第7話 一年生部員の聞き込み

「ふうん。……つまりTシャツを汚すことがテニス部内の派閥か人間関係に関係しているかもしれない。男子テニス部員が犯人でないとしたら『女子テニス部員と関係している男子生徒』が怪しいんじゃないかってことなんだね」


 虹村が眼鏡の奥からこちらを見つめ返しながら、感心したように呟く。


「ああ。だから、一年生部員から話を聞いた後で女子テニス部と親しい男子生徒という線でも話を聞こうと思っているんだ」


 春の木漏れ日が本校舎前の中庭の地面を彩っている。校舎の時計は十六時半を指していた。星原と話をした翌日の放課後、僕と虹村は再び狛江さんに会うためにテニス部へ向かっているところだ。


 コートの中では一昨日、話をした男子テニス部員の経堂くんと船橋くんが練習をしていた。僕らは彼らを軽く会釈をしてから金網の横を通って用具置き場を兼ねたプレハブ小屋、テニス部室に足を踏み入れる。「お邪魔します」と僕が声をかけて中に入ると、床に座り込んでいた三人の少女が一斉にこちらに目を向ける。


 一人はバンダナで髪をまとめた活発そうな体育会系少女、狛江さんだ。残りの二人は初めて見る顔である。

 一人はセミロングヘアの垂れ目で背が低くて、大人しそうな少女。

 もう一人は髪をベリーショートにした目が大きくて愛嬌のある少女。


 狛江さんが「どうも。お話のあったとおり、今日は一年生を呼んできました。……ほら二人とも挨拶して」と僕らに声をかける。


 セミロングの少女が「喜多見きたみです」と頭を下げて、ベリーショートの少女は「ども、成城せいじょうっす」と軽く手を挙げた。


「全員は無理だったので声をかけられた二人だけですが、そこの喜多見が例の昼休みに最後に鍵を借りた同級生です。Tシャツが汚されていたのを発見したのも彼女ですね」


 つまり喜多見さんが「狛江さんの名前を騙った男子生徒」の次に鍵を借りて部室に入った一年生部員ということか。


「クラス委員会の虹村です。急に時間を作ってもらってごめんね」 

「……手伝いで来ました月ノ下です。ええと、それじゃあTシャツが汚されたときの状況を聞きたいんだけど」


 僕らがそれぞれ自己紹介して質問しかけたところで喜多見さんが「え。話ってそのことだったの?」ときょとんとした顔になる。成城さんも困惑した様子で首をひねっていた。


「クラス委員の人が話を聞きたいっていうから、部活の予算でもつけてくれるのかと思っていたよ。……まさか犯人探しでもするつもり?」


 どうやら狛江さんは僕らが何のために話を聞きに来たのかを二人にきちんと説明していなかったらしい。続けて彼女たちは呆れたように不満の声を上げる。


「いや、いずみちゃんの気持ちもわかるけど。もうTシャツ作ることにこだわらなくても良いんじゃあないかな。費用だって余分にかかるし」

「そうそう。喜多見の親がお金の扱い厳しくて、部活関係の費用を自分の小遣いから出してるって知っているでしょ。食事会で良いじゃん、別にもう」


 そんな同級生たちの反応に狛江さんは信じられないとばかりに首を振った。


「二人とも何でそんなこというの? おかしいよ。だってこの間はメッセージTシャツ作って先輩に贈ろうって言ったら『いいアイデアだ』『そういうのやってみたい』って言っていたじゃない」

「……あの時はそういったけどさ」

「今から見つかるかどうかわからない犯人を探して、弁償させるの? そんな時間ないって」


 一方、僕と虹村は予想していなかった流れに顔を見合わせる。「三年生にわざわざ手作りの贈り物をするような手間のかかることはしたくない」というスタンスはてっきり二年生が中心だと思っていた。だが実際には一年生の間でも同じような雰囲気が蔓延しているらしい。


 しかも狛江さんの言葉を聞く限りでは「少し前までは二人もTシャツづくりに賛成していたはず」なのだという。この態度の豹変ぶりはどういうことなのだろうか。


 そんなことを考えていた僕の横で、虹村が彼女たちを仲裁するような調子で口をはさむ。


「あのね。私たちは狛江さんに部活内のトラブルとして相談を受けたんだ。尊敬する三年生の先輩のために作った贈り物を誰かに台無しにされた、何とかできないかって。……でも、だからってあなたたちに負担をかけるつもりはないから。食事会は食事会で準備しておいて進めても良いと思うよ。それで、もし犯人がわかって弁償させることができるようならTシャツをもう一度作ったっていいし」


