10:アルの才能


「無理、無理かぁ……。」



師匠がすっごく小さな声でそうつぶやく。……そんなに魔法使いたかったのかな? でもまぁ気持ちはすごくわかる。私ももっと小さいころ、村にいたころは使えたらいいなぁって思ってた。だってすごくかっこいいし、いろんなことがラクチンになる。井戸からの水汲みとか、火起こしとか、もっと大きな魔法が使えれば魔物を退治したり、動物を狩ったり。


でも、現実はそう甘くはない。


魔法ってのは力の象徴だ、だって魔力は使うけど遠いところから弓よりも強い攻撃で相手を一方的に叩くことができるんだよ? 師匠みたいに認識を超えた速度で動ける人は別として、大体の人間はそれでやられちゃう。この国の貴族とかがそれを見逃すわけもなく……。だいぶ後、ヘンリエッタ様に聞いたことなんだけど、この帝国ができたときに魔法を使える人を徹底的に囲い込んだらしい。


国の保護下において、貴族や騎士に任命する。後はお給料とかで適切な評価をしてあげれば魔法使いが離れていくことはない。あとは結婚とかそういうのをずっと繰り返していけば……、魔法は権力の象徴。貴族の特権になっていく。実際私も村にいたころは『魔法はお貴族様のもの』って聞いてたし、農民の出の人間が使えるわけがない、って思ってた。


まぁ一応抜け道みたいなのがあって、教会とかに入って修行を積めば『治癒魔法』とか学べるみたいだし、時たま平民が魔法の才に目覚めることもあるみたい。でもやっぱりそんなのは特殊な例であって、私たち庶民にとって魔法は全く馴染みのないものだった。



「ま、まぁビクトリア殿。そこまで気落ちなされるな。ほら、私もここまで大きい才はそうそう見たことがありませぬ。詳しくはありませんが剣闘士として長く戦い続けていらっしゃるとのこと、ここまで積み上げてきた努力がしっかりと形になってるのは素晴らしいことではありませんか。」


「……すみません、柄でもないことを。」


「いえいえ、お気になさらないでください。それに、ここで見聞きしたものは全て他言無用となっていますから。ご安心を。」



わ、師匠が司教様に慰められてる。無茶苦茶珍し。



「他言無用、ですか?」


「えぇ、才の鑑定は貴族の方々もご利用になるので自然と。ここでの出来事に関しては誰にも話さず神の元に召されるまでしまっておく、そう神に誓うのが習わしなのです。」


「なるほど、そうなのですね。」



これも後にヘンリエッタ様に聞いた話だけど、魔法の才に秀でた者たちで固められたお貴族様でもたまに魔力が少なかったり、才能が全くない人が生まれることもあるらしい。そこを弱みにされてネチネチと攻撃されるのを防ぐために、そう言う取り決めが為されるようになったんだって。



「では、次にアル殿の才を調べさせて頂きます。ビクトリア殿、書き留めて頂きますかな?」


「もちろん。」


「ではアル殿、お手を。」


「あ、はい! よろしくお願いします!」



言われた通りに腕を差し出す、思えばこの時は無茶苦茶緊張したなぁ。だって自身の才能を調べてもらうってとってもすごいことだよ? そういう『聖術』がある、ってことは村にいた司祭様に聞いたことがあったけど、大都市にいるような長年神のために働いて来たような人でなきゃ使えないすごい技って言われてたんだ。そして、それをお願いできるのはお貴族様くらいのお金持ちぐらい。私には一生縁のない話だと思ってた。


本当に、奴隷になってから。いや師匠と出会ってからいろんなことが変わった。


師匠の手に現れた大きな円と、それを見た司教様の反応。その後だから自分は師匠よりももっと小さいんだろうな、とか。もし全然才がなかったらどうしよう、とか。いろんなことを思いながら目の前の彼が聖句を唱え終わるのを待っていた。そして、青い光が私の手を包み、円が浮き上がる。



「これは……。失礼、先に才の方を述べさせていただきます。」



現れたのは、三つの大きな円。師匠の『加速』というものよりは小さいけど、それでも思っていたよりはとても大きい。想定外のことに目を大きくしていると、急に目の前の青い円が消える。どうやら私がびっくりしている間に鑑定が終わっていたようだ。……あ、そうだ師匠! どんなのがあるか書いてくれたんですよね! 私にも見せて……。


多分、あんな師匠の顔を見たのは後にも先にもアレが初めてだっただろう。


そこには苦虫を嚙み潰したような、だけど同時にもっとおいしい甘いものを食べたような。無茶苦茶複雑な感情が心の中で渦巻いているのが一目でわかるような顔をした彼女がいた。師匠は何も言わず、書き留めた紙を渡してくれる。




