8:取引のお時間



「あぁそうだアル。」


「ふぁい?」



ヘンリエッタ様のところから帰ってきた後、宿舎で夕食を取っているときにアルに話しかける。


ちょうどタイミングが悪かったみたいで、口の中に色々突っ込んでる時に話しかけちゃったみたいだ。まぁ今日は一日中隅っこの方で立ってたり、ヘンリエッタ様に言われて私の膝の上に座ったり、飲んだことのない高い紅茶とかも飲んで大変だったからねぇ。帰りの馬車で『頂いた茶菓子絶対高くておいしいはずだったのに緊張のせいで味どころかどんなの食べたかすら覚えてない!』って嘆いてたもん。


“ビクトリア”を演じてる師匠からすれば、『もっかい基礎から見直してきなさい!』って感じだったけど、あれはアレで可愛かったから花丸満点だ。今日は疲れただろうしたくさん食べて寝るんやで……、っと、本題忘れるところだった。



「飲み込んでから話すね。」


「あ、ふぁい。……飲み込みました。」


「明日、オーナーのとこに行ってくるからアルちゃんはお休みね。どうする? 私について来るか、タクちゃんとこに交じって練習させてもらうか。」



オーナーには普段の業務連絡と来月の試合、その対戦相手についての相談。あと一番大事な剣神祭への出場のことを話そうと思ってる。もちろんその後の話も。なのでアルちゃんには難しい話ばっかりになるだろうし、彼女が付いてきても時間の無駄なところある。なのでそこら辺は自由にさせたいのよね。


できるならばまるっきりのフリータイムにしてあげたいんだけど、色々と暴れまわった私の関係者である彼女は、たとえ宿舎にいたとしても安全ではない。私が守れる場所にいるか、他の安全な場所に預けるか、だ。



「……ビクトリアよ、その話全く聞いてないのだが?」


「まぁ今言ったからね、タクちゃんも明日試合ないしどうせ暇でしょ。んで、どうするアルちゃん?」


「…………その、タクパルさんには申し訳ないんですが。そちらの練習に参加させて頂いてもいいですか?」



お? お? アルちゃんがちゃんと言えてる!? おぉ! お師匠様、アルちゃんの成長の瞬間に立ち会えましたよ! ちょっと『私じゃなくてタクちゃんを選ぶのね! この泥棒筋肉ダルマ!』って気持ちはあるけど、ちゃんとお願いできたのはえらいねぇ! ご褒美に晩御飯のお代わりあげちゃう……、え? いらない?



「構わん。一人増えたところで訓練に支障は出ん。だが、そこの礼儀を知らぬ師匠の様な速度を活かした戦い方は教えられんが……、それでもいいか?」


「は、はい! この前思いっきり負けちゃったので、少しでも糧にできたらと……。よろしくお願いします!」


「……あれ? 私今ディスられた?」



ま、たまには違う角度から剣を学ぶってのもいいでしょう。タクちゃんになら任せられるしね。もしよくわからん復讐者とか、闇討ちマンとか、タダの変態とかがやって来てもその有り余るマッスルで粉砕してくれるでしょ。



「ビクトリア、それで……」


「私もそっちのお弟子ちゃんたちの訓練を一日見てあげるってのと、食糧庫の方で保管してもらってる私名義の果物類を今日明日解放ってのは? 悪くないと思うけど。」


「話を遮るな、まぁそれで構わんが。」



はい、交渉成立~。


やっぱ人間たまに柑橘系の酸っぱいのとか欲しくなるよね~。この前ちょうど収穫期だったみたいで結構な数を貢いでもらったんだよね。私とアルちゃんだけじゃ消費が追いつかなさそうだし、交渉のカードとして使えるときに使っときましょう。腐って捨てちゃうってのが一番ダメだしね。


それに、彼もどちらかと言えば狙われる側だ。私みたいに多くの人の眼を集めるタイプではないからその数は少ないけど、何かと襲撃された経験はあるだろう。単なる修行を見てあげる、ってだけの取引なら私が彼の弟子に剣を教えるだけで等価交換になるんだけど、今回は護衛の意味も兼ねてるからね。その分お礼もアップってわけ。


ま、普通ならこんな弱み見せたら色々吹っ掛けるのが”普通“なのに、果物だけで引き受けてくれる彼ってほんと善人だよね。



「じゃ、お願いねタクちゃん!」



はてさて、上手くいくといいんですけど。






 ◇◆◇◆◇






とまぁそんな善人にアルちゃんを預けてやって来たのはウチのオーナーのところだ。


事前に今日お邪魔する、って連絡はしてたので顔パスで彼の屋敷の中に入っていく。ヘンリエッタ様の屋敷に比べればちっぽけだけど、仕事場を兼ねた彼の家は周りの家と比べれば大きい方。まぁ、儲けてるのよね。


そんな彼はまぁ悪人、ってほどじゃないんだけど……、良くも悪くもお金で物事を判断してる。守銭奴、ってやつだ。ビジネスパートナーとしては良いんだけど友達にも上司にもいてほしくないタイプ? まぁ“剣闘士のオーナー”で考えれば格段にマシな人ではあるんだけどさ。



