山本、腹の肉まつり

湖ノ上茶屋(コノウエサヤ)

第1話



 もし、肉まんではないまんじゅうを食らってここにきたのなら、今頃どうなっていたことだろう。




 今日は彼女の手料理を味わう、週に一度の晩ごはん会だ。

 馬鹿の一つ覚えのように毎度カレーライスが出てくるものだから、今日もカレーライスだと思い込んでいた。


 カレーライスとはいえど、おしゃれにしたいのだかなんなのだか、女の子の量が可愛らしく盛り付けられて出てくる。そんな量のカレーライスで俺の胃が満足するはずはない。

 しかし、材料費やらなんやらをすべて彼女が賄っていることもあって、おかわりをくださいとどうしても言えなかった。言えないほどに浅い関係なのだろうかと悩みもしたが、そうではないと俺は思う。手を繋ぎ、唇を重ね、その先まで進んだというのに浅い関係はないだろう。


 なんとなく、彼女の料理や盛り付けを否定したくなかったからのような気がする。おしゃれ風に盛り付けられたお袋となんら変わらない家庭的な味のカレーのおかわりをくださいと言うのに、適した笑顔を作れなかった。おかわりを要求するのなら、満面の笑みがセットだ。ハンバーガーにポテトがついていたら最高であるように、おかわりの要求には、盛り付け方への称賛とともに、美味しいという感情があふれる心からの笑顔が添えられるべきなのだ。


 なぜここへくる前に肉まんを食べたかと言えば、小盛りカレーでは腹が満たされないし、カレーまんではカレーかぶりをしてしまうし、肉気の乏しいカレーを食べる前に肉肉しさを味わっておきたいと思ったからだ。


 そう、今日のメニューが肉じゃがだと知っていたら、肉まんなんて選ばなかった。


 あぁ、カレーライスであったとしても、珍しく肉気があったとしても、ピザまんだったら問題なかったのかもしれない。

 そうだ、ピザまんを食べてくれば良かったのだ。


 ではなぜ、ピザまんにしなかったのだろう。

 いやいや、あれはトマトとチーズと小麦粉だ。蒸しピザだ。あれを食べるくらいなら、ちゃんとしたピザを食べたい。けれど、いくら小盛りカレーとはいえ、カレーの前にちゃんとしたピザは少々重い。重いというか、アレだ。カレーがデザートみたいな立場になるのが嫌だ。だからだ。そうだ、きっとそうだ。


 肉まんでもカレーまんでもピザまんでもないもので、ケースの中でのぼせていたものといえば、あんまんだ。けれど、あんまんなんぞ論外だ。ご飯の前に甘いものなど、食べたくない。


