9:見てもらおう
「久しぶりに町の中を歩きましたが、やはりビクトリア様の人気は……、色々とすごいです。はい。」
「ふふ、ありがたい限りだよ。……ん? あぁサインかい? もちろんいいとも。子猫ちゃん、君の名前を教えてもらっても?」
今日も“ビクトリア”様は絶好調。勇気を出して話しかけて来てくれた女の子が差し出してくれた色紙にサインと彼女の名前を書いてあげる。いつも応援ありがとね、君。ん? 握手? もちろん。
仮面を被るのは結構疲れるものだけど、町中を歩く場合はヘンリエッタ様の所みたいにお貴族様のことを考えなくてもいいから楽な方だ。なにせ転がっている命の危険が背後からやってきそうな闇討ちクンぐらいしかいないからね。そんな悪漢程度何しようが攻撃される前に制圧できる。それに街中での即興ショーってことで新たなファンの獲得も望めるからね? むしろウェルカムだ。
「わ、わたし! 一生この手洗いません!」
「それはちょっとダメじゃないかな? ……次会ったときもちゃんと握手してあげるから、約束ね?」
耳元でそっとささやいてあげる。あとはにこやかな笑みを浮かべて軽く手を振り、目的地へと向かうだけ。まぁマジレスするといくら魔法があるとは言え感染症対策ってのはやっておいて損はないんだよね。絶対私が知らない異世界特有の病気とかあるし、体が資本な私たちは気にしすぎるくらいがちょうどいいのかもしれない。
っと、話を戻そう。
普段宿舎から出ることがない私たちがお外を歩いてるのは、昨日ご主人から受けたおつかいのお仕事を終わらせるためだ。正確には教会で私たちの能力を確かめてもらうついでに、その調査へのお礼も兼ねた寄進をご主人の代わりに私が行う、って感じになる。
「……にしても、教会か。アル、君の生まれの地には有ったかい?」
「はい、どこの村にでもあるような小さい建物でしたが。……ということは?」
外行きモード、私がビクトリアを演じているようにアルちゃんも普段とは違う話し方をしている。宿舎とは違って何処に誰の耳があるか解らないからね。アルちゃんには悪いけど、これも演技の練習ってことで。
にしても教会かぁ……、実は私行ったことないんだよね。
裏の闘技場とかで活動してた時期はマジで生き残るのに必死だったからそんな暇なかったし、表に出てからも試合やら鍛錬やらビクトリアやらで休む時間はあったけどわざわざ教会に遊びに行こう! ってことにはならなかった。まぁ出身が前世日本で無宗教者だからねぇ……、休日に神に祈りをささげに行くって思考にはならない。
「あぁ、私が住んでいた所にはなかったよ。剣闘士になってからも行く機会はなかった。だからこれが初めてになるのかな? ……っと、ここか。」
比較的大きい建物だったので少し離れてた場所からも見えていたが、ようやく到着した。やっぱり帝都にある教会ってことで周りにある建造物よりも大きめ。正面から見たおかげでようやくはっきり分かったけど、この世界の教会にも十字架の様なものが建物にくっついてるみたいだ。十字架の両端の部分が上に向いてU字になっている。ギリシャ文字のプサイってやつが一番近いかな?