 だが、彼女の言葉に喜多見さんと成城さんは「はあ」「そうですか」と気のない返事を返すばかりだった。そんな気まずい空気をとりなそうとしたのか、虹村は別の話題を持ち出した。


「そういえばお祝いの費用はTシャツのために使ってしまったんでしょう? 食事会をするにしてもそのための予算はまだ残っているの?」


 これに成城さんが淡々と答える。


「ええとですね。何でも二年生の先輩で家がレストランを経営している人がいまして。そこで食事会をすれば多少は安くしてもらえるそうなのですよ。卒業祝いで集めたお金は半分以上Tシャツで使ってしまいましたが、一定の人数以上で注文すればサービスしてくれるとのことで、残りの予算でも食事会はできそうなんです」

「へえ。それは不幸中の幸いね」


 虹村はニコニコと笑みを浮かべながら和やかな調子で言葉を続けた。


「でも誰かが部員になりすまして、勝手に部室の倉庫に出入りしていたなんて気分が良くないでしょう? それにその人のせいで結局、費用も余計にかかることになったんだから」

「そりゃあ、そうですけどね」

「じゃあ、その昼休みに出入りしていた男子生徒について教えてくれないかな。どんな些細なことでもいいから」


 ここで成城さんは「ああ。……いや」と頭を掻きながら答える。


「あたしも直接見たわけじゃあないんっすよ。話に聞いただけで。実際に見たのは喜多見です」と彼女は隣に座っている同級生に顔を向けた。

「あなたが、その怪しい男子生徒を目撃したの?」


 唐突に話を振られた喜多見さんは、戸惑ったように目を見開きながら「……はい」と応える。僕もそこで身を乗り出して彼女に尋ねた。


「教えてくれないか。その男子生徒の特徴とその時の状況について覚えている限りのことを」


 喜多見さんは「ええと、そうですね」と記憶を探るように視線を宙に向けながらモゴモゴと言葉を紡ぐ。


「私は部室に愛用のスポーツタオルを置きっぱなしにしてしまいまして。体育の授業の時に使いたいから取りに行こうと思ったんです」

「それで?」

「そうしたら昼休みに教室の窓から部室の倉庫に誰かが入っていく姿が見えて、後ろ姿だけですけど男子生徒のようでした。私はうちの男子部員かと思って『倉庫に入ったのなら部室の鍵も持っているだろう』と。声をかけて部室も開けてもらうつもりで近づいたのですが……」


 ここで彼女は言葉を切って、眉をしかめた。


「鍵がかかっていて倉庫には入れなかったのです。ノックしても反応はなくて。それで『遠目だったから、部室小屋の裏手に曲がっていったのを倉庫に入ったのと見間違えたのか』と思いました。仕方がないので職員室に鍵を借りに行ったら、管理表を見る限り狛江さんの名前で鍵を借りられていて、しかも鍵は返ってきていました」

「つまりは、その男子生徒は狛江さんの名前で借りた鍵で倉庫に入り込んだ後、内側から鍵をかけた。そして喜多見さんが入ろうとノックをしたときには居留守を使っていたんだね。……でもこのまま喜多見さんが職員室に鍵を借りに行かれたら、自分が鍵を返しに行くときに顔を見られるかもしれない。だから何らかの方法で職員室に先回りをして鍵を返した、とこういうことになるのかな」


 僕が彼女の説明をもとに状況をまとめると「多分そういうことです」と頷き返した。


「その男子生徒はどんな感じだったんだ。身長は? 髪は長かった?」

「ええっと。身長は私より少し高いくらいで……。髪はちょっと短く刈り込んでいるように見えました」

「見たのは何時くらいだったか覚えているかな」

「十二時半すぎくらいですかね」

「わかった。ありがとう」


 多少なりとも手がかりにはなりそうだ。後は女子テニス部員と関係がありそうな男子生徒を調べて、今の特徴に一致している相手を特定すればなんとかなるかもしれない。方針が固まったところで、僕は隣のクラス委員の少女に顔を向ける。


「虹村は何か訊くことはあるか?」

「……え? あ。いや別に」と少し歯切れの悪い答えを返す。彼女にしては珍しいな。何か考え事でもしていたのだろうか。だが一応これで訊くべきことは訊けたのだ。


「参考になったよ。ありがとう」と僕らは狛江さんたちに礼を言って立ち上がり、虹村もそれに続いて部室を後にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る