第7話 決戦
宝玉
「千年前の魔法が今の時代まで残っているわけがない。普通に考えればそれは当然だ。でもね、魔法陣を定着させ普通よりずっとずっと長い期間それを残す方法も、あるにはあるんだよ」
魔王を先頭に三人は長い螺旋階段を上っていた。ここには自動照明の魔法はかかっていないようで、最後を歩く尾狐が頭上から魔法の光を灯している。
「この階段の先、魔王城の最上階。そこには宝玉が祀られてる」
「宝玉……」
その言葉をイルは繰り返す。魔王は頷き、
「そう。表向きは精霊を祀るための象徴ってことになってるけどね。本当はそうじゃない。あれは千年前の呪いを現代にまで受け継ぐための鍵だ」
石壁に囲まれた階段の中に声が反響する。
その響きはまた千年前の物語を聞いているようにも錯覚させたが、彼が話しているのは紛れもない「いま」の話だ。
「初代様――シリウスは、魔法を発動させる時、そのままだとすぐ解けて元に戻ってしまうことを見越してた。だから自分が死んだ後も呪いが継続されるよう、その魔法陣を宝玉に封じ、自然には解けないようにしたんだ。……さすがに千年前に比べたら効果がだいぶ落ちたけど。その魔法自体は今も健在だ」
「魔法陣を封じる!? ンなこと――」
「できるよ」
イルが言い切らないうちに魔王は言い放つ。
トントンと階段を上りながら、
「もちろん、ただの魔法使いには難しい。けど、シリウスは精霊の
「そうか……。じゃあ、その宝玉ってのを壊せば――」
「そう。このふざけた呪いは解ける。僕らがこれ以上争う必要はなくなるはずなんだ」
イルの胸の内が明るくなる。
正直、彼の話を聞いてからずっと不安だった。
信用していないわけではない。
けれど、千年前だの国中を覆う呪いだの、とても大きく遠い話ばかりされてしまって。
どういうつもりで自分を捕らえそんな話をしているのかもよくわからなかったし、されたところでそんな大きすぎる話は自分の手に余る。とてもひとりで解決できる問題ではない。
放っておけなくて半ば成り行きでついてきてしまったけれど、自分がここにいる意味はなんだろう。その疑問は常に浮かんでいた。
その疑問に。
ようやく答えが見つかりそうだ。
「その宝玉を壊すのに俺の力がいる。人間である、俺の力が。そういうことなンだな?」
「ピンポン。大正解」
魔王は振り返り、人差し指をこちらに向けた。その顔には明るい笑みが浮かんでいる。
「魔王は僕で五十五代目だけど、歴代魔王が全て初代様の考えに賛同していたわけじゃない。魔人の、魔王の真実を知って、それに対抗しようとする者もいた。その代表がベル様。彼はこのくだらない茶番劇の真相を知って、それを止めようと色んな手を尽くした」
魔王は再び階段を上り始める。ふたりはそれを追いかけた。
尾狐の照明魔法に照らされ、三人は上り続けた。
「あの宝玉ってね、もとは君たちの国の中にあったんだ。ベル様はそれを壊そうと、教会を押しのけかなり国の奥まで侵攻した。『ベルの大侵攻』って呼ばれてるやつ。七百年くらい前だっけ」
イルは聞きながら頷いた。
ベルの大侵攻。
魔人の恐ろしさを語る時に、必ずと言っていいほど上がる話題。
今でこそ魔人とはほとんど冷戦状態のようなものだが、昔はもっと大規模な戦いが何度もあった。そのひとつが七百年前の「ベルの大侵攻」だ。
「歴代最高の被害が出たっていう……。あの侵攻はこの戦争を止めるためだったのか……?」
「そう。結果としては、真逆の、より魔人への恐怖を駆り立て互いを憎しみ合う流れにさせてしまったけど。元はと言えば宝玉を壊し戦いを終わらせるためだった」
「けど、戦争は終わらなかった……。それはなぜだ? オマエらでも解除できねェくらい強い魔法がかかってたってことか?」
「半分は正解、かな」
魔王は足を止め大きく息をついた。しばらく息を整え、また歩き出す。
「その場で宝玉を壊せなかったベル様は、とりあえずそれを持って帰った。けれどその後まもなく彼は亡くなった。侵攻時に受けた傷が原因ってことになってるけど……どうだかね。シリウスの息のかかった者の仕業じゃないかと、僕は結構疑ってるよ」
「はあ……。立派な内部争いじゃねェか」
「ね、本当に。それで結局、ベル様は志半ばにしてマナに還ったわけだけど。その後の魔王で、同じように初代様に逆らう意思を持つ者が現れた。彼らは最初にそうしたベル様に敬意を表し、自らをベル何世と名乗るようになった。で、その何代目かのベル様が見つけたんだ。宝玉を壊す方法を」
「それは……?」
何段か先を行く魔王は振り返って階段に腰を下ろした。目線がイルと合う。深い湖が目の前に広がる。
「必要なのは、精霊への呼びかけと魔王の魔力、そして人間の魔力。
「魔王と人間、両方の魔力が必要ってことか……」
イルは拳を握りしめた。
湖だけでなく、その周りの風景まで見える気がする。枯れた木立と古びたお城。
その前で、誰かを待つように佇むひとりの少年。
いま、自分がここにいる意味。それがようやくハッキリした。
古めかしい風景に囲まれた少年はポツポツと語る。
「わかってしまえば簡単な答えだったんだけどね。けれどそれを実行するのはなかなか難しかった。どちらか片方ならまだしも、魔人と人間、両方を同じ場に揃えてしかも協力させるっていうのは……この呪いの中だと本当に難しい。魔人にするため攫った子どもをそのまま育ててたこともあったけど、うまくいかなかった。たぶん……、『人間』と認識させるための何かが欠けていたんだ。僕らの予想だと、その
「『人間』として育てられ、その
「そういうこと。先代様――先代様もベルを名乗ってた。ベル十三世。彼は脱走した君を見てこの作戦を思いついた。君をわざと逃がして人間の国で普通に生活させつつ、ある程度大きくなったらまたここに戻ってくるような魔法をかけようって。――だから君には、ずっとこちらからの監視が付いてた。それにしたって結構な賭けだったけど、はは、彼はそれに勝った」
魔王は乾いた笑い声をあげた。
湖の前に佇む少年、それは紛れもない魔王自身だ。千年も前の呪いに捕らわれ、絡まり、そこから動けなくなってしまった王。
その彼に向かって
もうそんな場所にいる必要はないと。
「そして俺たちはシリウス様にも勝つ。だろ?」
イルは笑った。瞳の中の木の葉が柔らかく光る。その光は湖にも反射し、魔王も同じように笑みを浮かべた。枯れた木立に緑が芽吹く。
いま、自分がここにいる意味。
それは間違いなく、この戦争を止めるためだ。
千年続く忌まわしき呪い。
それを止めるために、終わらせるために自分はここに立っている。
ひとりでは難しいかもしれないけれど――ふたりなら。
「うん……そうだね!」
勇者の手を取り、魔王は立ち上がる。
そしてふたりは示し合せたように上を見上げた。
全ての元凶、千年前の呪いの鍵、それが安置されている最上階を。
「さあ……行こうぜ!」
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