「おぉ……!」
「アルの生まれの教会もこんな所だったかい?」
「全然ちがいッ……、いえ。もっと寂れた雰囲気でした。……帝都の教会はすごい、と聞いていたのですがここまでとは。」
なるほど、アルちゃん的にはすごい教会、って感じなのね。……ん? 私? いやまぁ建造物を見て『凝ってるなぁ』とか『お金掛けてるなぁ』ぐらいは解るよ? でもその意匠に込められた宗教的な意味は全然分からないんだよね。この世界で生活してて気が付いたことなんだけど、どうにも帝国出身の人たちって大体同じ教えを信じてるっぽいのよ。つまりみんなが幼少期から教えられた神の教え、みんなが知ってて当たり前の常識を私は知らない、ってわけ。
まぁ何を警戒してるのかというと……、異端扱いされて火炙りとか磔にされることだよね。
いやだってさ、考えてもみなよ。前世の世界でも宗教って色々あるじゃんか。過去を遡れば異端者をブチ殺したり、異教徒を殺しに行ったりとか色々やってたじゃん。自分たちが信じる神以外は悪魔、悪魔崇拝者は綺麗にお掃除して神様に褒めて貰おうぜ! とかしてたじゃん。
もしこの世界でも同じノリが通用するんだったらさ、なんかミスした瞬間に『こいつ神の教え知らんやん! もしかして悪魔か!? 燃やせ!』とならない訳がない。というかもっとひどいことになりそう。だって剣闘士が毎日殺し合いをしているのを娯楽にして楽しんでる世界だぜここ! もし、もし私がそういう風に勘違いされちゃったらさ! これまで仲良くしてた人とかにもさ!
『師匠って悪魔崇拝者だったんですね、失望しました。早く死んでください。』
『タクちゃんだと? 気安く呼ぶなこの異端者め。』
『ビクトリア様。いえ、貴様は神の敵だったのね。死んでくださる?』
『ご主人くんはお金をたくさん稼げるほうの味方だっぴ!』
ってことになっちゃうわけでしょ! そんなの絶対いやじゃんか! 折角奴隷から脱却できる目途が付いたってのにここでおしまいとか! それもみんなに汚らわしいものを見るような目でこんな言葉吐かれるんでしょ! マジで嫌! ……ところで最後の奴、誰?
「ここで立ち止まっていても他の人の邪魔になる、入らせてもらおうか。」
「はい、ビクトリア様!」
まぁ実際のところこれまでの私の振る舞いで宗教的な問題が発生してなかったり、剣闘士の知り合いで『休日は教会でお祈りをささげたいんですけど休日がないです! ぴえん!』って言ってる奴はいなかったのでまぁ教義的には結構緩いんじゃないかなぁ? と期待はしている。
だけど今日お邪魔するのは教会、神の家だ。外じゃ大丈夫なことでも、教会の中ではダメな事だったり、教会で必ず行わなければならない動作みたいなのがあっても可笑しくない。ほら日本で言う神社の道の中央は神様の通る道だから端を歩きなさい、みたいなのね? そう言ったトラップが隠されているかもしれないってのを考えると……、この世界の常識に欠ける私が何かとんでもない失敗をしてしまう可能性は大いにある。警戒するのに越したことはない。
「……迷える子羊に優しければいいのだけど。」
◇◆◇◆◇
教会内に入ると、空気が変わったような雰囲気を感じる。
貴族の館でしか見たことのないような手の凝った装飾が華やか過ぎないように所々施されており、出入り口から少し歩けば多くの長椅子が並ぶ構造になっている。そしてその先。この建物一帯を見渡すように鎮座しているのが女神像だ。
大理石で作られたその像は、神を全く信仰していない私でもソレを表現するのに“神秘的”という言葉を使ってしまいそうになる。
「ほわぁ……。」
ほら、隣にいるうちの子がほわほわしてる。これが素晴らしい建造物、ってのはあってるみたいね。
私の価値観とか判断基準ってどうしても前世に引っ張られてるし、この世界でも剣闘士としてしか生活してないから解らないことが多い。そんな時にアルちゃんみたいなこの世界で生まれて生活してきた子がいてくれるとかなり助かるのだ、本人に言ったら『私小さな村の出身ですし、知らないことの方が多いです!』とか言われるだろうが、それでもまっさらな私よりも知っていることは多いと思う。
ちなみに今はこの大広間にある長椅子の端っこの方に座って教会内を眺めているところだ。お邪魔した時にちょうど近くにいたシスターが私のことを知っていたみたいで、要件を伝えたら『ここでお待ちください。』って言って奥の方に消えていったので待機中ってわけ。私たち以外にも椅子に座って祈りをささげている人とかもいるし、まぁ今のところ大丈夫なはず。
「…………。」
シスターが消えていった教会の奥の方を見てもまだだれか来そうな雰囲気はないし、隣にいるおのぼりさんもお祈りをささげ始めてしまった。教会内で話し声とかは聞こえないから、多分ここは純粋にお祈りをささげる場所なのだろう。……私もなんか祈っとくか?
