はじまり

 ♢ ♦ ♢


「いや、待て待て待て待て。ちょっと待て。おかしいだろ、それ」


「なんだよー、今いいとこだったのに」


 割って入られ、魔王は頬を膨らませた。


 身体が自由になったイルは今度こそ、文字通り頭を抱えていた。呻くように、


「前半は、まァ、わかったよ。にわかには信じずれェけど……ここまで来たら本当なンだと思うよ。けど、最後の……『内部争いが許せなかったから外から人間攫ってきて魔人を作った』って……意味わかンねェよ。そうはなンねェだろ。人が争うのを許せなかったンじゃねェのかよ。結局人間同士争ってるじゃねェか。何をどうしたらそンな思考になるんだ。だったら経典通り、『魔人は魔獣が人間の姿を真似た物』の方が信じられるぜ……」


「そんなの本人に聞いてよって言いたいとこだけど……。僕はちょっとわかるよ」


 魔王は少しだけ首を傾げ考えをまとめてから、


「たぶんさあ、初代様、シリウスが許せなかったのって、『自分が好きな人同士が傷つけあうこと』だったんだと思うよ。で、シリウス様が『好きな人』っていうのは、『自分を尊敬してる人』とか『自分を好きな人』だったんじゃないかな。『自分を好きな人を好き』ってことだね」


「『自分を好きな人を好き』……そンでそれ以外はどうなってもいい、って考えか。そう言われると、まあ、わか……いやわかンねェけど。多少は理解できるか……」


「はは、君とは相容れないだろうねー」


 魔王は笑う。


 イルの後ろに立つ尾狐がじっと見てきているのに気が付いて、その顔を隠すように後ろを向いて。また続きを話し始めた。




 ♢ ♦ ♢




 さて、ドラコ内のつまらない諍いを減らすため、わかりやすい外敵となるために魔人は生まれたわけだけど。


 始めは上手くいかなかった。


 魔獣の身体の一部が付いているとはいえ、身体の大部分は人間だ。

 同じ人間なら――会話ができるんじゃないかと思う者がいた。そうして、一部の者の間では魔人と友好関係を築こうとする流れになった。


 これは当然シリウスの考えに反している。敵のつもりでわざわざ作ったのに、仲良くなられちゃあ意味がない。


 友好関係を築こうとした人々はすぐに始末したけれど、このままだとまた同じ流れになるかもしれない。どうすればいいか。初代様は考えた。


 そして出した答えがね。

 本当にケッサク。もう、笑っちゃうんだけど。


 「魔人と人間、双方にお互いを憎み合うような魔法をかけよう」、だったんだ。会話しようとも思わないくらいの、強い憎悪を抱く魔法を。


 ……ね、笑っちゃうでしょ。ずいぶん力づくな解決方法を選んだもんだ。


 でも彼はその道を選び、そして周りも止めなかった。


 魔人には改造時にひとりずつ。

 人間には。国中を覆うような巨大な魔法で、一斉に。


 そうやって双方を洗脳した。


 内部のつまらない問題を全部忘れさせるくらい。

 小さな諍いの種をひとつ残らず焼き尽くすくらい。


 人間に対して、魔人に対して、強い、強い、憎悪の念を抱く魔法をかけた。


 これが千年続く戦争の始まりさ。




 ♢ ♦ ♢




「この魔法が上手くいって間もなく、もともとドラコの一部だったこの辺りは魔人の国・テウメスと呼ばれるようになり、残りの部分はライラプス王国と改められた。そしてシリウスは人間たちの前から完全に姿を消し、ここで初代魔王として魔人たちを管理していくことにした。奇しくもここは、彼が最初に処刑されかけた場所……。初代様はどんな気持ちで余生を過ごしたんだろうね」


 魔王はほう、と長く息を吐きだした。それが移ったみたいにイルもため息をつく。


 千年前の真実。


 シリウス教経典には載っていない、彼の半生。


 目の前の魔王が何度も「くだらない」と繰り返していたのがわかった気がする。


 確かにくだらない、およそ理解のできない考えだった。好きな人が争っているのが許せないから、そうじゃない人を改造して戦わせるなんて。


(人形遊びじゃねェンだ、そンなことしていいはずねェだろ。ンなこと、子どもでもわかるだろうに。命を冒涜しすぎだろ……。そんなくだらない理由で、コイツは攫われて魔王なんかに……)


 唇を噛む。そんな身勝手な理由のせいで、いったいいくつの未来が奪われ、いくつの命が散ったのだろう。


 その魔法を止められるなら、いくらでも協力してやりたいと思う。


 もし、それが――本当にできるのなら。

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