楽園

湖ノ上茶屋(コノウエサヤ)

第1話




 ちょっとよろしいですか?


 この道をまっすぐ進んで、ふたつめの交差点を左に曲がり、少し進んだ先、左手にある細道に入ると……ああ、この細道というのが厄介で、とてもとても細い、道には見えない道なのです。3丁目のミアちゃんは通れないくらい、と言えばイメージできますか?

 厳密には彼女も通れるんですけれども、彼女で例えると幅をイメージしやすくなると思っているのですが。どうでしょうか。


 今、「コイツ何言い出したんだ」とでも言いたげなあなたの顔を少しも気にすることなくお伝えするのは、楽園へ行く方法です。

 フフフ、さすがに楽園がどのような場所かはご存知でしょう?

 苦しみがなく楽しさに満ち溢れた場所など夢の中にしかない、とでも思っていませんか?

 それがまさか、そのまさか! あるんですよ。


 この道をまっすぐ進んで、ふたつめの交差点を左に曲がり、左手をじーと見つめながら進めば見つけられるはずの、道には見えないほど細い道を進めばあるのです。


 さて、なぜ細い道を通る必要があるのか。

 もちろん、ちゃんと理由があるんですよ。

 それは、楽園への入園許可のためなのです。

 ほら、なんとか園とかなんとかパークって入園料とか入場料を取るでしょう? そうして、お金を払えない人はお断りだ! と中に入れてはくれない。


 同じことです。

 その細い道を見つけて、その道を進んだモノにしか、楽園に入ることは許されないのです。


 どうですか? すこーしワクワクしてきましたか?


 ハハッ、まだですよね。大丈夫です。みなさんここまでお話してもあまりワクワクしてくださらないんですよ。なんだかね、怪しい話に巻き込まれそうだ、と身構えられちゃうことが多いんです。

 困った困った。


 ああ、でも分かりますよ。私があなたの立場だったら、同じように身構えますから。

 何言ってんだコイツ、と思いましたか?

 ね、何言ってるんでしょうね。


 おっと、話が横道に逸れてしまいましたね。

 いけない、いけない。曲がっていいのは交差点と細道への入り口だけだというのに。


 パンパン、と落語家さんのように音を出せば逸れた話が元に戻る。と、思い込んでパンパンしますのは私の悪い癖なので気にしないでください。

 あと5分ほどこのお話にお付き合いいただけたなら、私はそこに浮かぶ雲が風に薄く引き伸ばされしまいには消えてしまうように、そこには何も居なかったかのように消えますから。

 ああ、これは例え話であって、歩いて帰ります、をかっこつけて言っただけなので、はい。


 それで、えっと、そう。楽園のお話。


 この道をまっすぐ進んで、ふたつめの交差点を左に曲がり、左手をじーと見つめながら進めば見つけられるはずの、道には見えないほど細い道を進めばあるのです。

 あるのですが、細い道を進んだ先にすぐにそれがあるわけではありません。


 細い道をとことことすすむと、トンネルがあります。このトンネルが少々厄介で、細い道より細いのです。

 まぁ、たいていの方は通れますよ。3丁目のミアちゃんも楽園に行って帰ってきてますからね。3丁目のミアちゃんでも大丈夫なら、よっぽどのことがない限り通れるとご理解いただけたでしょうか。


 ああ、安心してください。

 ちゃんと許可をいただいていますから。もちろん、ミアちゃん本人から。「じゃあこのスタイルを維持しないとね」と言うくらいですから、嫌々ではないでしょう。


 ミアちゃんに失礼だなぁ、とでも言いたげな顔をしておられる気がしてこの話をしましたが、許可されていることをはじめに言うべきだったでしょうか。


 ああ、コミュニケーションというものは難しいったらありゃしない。

 すみませんね、以後気をつけます。


 それで、どこまで進みましたっけ? すみませんね、すーぐ横道に逸れてしまうものですから。

 ああ、そうそう。

 細い道より細いトンネルを抜けると、少し広いトンネルが見えてきます。広くなって通りやすくなったのはいいんですけれどもね、ここがとにかく臭いのです。

 今すぐ来た道戻ってやろうかと誰もが思うほどですよ。あのトンネルにたどり着いて、「別に臭くないやい」などと言う奴は強がりですからね。

 私は強がりましたがね。

 

 臭いトンネルを抜けると、今度は川です。

 川といっても、ろくに流れはありません。プールと言った方がいいのでしょうかねぇ。

 そこをひたすら、前へ前へ進むのです。

 ハッハッハ! そうなのですよね。我々には苦行でしかない。しかし、ここで引き返したら臭いトンネルですよ? ずんずん進めば楽園は目前ですよ?


 最後の最後、少し大変なのですけれども、水中トンネルを抜けてください。本当に苦行ですけれども、次に顔を出した時、そこはもう――楽園です。


 美味しいものは食べ放題、楽しいことはし放題。日向ぼっこをしてもよし、自由がそこで待っています。


 ああ、注意事項はひとつだけ。3丁目のミアちゃんより太っちゃダメですよ? 退園許可が出なくなりますから。


 それでは。

 行くも行かぬも、あなた次第――。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

楽園 湖ノ上茶屋(コノウエサヤ) @konoue_saya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