない姿。
ゆるく巻いた髪も、お花畑に行くようなワンピースも、真っ白な羽が生えそろう背中の翼も。全て血で真っ赤に染まっているけれど。それは彼がつけた傷ではない。
そしてその薄紫色の目には、ギラギラとしたどこか狂気じみた光が浮かんでいて。
「もう終わりか、若造よ。もう少し楽しませてくれると思ったのだがな」
「貴方がその身体に入ってなきゃもう少し楽しませてあげられたんですがね。まったく、忌々しい……。その身体から出たらどうです? 延長して差し上げますよ」
「ああ……禁則事項か。失敬、久方ぶりに器に入ったものだからすっかり忘れていた。これは悪いことをした。しかしまあ……そなたの底は見えた。これ以上僕を楽しませることはできまいよ。さあ――何色がいい?」
初代魔王が右手をかざす。挑発するように、魔力が、マナが、ざわめき揺れる。
翼竜は観念したように目を瞑った。
「湖が見えるようなのが…………いいですね……」
「
閉じたまぶた越しでもわかる。
相手が高らかに言うのとほぼ同時に、その手に
本当に湖を再現してくれるのなら、イカレたこの魔王にも優しいところがあるのかもしれない。
そう思い翼竜は薄く目を開けた。
最期に湖を見たかった。例えそれが偽物の――、自分が求めているものとは天と地ほど違っても。
そして彼は目を見開いた。
眼前に広がる魔法の湖。
浅く、明るく、ざわめき輝く嘘の湖。
透明なその水の奥、立ちはだかる翼鳥のさらに後ろ。彼女の白い翼の付け根。そこに飛び込む灰色の塊が見えたから。
「ど、けえェェェェーーーーーー!!!!!」
見開いた目を、さらに見開く。
飛び込んだそいつは、右手に持った剣でその片翼を斬り裂いたから。
魔法も使わず、こげ茶色の剣の、ただの一振りで。
「ギャアアアアァァァァァーーーーーー!!!!!」
初代魔王は堪らず悶え叫んだ。血飛沫が跳ね、魔法の湖が赤く染まる。
彼は背中を押さえようとした。目の前の魔法陣が明滅する。けれどそれでも陣が壊れないのは、さすが最初の魔法使いというべきか。
「何者だあっ!? 僕の身体を傷つけるなど……っ。あってはならぬっ!!」
自らの身体を抱え振り返る。
灰色の髪のそいつはしゃがみ、くるりと床を転がりこちらに来た。相手の動作に合わせて、死角を縫うように。
その途中でまた剣を一振りして、
――カシャアァァン。
その一振りで
偽物の湖は光の粒となって霧散し、混じり合っていた血液だけが床に落ちた。
「くっ、いつの間に……!」
忌々しげに言ってまた振り返る。
自分があれだけ苦戦した初代魔王がいいように翻弄されるのを、翼竜は信じられない思いで見ていた。
床に手を付き隣に並んだ人間がこちらを見る。
雪の積もった大樹のような目、その枝先に射貫かれる。
「よォ魔人。――遅かったか?」
翼竜は目を逸らした。
共通の敵を見据えるその顔には、うっすらと笑みが浮かんでいる。
「いえ、全然」
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