ながいながい階段

「…………とは言ったもののさあ。ねえ、イルさん。ちょっと休まない?」


 息を荒げ、途切れ途切れの声で魔王は言う。


 三人は変わらず長い螺旋階段を上っていた。


 長い、長い、本当に長い階段だった。


 周囲は壁で覆われ、どれくらい時間が経ったのかよくわからない。


 永遠とも思える時間の中、三人はひたすらに上っていた。


 いつの間にか魔王の歩みは遅くなり、気づいたら自分が先頭を歩いていた。振り返って、


「でもなァ……。こンだけ上りゃあもうすぐだろ? ほら、あとちょっとなんだから頑張ろうぜ」


 そこでやっとイルは自分と魔人たちの距離がかなり離れていることに気が付いた。


「あーームリムリムリムリ!!!! 君みたいな筋肉だるまと一緒にしないでよ! 僕はもう一歩も動けません!! 休憩!!!!」


 言うが早いが魔王は下の方で座り込んで背中を丸めた。その後ろ姿は「絶対に動かないぞ」という固い意志を感じさせる。


 こっちは、と思って尾狐を見やると目が合って、


「疲れてないニャ」


「そうか……」


(疲れたンだな……)


 彼あるいは彼女の名誉のためにそうは言わず、イルは上った階段を下り始めた。


「この階段、毎年上ってるけど毎回意味わかんない。こんなに長い意味なくない!? 今日は喋りながら上ったから特に疲れた。もう無理、ほんと疲れた。こんなに疲れたの初めてだよ……。今日寝てないし……。ほんと最悪……」


 いくら魔王といえど、その体力自体は同じ年ごろの人間と変わらないらしい。いやむしろ、それより少ないくらいかもしれない。


 膝を抱えて文句を垂れる姿は、どこにでもいるようなただの子どもだ。


「……つーかさ、そこまで魔法でとべばいいンじゃねェの」


 実はずっと抱いていた疑問を口にすると、


「馬鹿。できるなら最初からそうしてる」


 魔王は恨めしそうな顔でこちらを見上げた。


「最上部は三層からなるけど、どの層も外部とマナが遮断されてるしこの階段は空間属性ブルーが制限されてる。だから転移魔法で直接移動するのも飛行魔法でてっぺんまで飛ぶのもできない。ほんと最悪。防犯上の理由っていうのはわかるけどさあ。もうちょっとどうにかならなかったのかなあ……」


 毎日上り下りしたら体力つくだろうにと心の片隅で思いつつ、そうは言わずにもっと実になりそうなことを聞く。


「三層ね。そこは罠があったりするのか?」


 魔王は長い息と共に、


「いいや」


 ゆっくりと言い、座ったまま壁に肩を預けた。


「罠はない。外から見たらここは塔みたいになってるから、外部からの侵入を阻む魔法はあるけど……。内側からこの階段を上って入る分には、攻撃されたりとかそういうのはないよ」


「……大事な宝玉を守るところがそれでいいのか? ンなモン、盗み放題じゃねェか」


 せっかくこの長い階段を上って最上階まで辿り着いても、そこに宝玉がなければこの苦労は水の泡だ。当然の疑問に魔王は首を振った。


「大丈夫。魔人に宝玉を盗むことはできない……。最上部は三層だって言ったよね。最下層は連絡通路みたいなもので特に何もないけど……。二層目には全体に反魔法アンチマジックの魔法がかかってる。で、一番上に続く扉。それは二重になってるんだけどね、その扉を開けられるのは魔王だけなんだ。で、しかも、そのふたつの扉の間に魔人が入ると死ぬことになってるのさ」


「フゥン……? 随分上手いことできてンだな?」


「なに、疑ってるの? そもそも魔人はこの塔に立ち入らないように思考調整されてるんだ、何もなければ入ろうとも思わない。逆に言えば、ここに興味を持つってことは十中八九シリウス様の手先だ。今は最下層で誰も入らないようにルインが見張ってるし、宝玉になにかあれば魔王にわかるようになってる。大丈夫、宝玉は今も僕らを見下ろしてるよ」


 座って体力が回復したのか、魔王の喋り口調はだんだんと元に戻ってきた。イルはそれに「そうか、じゃあ大丈夫か」と曖昧に返事をする。


 彼が引っかかったのは、魔王の返答とはまるで別のところだったから。


(俺が気になったのは……『魔王』と『魔人』は――、あるいは『魔王』と『人間』は。いったいナニが違うンだ……?)


 見た目、だろうか。翼や尻尾、彼らの言う「受容器」があるかないか。


 けれどそれで区分するならば、「魔王」だってただの「人間」だ。本当にただの人間にしか見えなかったからこそ、イルの心はあんなに揺れたのだから。


 精霊魔法スピリットマジックを使えることか? とどのつまり、精霊の対話者クローズドフレンドであること。


 これまでの話から察するに、それが要素のひとつであることは間違いないだろう。けれどそれを使える者は珍しいというだけで、使えるだけならきっとただの人間だ。


 宝玉に人間を「人間」と認識させるための何かがあるように。


 魔王を「魔王」たらしめる何かがきっとあるはずだ。


「――なァ。『魔王』は『魔人』と何が違うンだ?」


 イルの質問に魔王は顔をしかめた。


 そして彼が何か言おうとした瞬間、


「!? まおーたん!」


「……! うん……!」


 弾かれたように尾狐が上を向く。一瞬遅れて魔王も同じ方向を見つめ、


「ど、どうした!?」


 イルは訳も分からず上を見た。


 階段の先、そこはひたすらに闇が広がっている。


 けれどそれだけで――特段変わった何かがあるようには見えなかった。


「わからない!? この先でマナが動いてる。ルインが戦ってるんだ。っていうことは初代様の手先が……。急がなきゃ!」


 壁に手を付き魔王は立ち上がる。


 言われてイルはマナに意識を集中させた。


 目には見えないし触れない、けれど確かに存在する実体のない力エネルギーに向かって手を伸ばす。闇の先を凝視する。


 ……この長い階段を何十段も上がった先。

 おそらく、最上部の内の最下層。


 イルにとって感知できるかできないかのギリギリの距離。


 マナが揺らめいているのをおぼろげに、けれど確かに感じた。


「――っはァ、確かに、動いてる、な……」


 感じ取った瞬間集中が切れ息を吐く。じんわりと滲む汗を拭う。階段を上る最中には一切なかった動作。


(クソ、ギリ感知できたがだいぶ遠い。つーか俺がこンだけ集中しなきゃわからなかったのを、コイツら、易々と……)


 改めて魔人の能力に舌を巻くが今はそんなことをやっている場合ではない。


 魔王の方をチラと見る。彼は再び階段を上り始めたが――それに合わせていたらどれだけ時間がかかるかわからない。


 今は何より――シリウスの手先から宝玉を守ることが最優先だ。


木造形魔法ウッドメイクソード


 剣も盾も、魔人に拘束された時にどこかへ取り上げられてしまった。


 だから代わりに、右手に緑色グリーンの魔法陣をきらめかせ。そこから作り出された剣を掴む。こげ茶色の、もともと背負っていたのとそっくりな剣。


 そして深く息を吸う。


 全身――特に脚に力を込めて。


「先に行くぞ!!」


 イルは数段飛ばしで階段を駆け上がった。 

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