正直この世界の神に対しては『何の事前通告もなく、勝手によくわからん世界に連れてきただろお前! しかも奴隷スタートとかなに!? ふざけるな!!!』という気持ちが強い。いや関係ない可能性もあるだろうし、『加速』というスキルもあるので感謝しているところもあるのだが、スタート時が色々と酷すぎたので神への好感度はマイナスなんだよね。ビクトリアちゃんを攻略したいのならもっとプレゼントちょうだい!
まぁそんなわけで祈りじゃなくてお呪いみたいになりそうなんだけど……、とりあえず軽く目を瞑ってアルちゃんがしているように両指を交差させる祈りのポーズを真似てみる。
(神の声は……、聞こえないか。まぁそうだよね。)
純粋なこの世界の者ではない、ってことであっちから話しかけて来てくれるかと思ったがまぁそんな都合のいいことは起きないようだ。手を解き目を開けるとさっきシスターが向かっていった方から複数の足音が聞こえてくる。出てきたのは……、うん。あたまつるピカで長いお髭を蓄えたおじいちゃんだ。
「お待たせして申し訳ない、帝都大聖堂へよくおいでくださいました。では、こちらへ。」
おじいちゃんに連れられてアルと一緒に教会の内部まで足を運ぶ、外から見た通り大きい建物みたいであの大広間以外にも応接室とか色々あるみたいだ。こういう普段入っちゃいけなさそうなところに入るのってなんか緊張するよね。……まぁ私の緊張には違うのも入ってますけど。
「お二人はこちらは初めてですかな?」
「えぇ。」
「はい。」
「そうでしたか、神の家は誰も拒みませんのでいつでもおいでください。……おっと、そういえば自己紹介がまだでしたな。」
こちらに向きなおるおじいちゃん、名前はレトゥスさんというらしい。階級は司教で、この大聖堂でお金のやりくりを任されている人みたい。とりあえず物腰が柔らかそうな人で良かったかな?
「闘技場などは行ったことがないのですが、私でもビクトリア殿のお名前は聞いたことがあります。さぞかしお強いのでしょう、今日は能力の鑑定ということでしたが……、そちらの方も?」
「えぇ、彼女も。アルもよろしくお願いします。」
「かしこまりました。……こちらですね、お入りを。」
通されたのは小さめの部屋。大きめの机に、それを挟むように三人ぐらいが座れそうな椅子があるお部屋。あとは調度品が置かれている程度? まぁどこにでもありそうな応接室だ。能力の鑑定って言ってたから何か道具でも使うのかと勝手に考えていたけど、違うのかな?
