行き先は魔王城
咄嗟にその言葉が理解できなくて、頭の中で数回反芻する。
ボクヲコロシテホシインダ。
ぼくヲころシテほしい。
僕を、殺して、ほしい???
「テメェ、何言って――!?」
「といってももちろん、今すぐここで、ってわけじゃない。その前に色々やることがある」
くるりと背を向けた少年は何もなかったかのように話し始めた。あの一言も、その時の表情も、まるでなかったかのように。
「けど長い話になるからね。こんなところで立ち話もなんだ。だから君を招待しよう」
イルに背を向けたまま、少年はまた右手の枝を振った。大きく円を描くようにくるくると。
……ざわ。
再びマナがざわめき移動するのを感じる。
ただし今度は先ほどのような強さも速さもない。普通の魔法使いが魔法陣を形成するときと同じ動き。
「出発は明日の朝? ふざけないでよ、遅い遅い。あと何日待たせるつもりだよ」
――いや、普通の魔法使いが魔法陣を形成するのとは少し違った。
集まったマナは魔法陣として編み上げられず、ただ光の塊として木の枝の先に集まった。
光の色は
いつの間にかそれはメリクの頭ほどの大きさとなり、辺りを真っ青に染め上げた。広場を囲む木々がどこか幻想的に見える。
「完全憑依魔法はやろうと思えば誰にだって入れるわけだけど。僕がこの子を選んだのにはちゃあんと理由がある。ひとつは年が近い方が相性がいいから。もうひとつは
青い輝きはいよいよ強くなる。あまりのまぶしさにイルは目を細めた。
「さあ! 僕はもう一日だって待ちきれない! だから君を招待しよう!! 喜べ! 君が恋焦がれてた場所だ! 復讐の舞台を用意してやろう! 己の愚行と幸運に感謝しろ!」
こちらに背を向けているのだから、少年の表情はわからない。けれどその声は狂気に満ちた笑い声で縁取られていて。
先ほどは幻想的に見えた光が不気味に感じる。
魔王は木の枝を振るのを止め、それを頭上に掲げた。
青い光を一身に受けて静かに言う。
「
今度はその手を横に振り下ろす。枝とそれを掴んだ腕が、地面と真っ直ぐ平行になる。
そして――呪文を唱えるような素振りも魔法陣を形成するような動きも一切せず。
「
パァンッ!
高らかな声に合わせて光が――魔法陣が広がる。それはあらかじめ完成して畳んでいたものを広げたように一瞬だった。
門魔法は入口と出口ふたつの魔法陣を開き、離れた二点間を繋ぐ魔法だ。都市間を繋ぐ転移門の多くに使われていることでも知られている。魔法陣を開いている間は誰でも何回でも行き来できるが、その分消費する魔力も多い高位の魔法。
眼前に広がるそれを前に、イルはゴクリと喉を鳴らした。
(この先が魔王城――! コイツの考えはよくわかンねェし罠なのは間違いねェが……魔人どもに復讐する
魔法陣の光を反射し緑色の瞳が怪しく光る。
「……ああ。一応言っておくと」
少年が体勢はそのまま、首だけちらりと振り返った。
「僕も色々頑張ったんだけど。そもそもこの子の魔力がまだ未成熟なわけだし、ここから城まで一気に繋げるのはもともとかなり無理のある話だったんだよね」
「……ア?」
「だから、本当は出口を僕の城の中にしたかったんだけど、そこまでは届かなかった。夢幻の森の浅い辺りになるかな? たぶん」
「たぶん……?」
なにやら話の雲行きが怪しくなってきて、イルは思わず少年の言葉を繰り返した。
魔法、特に
(コイツ、さっきまでずっと自信満々だったクセに……。いや、もともと敵の作った魔法陣。出た瞬間――最悪くぐってる最中に出口を閉じられて死ぬこともあり得る、か)
多くは移動のために使われる空間魔法だが、攻撃の手段として使われるとかなり凶悪でもあった。
例えば、門魔法に片腕だけ通した状態で魔法陣が閉じたとする。すると腕は胴体から離れてポトリと落ちる。ヘタな他属性の魔法よりもずっと簡単に切断できるのだ。
もちろんそれを防ぐ方法もある。他人の空間魔法を使わないとか、どうしても必要なら信頼できる人に頼むとか、――他人の空間魔法を使うときは常に魔力で自分の身体を
(だが、悔しいが魔力量は俺よりコイツの方が上。魔力防御もあんま意味ねェだろうな)
イルはぎゅっと眉根を寄せた。
(……それでも、メリクやこの街の住人の命がかかってる。復讐の絶好の機会でもある。死ぬ覚悟で行くしかねェ!)
右手を剣にかけ魔法陣へと一歩近づく。
少年の横に並ぶと、彼はニヤリと笑ってこちらを見た。
「それともう一個。今言ったようにこの門は城まで直通してないから。出口に案内人を用意しておいた。彼が城まで運んでくれるから、喧嘩しちゃだめだよ?」
「随分親切じゃねェか。俺がテメェのお仲間を殺しちまうとは考えねェのか?」
「はっ、馬鹿言うなよ。ルインが君に負けるわけないだろ」
……たらり。
そう言って笑う少年の鼻から一筋の血が流れる。
彼は大きく目を開いて固まり、イルは少年を睨みつけた。
魔力とは、言ってみれば精神の力みたいなものだ。そして精神と肉体は無関係ではいられない。
まだ十歳のメリクは魔力も身体も発展途上だ。魔法の発動を成功させたことはおろか、マナを知覚し捕集したこともない。
そのメリクが魔法を使っている。それも空間魔法高位の門魔法を。
これは明らかに
強すぎる負荷は肉体にまで影響を及ぼし、細い血管から切れ血が流れていく。放っておけば命にも影響が出かねない。
「クソ、テメェ、メリクの身体で――!」
激昂するイルの隣で少年はうつむき、空いてる方の手で乱暴に血を拭った。その手をシッシッと追い払うように振る。
「さあ、行った行った。早く行かないとこの子が死んじゃうよ」
「チッ、クッソ……。オイ、ひとつ確認だ。俺がこの門をくぐったらすぐにメリクを解放して、街の住人も起こすンだろうな!?」
身体は真っ直ぐ魔法陣に向けつつ、視線だけは見下ろして問う。少年は眉をひそめた。
「そんな確認になんの意味があるのさ。僕が言うことを君は信じるのかい? この子のためを思うなら一秒でも早くそれをくぐった方がいいと思うけど?」
「いいから――答えろ!!」
肩をすくめて魔王は言う。
「仕方ないなあ。いいよ、約束しよう。君が行ったらこの子に身体を返すし、街中にかけてる魔法も解くよ。宣誓魔法でも使おうか?」
「いや、いい……。それならいいンだ」
青年は真っ青な魔法陣に向き直る。
魔王の言った通りだ。こんな確認に意味などない。今ここでなんと言おうと、いくらでも反故にできるのだから。
わかっていても答えを求めたのは。
(この魔法陣をくぐった先で、俺は死ぬかもしれねェ)
「出口」がどうなっているかはわからない。魔法陣はイルを
例えこの先で自分が死ぬのだとしても――この一歩でメリクやアリィが助かるのなら、迷いなく踏み出すことができる。最期の一瞬にも希望が持てる。
イルは目瞑って息を吸った。深く深く、全身に酸素がいきわたるよう。
「――よし」
息を吐く。まぶたを開ける。
魔法陣の先を、テウメスを、――魔王城とそこに待ち構える魔王を見据えて。
剣を握り、力強く一歩を踏み出す。
「行くぞ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます