幕間
イルはためらうように、
「……オマエの言うように、そンな馬鹿馬鹿しい魔法は許せねェ。解除しねェといけねェモンだ。けど、それって――、結局千年前の話なンだろ。魔法なンて一過性のモンだ。その魔法が始まりにしても、もうかかってる人間なんていねェだろ。どうやって止めるンだ」
そうなのだ。
魔法はとても便利で強力で、大体のことをそれで解決できるくらいの力を持っているけれど――その効果はあくまで一時的なものにしか過ぎないのだ。
イルがメリクとアリィに贈ったあの青い薔薇と同じ。
それが物質的なものだろうと、精神的なものだろうと――千年も持つ魔法なんてある訳がない。
つまりこれは、最初の魔法をきっかけに戦争が始まり、その後はそれが終わらないように教会が裏で操っていたということで。
その
「俺は魔人に成りかけたから例外だろうが……。それを始まりとして教会が人為的に戦いを長引かせてるンなら……、もう教会をぶっ潰すしか止める方法はねェんじゃ……」
思いつめた顔で言うイルに、
「それがそうじゃないんだなぁ~」
魔王は両手を広げくるりと回転して、また歩き出した。
イルと尾狐はそれを追う。
「教会をぶっ潰すってのもおもしろそうだけどね。もっとお手軽な方法があるんだ。……っていうか、今どこに向かって歩いてると思ってるの」
「そういや聞いてねェな。どこなンだ」
「僕の部屋」
「……そこにこの千年続く戦争を終わらせる方法が……?」
魔人の、それも魔王の部屋がどんなものなのかまるで想像がつかない。本当にその要となる何かが彼の部屋にあるのかそれともただの冗談なのか、判別がつかず随分と歯切れの悪い返事となった。
それを魔王は、
「馬鹿、そんなわけないだろ」
即座に否定した。相手が後何年か年を取っていたら吐いていたであろう悪態を、イルは唾と一緒に飲み込んだ。
「ンッ……。じゃあどこ向かってンだよ」
「僕の部屋っていうのは本当。一旦着替える。もう、兎にも角にも着替えたい。ほんっともう、こんな血だらけの服あり得ない」
「アー……。じゃ、最終目的地は?」
「この城の最上階。そこにこの戦争を終わらせる『鍵』がある」
魔王は天を指さした。つられてイルも上を向く。
見えるのはただの天井だが――
(魔王城の最上階。そンなところにこの戦争を終わらせる何かが――? いったいどんな――)
「あーはい、ここ、ここ。イルさん入って。勝手に出て行ったら許さないから。僕のもの勝手にいじるのも許さないから。そこに立ってて。メイ、身体流してー」
「ニャニャーン。了解ニャア」
「…………」
唐突に魔王の部屋に押し込められ、イルの思索はそこで途切れた。
♢ ♦ ♢
魔王、イル、尾狐。三人が立ち去った部屋には翼鳥の身体がそのまま残されていた。明るい茶色の髪も、真っ白な服も翼も、彼女の血でできた湖に沈んでいる。
その身体はもうぴくりとも動かないが――実はほんの微かに、まだ息があった。
息がある、けれど言ってしまえばそれだけだ。
身体は動かず、もう目もよく見えないしきっと耳だって聞こえていない。考えることさえ上手くできず、当然治癒の魔法も使えない。
ただ死を待つことしかできない中、彼女はひとつの声を聞いた。
『僕を信じた翼鳥よ。そなたを殺したあの小僧が憎くはないか』
ああ、まだ声は聞こえるのですね、とぼんやり思う。初めて聞く声だったけれど、なぜだろう、不思議と懐かしい感じがする。
彼女自身の声はもう発することはできないけれど。
消えゆく意識の中で返事をする。
はい、と。
『ではその身体を僕に預けよ。代わりに復讐してやろう』
はい。
彼女がそう思うのと同時に。
……ざわ。マナが動く。
それはうねり、ひとつの流れとなって、やがて彼女の身体の上に魔法陣を浮かび上がらせた。
三色の光が混ざる魔法陣を。
『よろしい。その身体、僕が貰い受ける。――
魔法陣が輝く。
その声を聞いたのを最後に、翼鳥の意識は完全に消え去った。
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