レトゥス司教に促されるままその椅子に座り、対面に彼が腰かける。
「ではまず簡単な説明をさせて頂きます。」
能力の鑑定ってのはなんでも長年教会で修業した人が使える技能らしく、この目の前のおじいちゃんも使えるものらしい。魔力を消費して使う魔法とかと違い、私が使う『加速』みたいなスキルのような立ち位置のようだ。
それでまぁ鑑定、と言ってるけどよくゲームとかであるステータスみたいなのが見れるわけではないみたいでね? その人が持っている素質とかスキルとかが解る程度らしい。このおじいちゃんの場合だと『治癒魔法』『算術』『聖術』、みたいな感じ。なんでも、よくお貴族様とかが子供の将来の指針を固めるために調べに来るんだって。
「と、言いましても才がない方面で成功を収める方もたくさんいらっしゃいます。神から与えられた才ではありますが、それを活用するのも、しないのもその者の自由であると神はおっしゃっています。」
「なるほど……。」
「また後天的に増える場合もあります。私が信仰の道を歩み始めたときは『算術』のみでしたが、ここで学びを深めることで『治癒魔法』が、神に奉仕することで『聖術』が大きく示されるようになりました。ですので何度も言いますが、“参考”程度にとどめておくのがよいでしょう。」
なるほどねぇ。つまりゲーム的に考えると攻撃力とか防御力みたいなステータス欄は見れないけど、それまで習得した技術とかのスキル欄みたいなのとか、成長補正が掛かってるスキルとかが見れるってわけだねぇ。う~ん、便利。
ちなみに『治癒魔法』みたいな魔法系は教会以外でも学ぶことはできるけど。神の奇跡に近い『聖術』ってやつが使えるようになるには教会で頑張ってご奉仕してね♡ ってことらしい。……治癒魔法って私でも使えるかな? 出来たら戦略の幅増えまくるんだけど。
「では実際にやってみましょう、ビクトリア殿。右手をこちらに。」
言われた通りに手を差し出すと彼がその手を自身の手の平の上に。手の甲を上に晒すようにする。そして何か呪文、聖句だろうか? そのようなものを唱えれば、急に私の手が青く光り出した。
そして浮かび上がるのは青い魔法陣の様なもの。いくつもの円が重なり合って宙に浮くように表示される。
……やばい、いまちょっとすごく感動してる。なんか初めて異世界ファンタジーに触れちゃってる。だってこれまで血みどろの剣しか握ってなかったのになんか手から魔法陣みたいなの出てるんだよ! いやすごくない!? 確かに私の体どうなってんの、って気持ちはあるけどそれ以上に心の中の厨二病君が暴れ始めてる!
「おぉ、やはりとても良い才を持たれているようですな。では今から読み上げますので……、アル殿。字は書けますかな? よろしければこちらに書き留めて頂きたく。」
「あ、はい! させて頂きます!」
紙と筆記具を手渡される彼女、というかこのおじいちゃんアルの書くスピードに合わせてゆっくり読み上げてるあたりやっぱいい人だな? オーナーの知り合いで教会の会計を任されてるって聞いたときは『もしやあの守銭奴の同族?』って思ったけどただの好々爺じゃん。心配して損した。
んで、書いてもらったのがこちら。
『加速』
『剣術』
『体術』
『演技』
『偶像』
『丈夫』
私が持つ才の大きい順に並べたのがこれらしい。……うん、なんというか想定通り。この魔法陣みたいに浮かび上がる輪っかの大きさが才の大きさを表しているみたい。やっぱずっと使い続けてた『加速』ちゃんが一番大きいのね。
「初めて見る才ですが、この『加速』というものが非常に大きく表されています。大事になさるとよいかと。」
「えぇ、大事にします。……ちなみになのですが、私に魔法などの才はあるのでしょうか?」
「……ここの小さい円たちが見えるでしょうか。」
うん、見えるね。一番大きいおそらく『加速』の円と比べれば豆粒みたいなのが複数。というか一番小さいんじゃない? ってくらいの円。……もしかして。いや待て、このおじいちゃん才能なくても頑張れば行けるって言ってたよね! 大丈夫だよね! そんな悲しいことは言わないよね!
「申し上げにくいのですが、この小さい円が魔法などの才を表しています。修練によって習得こそ可能でしょうが……。」
「やめておいた方がいい、と。」
「老婆心ながら……、とても厳しく割に合わぬ道、とだけ。」
……バイバイ、私の異世界魔法生活。
い、いや逆に考えるのよ私。実る確率が薄い物事に時間を浪費するってことがなくなったんだ。今まで通り自分の強みを伸ばしていく、その後押しをしてもらえたのだと思えば……、いや! やっぱり私も魔法使いたいの!
ねぇ神様! 奴隷スタートにしたの許してあげるから魔法ちょうだい!
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