お願い
「ここで講義をするつもりはないから短くいくけど。魔法には『
枝を振りながら喋る少年の話を聞いて、イルは学院の講義を思い出した。
「
そういえば、何かの授業で聞いたことがある。魔法使いのほぼ全員が扱うのが「
対して
けれど使える者はごくごく少ない。
必要な資質はただひとつ。
「まあどうせ言うだけじゃ君は信じないだろうから。実演するけど」
少年は木の枝を振り上げ、高らかに叫ぶ。
「天上住まう精霊ども。愛しているなら力を貸せ!」
その言葉で一斉に周囲のマナがざわめくのを感じる。
あの時と同じだ。
魔法陣は現れないけれど。魔法陣を作る時よりもずっと強く、ずっと速くマナが動く。
「友の呼びかけに応え、業火となって現れろ!!!!」
ギュルルルルル!!!!
マナの動きを五感で感じることはできない。しかし耳で聞こえるのならば、きっとこんな音だろう。
少年が掲げた木の枝の先に渦巻くように大量のマナが集まる。
――ゴウッ!!
今度は間違いなく耳で聞こえた。そして肌で感じる。目で見える。
爆ぜる音。
押し寄せる熱気。
ゴウゴウと燃え盛る赤い炎。
木の枝の先に彼の身長の倍はあろうかという火柱を宿らせて。少年は真っ直ぐにイルを見る。
「これが
その魔法を扱うのに必要な資質はただひとつ。
現れるのは百年に一度とも、もっと少ないとも言われている。
教祖・シリウスもそうだったという、これもまた半ば伝説のような存在。
精霊は仲良くなりたいと思った者に姿を見せる。だから彼らを視れる者は
そして
だから、彼らはこう呼ばれる。
「精霊の
少年は腕を下ろした。その動きに合わせて一瞬で炎は光となって霧散していく。あァそこは
彼が言ったことはもう疑いようがなかった。
彼は
たぶん、その魔人たちの頂点、魔王でもあるのだろう。
……静かな夜だ。
あれだけの火柱が上がったのに、悲鳴も野次も聞こえない。
魔王の手によって作られた静けさの中、ふたりは向かい合っていた。
「…………」
「その沈黙は肯定かい? 違うというなら、次は街全体を火の海にでもすればいいのかな?」
ぶらぶらと枝を振りながら少年は言う。
イルはゆっくりと息を吐いた。
「……いや。その必要はねェよ。テメェは確かにメリクじゃねェ。魔人で、魔王で――俺の仇だ」
相手がメリクの中にいる以上、直接手を出すことは叶わない。
けれどそれでも――ありったけの殺意と闘志を込めて。目の前の相手を睨みつける。
ただの少年なら泣き出してもおかしくないその形相に、魔王はニヤリと不敵に笑った。
「くふ。期待してるよ?」
びゅんっ。木の枝を勢いよく振り下ろし、くるりと回る。
「さあ! 思ったより長くかかったけど、これで自己紹介は済んだ。君は僕のことを知らないかもしれないけど、僕は君を知っている。君の自己紹介は必要ないよ。――さて、イルさん」
少年はこちらへ近づき、再び木の枝をイルに突きつけた。
「ここからは
この子、というのは明らかにメリクのことだ。
精神魔法は――特に情緒の安定していない子どもが――かけられると、その後なんらかの精神障害等が出る場合がある。ましてや、得体の知れない
「チッ。何が取引だ。要求はなンだ」
つまりこれは「取引」などではなくただの「脅し」だ。頷くしかない。
けれど――少し不思議でもあった。
街全体を覆うほどの魔法を使え、人間の仇敵である魔人たちをも従える生物、魔王。
そんな存在が自分にいったい何を求めるのかと。
(金や女のワケねェよな。人間の虐殺に加担しろとか……? だがそンなのは部下の魔人にやらせりゃいい話だろ。クソ、予想がつかねェ……)
少年は木の枝を下ろし、両手を後ろ手に組んだ。そのまま二、三歩
今夜は月が明るい。
青白い光に照らされ、少年の全身が浮かびあがる。
ふわふわの灰色の髪に、いたずらっぽく吊り上がった目。
その姿形は、間違いなくメリクのものだけど。
ためらうように数回口をぱくぱくさせる仕草が。少し眉を寄せた表情が。微かに震える唇が。夜の湖面みたいな瞳から溢れそうになる
メリクの中の誰かの不安を、葛藤を透かしだす。
「オイ……」
たまらず声を掛けようとしたとき、ちょうど彼の決意も固まったようだ。
深く息を吸って、吐いて。
静寂に吸い込まれそうなほど小さな声で。
「ねえイルさん。お願いだ。
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