『眼力』

『魔法』

『剣術』





「…………え、魔法!」


「はい、しっかりとその才が浮かび上がっていました。失礼ですがアル殿の出身は……。」


「あ、はい! 西部の小さな村の出身れふ!」



私に魔法の才がある。昔村の友達と遊んだ魔法使いごっこ、それが現実のものになる。お貴族様しか使えないようなすごい能力が、私にも使えるかもしれない。そう考えたら隣でなんか真っ白になってる師匠のことも視界に入らなくなって、気分がとても上がってしまう。そのせいで思いっきり舌をかんじゃったけど、司教様が優しく窘めるように落ち着かせてくれた。



「ゆっくりでいいですからね。それでご家族に貴族や騎士の方はいらっしゃいましたか?」


「い、いえ。両親は農民でしたし、お貴族様とか騎士様なんか……。」


「となると……。いやはや、珍しいものを見させて頂きました。感謝を。ですがそうなるとこれまで魔法に触れずあの大きさでしたから……、その道の修練を積めば大成なさることでしょう。先ほど見たところ、火や水の魔法に対しての適性が高そうでした。そちら方面で学びを深めていくのもよいかもしれません。」



そう言いながら私の才について説明をしてくれる。


私が持つ才能は『眼力』、『魔法』、『剣術』の順に大きかったらしい。『眼力』は視力とか師匠の言う動体視力とか表してるみたいで、それが一番大きな円を描いていたみたい。それに隣接するように浮かんでいたのが『剣術』で、少し離れていたところに浮かんでいたのが『魔術』で剣の方は成長した痕跡があったらしく『才を大きくなされたのは非常に素晴らしいことです、このまま頑張ってみるのも良いかもしれませんね。』って褒めてくれた。



「師匠! 見て! 見てください! 魔法! 魔法って書いてます!」



司教様のおかげで一時は収まった興奮だったけど、紙に書かれた文字を眺めていればすぐにそれは戻って来てしまった。嬉しさのあまり師匠に報告しようとそっちの方を向けば……、明らかに口からなんかヤバいのが出てる真っ白になった師匠だった。



「ヨ、よかっタ、ネ……。」


「ししょぉ!?」







 ◇◆◇◆◇







真っ白になって気絶した師匠に、治癒魔法をかけてくれた司教様に二人でお礼を言いながら話を戻す。



「にしても魔法かぁ……、ウチのオーナーに聞けば学び方とか解るかな?」


「確かにあの方の人脈なら教本などを手に入れることは可能でしょうが、やはり独学では難しいこともあるかと。私は攻撃系の魔法を納めておりませんので詳しいことは解らないのですが、初めてその力を行使した時に魔力を暴発させてしまうということがあるそうです。ですので可能であればその道に詳しい方に教えを受けるのが適切かと。」



教えてもらう、か。師匠には無理だし、かといって教えてくれそうな剣闘士の人なんていない。というか魔法使えてて奴隷になってるような人っていないんじゃないかな? 冒険者とかには引く手あまただろうし。となると……。



「……ヘンリエッタ様かなぁ? また借りが増えちゃいそう。アル? わるいけど当分その才能はしまっておいてもらうことになりそうだけどいい?」


「あ、はい! 大丈夫です!」



確かに魔法の才能が私にあったことはすごくうれしかったけど、今私の身分は剣闘士で、多分これから私が死ぬまでずっとそう。師匠が当分、って言ってくれたってことはいつか何かの形でまたお世話になるのかもしれない。今が十分すぎるほど恵まれてるんだ、これ以上望んだら罰が当たっちゃいそう。それに、師匠に教えてもらってる剣だってまだまだ。両方一緒に極められるほど私は器用じゃないし、今は剣に集中しろってことだよね。


……あれ? ちょっと待って、師匠? 今完全に"ビクトリア"じゃなくて、"ジナ"だったような……?



「ん? あぁそれ? いやもう演技する気力とが失せたというか、『演技』とか『偶像』とか見られちゃったからもういいかなって……。」


「えぇ……。」


「ほっほ、ご安心ください。私も神の怒りに触れるのは怖いですのでな、この部屋で起きたことは誰にも言いませんとも。」



確かに司教様すごいよさそうな人だから大丈夫だとは思うけど……、それでいいんですか師匠? 演技の誇りとかそういうの……。ずっと人前で"ビクトリア"で居続けたのに完全に崩れちゃってる。いやまぁ私、全然師匠みたいに演技とか出来てないですから意見できるレベルじゃないですけど……。