 さて、どうしようか。


 今日に限って山盛りだ。

 いや、山盛りに見えるだけで並盛りなのだろうか。

 小ぶりで可愛らしい茶碗にこんもりと盛られた白米。よほど丁寧に造形処理を施したのか、はたまた別の茶碗から炒飯方式で盛られたのか、綺麗なドーム型をしている。


 あぁ、これはまるであんまんだ。


 あんまんだと思ったらもはやこれはあんまんだ。

 いや、白米なのだが信用ならない。中にあんこが入っているのかもしれない。

 違う、違う。仮にこれが単なる白米の集合体であったとして、舌触りがつぶあんだ。

 いやだなぁ、俺はあんまんならばとろりなめらかなごまあんが好きなのに。


 とりあえず、あんまんも肉も後にして、じゃがいもを摘んで口に入れた。薄味で美味しい。

 そういえば、肉まんは濃い味で美味しかった。濃い味が美味しかった。

 普段スパイスまみれの濃い味カレーだったから、今日もそんな口でここまできた。濃いものがくると確信している脳みそを修正しきれない。薄い、薄すぎる。


 もしかすれば、調味料を計り間違えているのかもしれない。大さじ小さじを間違えたとか、倍量の材料を投入した鍋に、倍量にし忘れた調味料を入れたとか。


 うん、そうかもしれない。


 じゃがいもとにんじんで口の中と胃から上がってきていた肉まんの余韻を消し去った。

 いざ、肉を口に運ぶ。

 あぁ、薄味ゆえに素材の味がひきたつ。

 なかなかいい肉を使っているじゃないか。いつもだったら豚か鶏のカレーだってのに、今日は牛の肉じゃがか。

 白滝の長さが乱れているのが少々気になるが、白滝なんぞこんなもんだな。強いていえば、結んであるやつが好きなんだけど。ここは文句を言わずにかき込もう。


 白米だ、白米をよこせ。

 茶碗を手に取り、これは白米だと暗示をかけながら口に運ぶ。


 白米だ、白米だった。

 あんまんの形に盛られただけの、なんの変哲もない白米だった。

 美味い、美味い!

 今日こそは満面の笑み添えの「おかわり」を言えそうなのに、既にこんもり盛られているのがなんとも惜しい。

 しかし、山盛り食べるにはやはり味が薄い。

 醤油をひとかけしたいところだ。

「はい、これ」

 おお、気が利くじゃないか。ここから醤油をかけてだんだんと濃い味にしてたくさん食わせようという魂胆だな?


 受けてたとう。

 たらふく食べさせ、肥えさせるがいい。

 ちょうど、そろそろ新しいジーンズが欲しいと思ってたんだ……って、これ唐揚げじゃん?

 なんでこのタイミングで唐揚げ出てくんの?

 わけわからねぇ。

 けどうめぇ〜!

 濃い味の唐揚げうめぇ〜!

 山本クニヤ、この味を求めておりました!

 ありがとうございます、ありがとうございます!


 ちょ、待てよ?

 待ってくれよ。

 こんな濃い味の唐揚げ食べたら余計に醤油かけたくなるじゃん?

 あぁー!

 でもいいな、薄味いいなぁ。牛を感じる。

 ありがとう牛!

 牛食って芋食って鶏食って白滝食った。

 うまぁ。肉うまぁ。

 って俺、肉まん食ってきたんだから牛豚鶏コンプじゃん?

 はぁ〜、幸せ!

 あー、さっき肉まん食っといて良かったー!


 んで……だ。


「この肉じゃが、超美味い! でさ、あのさ、突然だけどさ? 最近俺、鍛えてんだよね。だから、タンパク質たくさん摂りたいんだけどさ。……え? はい。牛だけじゃなくて、うん。……はい、大豆タンパクを。……そうそう、大豆。……大豆。……違う違う、茹で大豆とかどうでもいいの。……そのぉ、お醤油を……」


 味が薄いなど、口が裂けても言えるものか。

 作ってくれたものにケチをつけるようで嫌だったが、勇気を出して手に入れた大豆タンパクを、皿に残る肉じゃがたちにかけた。


 美味い。至福。

 肉と野菜と米を噛み締めていると、彼女は言う。

「やっぱりちょっと薄かったよね〜。ごめんごめん」

 いいんだ。

 素材の味を堪能できた。俺は今、すごく幸せだ。

「ところで、どこ鍛えてんの? あたし、そのフワッとしたお腹好きなんだけど」

「んー? もう鍛えるのやめた」

「なんじゃそりゃ」

「腹はバキバキよりフワフワがいいよねぇ」

「タンパク質は?」

「あぁ、もうどうでもいいや〜」

「意志よわっ!」


 いや、お前の飯食ってたら、バキバキになんてなれねぇよ。たらふく幸せ噛み締めて、俺の腹はいつまでも肉まんの皮みたいにフワッフワだ。

 あぁ、新しいジーンズ買わねぇとだなぁ……。


「ねぇ、今度さぁ」

「ん?」

「俺の新しいジーンズ、選んでくれない?」



 ――fin――

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山本、腹の肉まつり 湖ノ上茶屋(コノウエサヤ) @konoue_saya

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