消滅の村・エダシク
謎の青年対盗賊団。
彼らの戦いは一瞬だった。
襲い掛かる敵を時に斬り、時に殴り、時に魔法で蹴散らし――青年はあっという間に賊たちを制圧した。
彼らを縛り上げ転がした後で、青年は自分が握った剣を見た。
――パァン。
こげ茶色の剣が
それを背中の鞘にしまう彼にアリィは近づいた。後ろから恐る恐る声を掛ける。
「あの……どうもありがとう。私はアリィ、あっちの子はメリク。よければ呼び名を伺っても?」
「……イルと」
歩きながら低い声で青年――イルは答えた。アリィは頷き、
「あなた強いのね。軍にいたことでもあるのかしら?」
どかっ、と賊たちの方を向いて座った青年は視線だけをこちらによこした。
「軍じゃない。護衛
鋭い目のまま、低い声でそう答える。
彼が賊を制圧してすぐ、馬車の御者は王国警備隊を呼ぶために来た道を戻って行った。だからこの場で意識があるのは、イルとアリィと息子のメリクだけで。
その状況はアリィにとって都合がよかった。……これからするのは、あまり聞かれたくない話だったから。
「あなたが十年前滅んだ――消滅の村・エダシクの出身だって、本当かしら」
隣に腰を下ろしたアリィの言葉に、ただでさえ鋭い目がますます細くなる。彼は眉間に皺を寄せて、
「ア? だからなンだってンだ」
喧嘩腰に返事をした。ちょうどアリィの側に駆け寄ってきたメリクがその気迫にびくりと肩を震わせる。
アリィは息子の頭を撫でながら十年前のことを思い出した。
十年前。
その日、ラスタバンの宿屋でいつものように働いていたアリィは微かに地面が震えるのを感じた。
周辺のほぼ三方を山々に囲まれるライラプス王国では、地震はそう珍しいことではない。だから周囲の客は「ああ、またか」といった顔をしていたけれど――アリィは嫌な胸騒ぎを感じていた。
そしてその胸騒ぎは的中した。
その揺れはただの地震などではなく――とある村に魔人の魔法が着弾した衝撃だったのだ。
襲われた村の名はエダシク。それまでは知っている人の方が少ない小さな村だったけれど、その名は突如国中を駆け巡った。――もう千年も前からほぼ鎖国状態だから、詳しくはよくわからないけれど――その話は国の中だけでなく外にまでも出回ったらしい。
エダシク村の人口は五百人強。アリィの住むラスタバンの街からはほぼ真北に馬車で五日ほど。これと言って特産品があるわけでもなく、周囲の村や街との交流が盛んだったわけではない。ましてや魔人と何かあったとは考えづらかった。
その変哲もない村が、ある日突然襲われたのだ。
その話題は周辺の人々を震撼させた。そしてそれはラスタバンも例外ではなかった。
シリウス魔法教会の発表によると、エダシク村は
魔人の国・テウメスはこのライラプス王国の西の果てに位置している。テウメスの西南北は深い樹海と険しい山に囲われており、彼らが狙っているのは東側のこの王国だけだ。
その魔人の国との境にはアダラという街が広がっている。通称、前線都市・アダラ。王都に次ぐ人口を誇りながらも、軍およびシリウス魔法教会の者とその関係者しか立ち入れない特殊な街。
そして前線都市・アダラから馬車で東に数時間程の位置に、アリィの住むラスタバンがある。前線都市からは一番近く、玄関街と呼称される街。
そのほぼ真北にあるのが狙撃されたエダシク村。これがどういうことか。
エダシクが狙えるということは――前線都市・アダラを超えてこのラスタバンを狙うこともできるということだ。
すでに風化し伝説とも言われていた魔人たちからの攻撃。これは七百年前の悪夢の再来か――。王国内では連日そう囁かれ、前線都市・アダラへ配備される人員は一気に増えた。
エダシクは何の理由もなく突然襲撃された、いつ二撃目があるかわからない、次に狙われるのはこの街かもしれない。
西側に住む街の人々は口々にそう言い、緊張した日々が続いた。
ある者は怯え、ある者はさらに東の街に引越し、またある者は軍や教会の責任を追及した。アリィも例に漏れず、宿屋を畳んで東へ移住するか、毎夜真剣に主人と話し合っていた。
――しかし。何日経っても二撃目が来ることはなかった。
そのまま一年が経ち、二年が経ち――、いつの間にか十年の歳月が流れ、いつしかエダシク村が襲撃されたこと自体、忘れ去られていった。
「エダシク村に住んでいた人はあの時にほとんど亡くなったって聞いたわ……。まさか生き残ってる人がいたなんて」
「…………」
イルは何も答えない。大きく広げて抱えた脚の前で手を組み、じっと地面を睨んでいた。
「……あの村ね。実は、私の姉もいたの」
小さな声でアリィは言う。
その言葉に、彼は初めてこちらをまともに見た。細く尖っていた目が見開かれる。
「じゃ、じゃあ――」
「ええ。死んだわ。あの時に」
今度は逆にアリィが地面を見つめた。気を逸らすように長いおさげをいじるが、細めた目がだんだんとうるんでくる。
――ああ、だからこの話はしたくないし聞かれたくないのだ。湿っぽいのは苦手だ。自分は「明るく元気な」アリィなのに。十年経った今でも、思い出すたびに涙が出る。
「私、姉のことが大好きだったの。姉にも息子がいてね、生きていたらちょうどあなたくらいになるかしら。それが、まさかあんなことになるなんて……!」
「おかーさん……? 泣かないで」
ポロポロと涙をこぼすアリィの頭をメリクが撫でる。彼女はそれを抱きしめた。
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