「それにこの部屋には防音の魔石が設置されているので誰かに聞かれるということもありません。」


「だって、アル。」


「師匠がいいならいいんですけど……。」



姿勢を崩し、普段通りの師匠へ。いっつも思うけどこの落差というか、変わりようというべきか。姿かたちは同じはずなのに、別人のように思えてしまう。師匠がどれだけビクトリアという仮面を被ることがうまいのかを理解させられる。師匠には私が『次のビクトリア』に成れるよう剣以外にも演技とかを教えてもらってるけど……、ほんとになれるのかな。



「大丈夫だって、ほら司教のレトちゃんも言ってたでしょ? 『才能がない道でも成功できる』って。」


「そうですとも、それに今回はビクトリア殿に書いていただきませんでしたが、先ほどの三つの次に大きかったものが『演技』の才でした。ゆっくりと成長してるのかと思います。……ちなみにそのレトちゃんとは私ですかな?」



そうだよ、可愛くない? という師匠の言葉をいつも通り聞き流す。……そっか、うん。これからもがんばろ。あといくらレトゥス司教様が優しくてもやめておいた方がいいと思います。



「あ、そうだ。レトちゃんに聞きたかったんだけどさ、私ってこのあたりの出身じゃなくてね? 住んでたところにここみたいな教会とかなかったせいで神の教えとかそう言うの全くわかんないのよ。悪いんだけど教えてくれない? 職業柄色んな人に会うからさ、せめて早いとこやっちゃいけないことだけでも覚えとかなきゃ、って。」


「なるほど、そうでしたか。できれば神の教えをそのまま理解してほしいところではありますが……、そうですな。特にやってはいけないことは……、ありませぬな。」


「あれ? そうなの?」



私が決意を固めたところで、師匠が司教様に質問をしている。そういえば師匠の故郷ってどこなんだろう、教会がないような場所ってあるのかなぁ? 知らない言葉とか色々使ってるしかなり遠くの場所ってことは解るんだけど、師匠があんまり答えたくなさそうにしてるし、ちゃんと聞いたことないや。



「えぇ、確かに私たちの様な教えに殉ずる者、まぁ聖職者ですな。こちらは教会に入ったその瞬間から様々な戒律があります。しかしながらそれを他の方々に強制することを神は望んでおられません。『そこら辺は自由でいいよ~、でも君らは別ね。ちゃんと模範になりなさい。』と神の好物である甘い菓子を食べながら我らに伝えた、と聖書には書かれております。」


「……えぇ。」



師匠はびっくりしてるけど、私たちにとっては当たり前のことだ。司教様みたいな聖職者の人とは違い、一般の私たちは毎日お祈りに行く、みたいな教えに熱心な人はあんまりいない。でもちゃんと女神さまのことは信仰しているから奴隷になる前は週に一回は必ず感謝のお祈りをしてたよ? 毎年行われる神様の生誕祭は家族みんなで奮発してお供え物をしてたし。



「おそらくですがビクトリア殿は我ら聖職者の過ちを伝え聞いてしまい、誤解してしまったようですな。まぁよっぽどのことがない限り我らが神が信者の方々に何かをなさる、ということはありませんのでご安心を。」


「……ということは、聖職者の方々って?」


「えぇ、お恥ずかしい話ですがかなり神の怒りを受けております。」



お師匠様やヘンリエッタ様から聞いた話なんだけど、教会ってのはやっぱりすごくお金が集まる場所みたいなの。だからそのお金の魔力に魅入られて、もっと稼ぐために悪いことをしようとする聖職者の人もいるみたい。


それに昔、私の両親に聞いた話なんだけど。私が生まれる前に故郷の村で司祭をしていた人が作物を不正に多く教会に納めさせようとして神罰が下ったこともあったみたい。その時は悪いことをした司祭様の頭上、空から金色の炎が降って来て女神さまの怒りの声と一緒に燃やし尽くされちゃったんだって。



「我らが神が奉仕する者に求めていらっしゃるのは絶対なる善なのですが、やはり人は間違ってしまうことがあります。故に数回程度であればお許しくださるのですが……、まぁ勘違いしてしまう者もおりまして。」


「……神罰が下る、と?」


「はい。神の炎に焼かれる者や地面に生き埋めにされる者、雷に打たれた者やそのまま空高く放り投げられ地面に叩きつけられる者など……。先日裏社会の者に資金の横流しをしていた者は内側から破裂し木っ端微塵になったりと。全くお恥ずかしい限りです。」


「ヒェッ。」



創造神であり、絶対神。確かに怖いところもあるけどその分私たちに恵みを下さる存在。それが私たちの女神さまだ。


その後、そのまま帰ることになったんだけど何故か師匠がすごく熱心にお祈りをささげていた。なんでだろ?



「いやちょっと怖くなったから、ごめんなさいぐらいはちゃんとやっておこうかと……。あ、あとアル。帰ったらちょっと話があるんだけどいい?」



あ、はい。大丈夫ですけど……、何の話ですか?



「『剣神祭』の話。」



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