第5話 男子テニス部員の話
僕らが部室を出ると「早く終わらせてよ」「準備の邪魔」という女子たちの声がコートの方から聞こえてきた。見ると男子テニス部員たちが女子テニス部の一年生にコートを追い出されている。どうやらちょうど「男子の練習時間」が終わって「女子」と入れ替わるところのようである。
その様子を見て、僕はふと考えを巡らせる。
犯人が「男子生徒」であり「テニス部の倉庫」に出入りしていたというのであれば、必然的に疑わしいのは男子テニス部員なのではないだろうか。実際、当の狛江さんも「男子テニス部員が犯人ではないか」と候補に挙げていたのだ。僕は隣を歩く虹村に目配せをする。
「虹村。……ちょっと話を聞いて来ようと思う」
彼女はその一言で大体察してくれたらしい。「わかったわ」と小さく頷いてついてきた。僕はコートの方から歩いてくる二人の男子生徒に声をかけた。
「……そこの二人。ちょっといいかな」
「うん? 何だ?」
「どちらさんですか?」
テニスウエアを着てラケットを手にした彼らは胡乱な目でこちらを見つめ返してくる。
「急に呼びとめて済まない。僕は二年B組の月ノ下というんだけど。君たちって男子テニス部員だよね」
「……ああ。俺は二年A組の
もう一人の髪を刈りこんだ朴訥とした雰囲気の男子も「一年B組の
「実は、女子テニス部員が卒業生のお祝いにオリジナルのプリントTシャツを作っていたんだけど、それがインクで汚されて駄目になったっていう話は知っている?」
「女子がそのことで騒いでいるのは聞きましたが」と船橋くんが答える。
「クラス委員の友達のところに相談があって、僕もその対応の手伝いをしているんだ。それで先週そのTシャツを作って乾かすまでの間に部室の倉庫に出入りしていた人間に心当たりはないかな」
経堂くんが僕の質問に首をひねる。
「そういわれてもだな。……確かに先週Tシャツが汚されたって話は聞いたけどよ。その一件があったのは作った翌日の昼休みだろ。俺たちはいつも女子よりも早く練習が終わって、そのまま次の日の放課後まで来ないんだ」
「だから僕たち、触ってもいませんよ。ただでさえ女子部員が日頃から時間やら道具の片付けやらうるさく言ってきているのに。余計なことしてトラブルの種を作りたくないですし」
船橋くんは僕が疑っているように思ったのか、とんでもないという調子で首を横に振った。
僕はここで虹村を振り返って「どうなのか」と目で問いかけた。彼女には『相手が嘘をついているのかどうかが目をみれば見抜ける』という特技があるのである。彼女は無言で小さく首を頷くだけだった。どうやら彼らは本当のことを言っているらしい。
「ちなみに昼休みはいつも何をしているのかな」
「何だよ、アリバイの確認か? 先週の昼休みの時も普通にクラスの奴とゲームの話で盛り上がっていたと思うぜ」
「僕は友達と次の授業の小テストの勉強していました」
彼らは平然と答える。おそらくクラスの人間に確認をとればその通りの返事が得られるのだろう。これ以上犯人扱いすれば流石に怒りだすかもしれない。
「すまなかった。変なことを聞いて悪かったよ。何でもその日の昼休みに男子生徒が部室に出入りしていたらしいんだ。それで心当たりはないかと思ってさ。……ところでさっきは女子部員たちに『早くコートから出てくれ』って言われていたよね。時間は部内で決まっているのかな」
ここで経堂くんがよく聞いてくれたという顔で不満を述べ始める。
「そうなんだよ。俺たち男子部員は十六時半までに部室で着替えて十七時まで練習、その後で部室で着替えるんだ。それで、俺らが練習している間に一年生女子は部室で着替えて十七時から練習の準備をするんだ。……この間なんてあれだぜ? 練習終わって部室に入ろうとしたら女子部員たちから『まだ着替えてないんだから入ってくるな』って締め出されたんだ」
「それなのに今日は、たまたま五分遅れただけで『早く終わらせろ』って文句を言われてコートから追い出されたってわけです」
船橋くんもしょぼくれた顔でぼやいた。
「じゃあ、つまり向こうが時間を守らない時には『入ってくるな』って部室に入れてもらえないこともあるのに。君らが今日みたいにちょっと練習が伸びたら『早く終わらせろ』って言われるのか。それはちょっと……理不尽だな」
「練習時間だって女子は一時間で俺たちは三十分だけだからな。まあ向こうは十人以上で二つのコートを交代で使うのに、俺たちは二人だけってのもあるけど」
「聞いた話では卒業生の追い出しで食事会もするとかなんとか。僕らにはまだ声がかかっていませんけどね」
経堂くんと船橋くんは「やってられない」とそれぞれため息をついて見せる。そういえば狛江さんは「男子テニス部員は設備の利用が限られていて、女子部員のことをよく思っていない」というようなことを言っていたな。だがこれでは彼らの気持ちもわかる。
「大変そうだね。……話を聞かせてくれてありがとう」
もうこれ以上は有益な話はなさそうだと思い、僕は二人に礼を言った。虹村も後ろで小さく頭を下げる。僕らはそのまま踵を返して本校舎の方へ足を向けた。
「テニス部の倉庫に出入りしていて、男子生徒ということなら男子テニス部員が最有力候補だったんだけどなあ」
校舎の入り口に足を踏み入れながら僕は小さくぼやいた。
「こうなったら、一年生部員に話を聞くときにその男子生徒の目撃証言とやらをなるべく詳しく聞くしかないかもね」
「それにしてもプレゼントを贈ることに部員たちはもうあまり乗り気じゃないってことは遠回しに感じていたけど、ああも露骨に態度で示されると若干やる気が削がれるよ」
梅ヶ丘さんの態度を思い出してぼやくように呟く僕の言葉に彼女は大げさに肩をすくめてみせる。
「あの人たちは周りへの『親愛』に価値を見出してないのかもね。テニスのルールだとLOVEは零点だっていうでしょう」
元気づけようとしてのことだろうか。似合わない軽口を飛ばす虹村に僕はぎこちなく笑い返したのだった。
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