「ハァイ、ご主人。元気して……、はなさそうだね。」


「ん……、ビクトリアか。今作業中だ、そこで待て。」



神経質そうな顔をしていて、何かの取引でも控えてるのかずっと書類とにらめっこしている。こいつが私の現オーナーだ。彼の執務室には結構な書類の山が出来上がってて、彼の使用人だか奴隷だか単なる部下だかはわからないが結構な人数が出入りしている。大変そ。


まぁただ待ってる、ってのも暇だし勝手に書類の山の一部を手に取り内容を見てみる。……ふむふむ、なるほど? 海運関係の書類ね。お得意様相手に大量の武器や食糧を運ぶって内容だ。結構大きな案件らしくパラパラとめくっただけで、とんでもない金額の取引になってるのが解る。船やってるとその分メンテ代とか人件費とか事故にあった時の費用とかデカいだろうけど、その分実入りが良いんですねぇ。



「……勝手に見るな。それで? 何の用だ。」


「定期連絡とちょっとした、お・ね・が・い?」


「聞こう。」



最初に定期報告、まぁ私が昨日やったみたいなお宅訪問で手に入れた情報とかをご主人と共有したり、新しい商品のアイデアとかを話したりする奴だ。あ、あとアルちゃんの修行の成果的なのもね?



「『自由権』での報告だけど特に目新しいのはナシ、しいて言うならヘンリエッタ様から例の伯爵が死んだって聞いたくらいかな?」


「北部の最前線に送られたあの方だろう? こちらでも把握している。」


「ならいいや、じゃあ次。」



彼から私の商品、サイン色紙とかそういうのね? その売れ行きを聞きながらどの商品を続けてどの商品を下げるのか、そのすり合わせをしていく。彼も彼で調べてるみたいだけど、どれがファンの心に刺さるのか、とかは私の方が詳しい。こっちじゃこんな商売私が始めるまで、ブームになるぐらい大規模なものはなかったみたいだから、私のアドバンテージが光るわけよ。


あと、こんな新製品の提案とかも。



「指輪にお前の名を彫る? 確かに技術的にはまぁ可能だろうが……。」


「そ、最初はコインとか考えたけど絶対勘違いされて捕まるでしょ? 独自貨幣の密造で。なんで指輪とかに私の名前入れて売ったりしたらいけるんじゃないかなぁ? って。細かい装飾とかを更新しながら売れば結構いけそうじゃない? あと購入者の名前も一緒に彫るとかさ? ……あ。やるなら設計に私噛ませてよ?」


「……『ビクトリア監修の指輪』、か。後日試作品を送らせる、詳細を詰めて置け。」


「りょー。」



お次は私のこととかアルちゃんの育成状況の報告、ついでに来月の試合を誰と組むかってのも詰めていく。普通は先代みたいにオーナーが勝手に決めるし、私やタクパル以外の試合だったらこの人が勝手に決めちゃうんだけどね。



「この前の挑戦試合だけど、気分悪くなるからあぁいうの数減らしてくれない? “ビクトリア”のイメージ的にも犯罪者とか魔物相手の方が演じやすいんだけど。」


「無理だな、可能性の低い賭けだとしても道があるのなら突き進む者はどこにでもいる。名前が売れている者を倒せばその者が持っていた名声をそのまま引き継げるとなれば減るわけがあるまい。」


「……私殺せば逆に批判食らいそうだけどねぇ?」


「それが解らんオーナーも多いのだろう。……まぁ要求は理解した。」



後は軽くアルちゃんのことを。彼女は普段通りとてもかわいくて、ちょっと意地悪した時の反応とかとても頬が歪んでしまうくらい愛らしくて……、え? そういうのじゃない? 実力? なんだそっち? もう、オーナーったら紛らわしいんだから!


彼女の今の力量だけど『同世代ならまだ勝てる。』ってレベルかな。剣も私のじゃなくて、自分にあったものを探そうとしてるみたいだし。このままぬくぬく成長を促してあげられればちゃんと花開くと思うよ。


演技の方だけど、まぁ何かに追い込まれない限りは大丈夫そうかな? こっちも年齢を考えればとても頑張ってる。まだ私の後を任せられるってほどではないけど、私の訪問についてくるとかして場数とお貴族様とかの対応を覚えていけばまぁいけるんじゃない? 正直な話、もし彼女が私を継ぐとしても同じようなキャラクターならウケないと思うのよ。だから彼女だけの仮面を見つけないといけない訳だから……、そこら辺考えるともうちょい、かもね。



「了解だ。指導方法はお前に任せている、何か必要な物があれば相談しろ。」


「はいよ。」



さて、いつもの定期連絡で話しておくべきことは全部やった。


こっからが本題だ。


気合入れますよー!





「それで? お願いとはなんだ。」


「私の買取の話。」





以前、私の値段は2億ほどって話をしたと思う。そしてそれが時価って言うことを。


時価ってのは厄介で、その時と場合によっていくらでも変動する。もし私がどっかの試合で腕でも持ってかれればガクンと落ちるだろうし、剣神祭とかで優勝すればまたドカンと上がるだろう。まぁ言ってしまえばこの“時価”ってのは、やろうと思えばその奴隷のオーナーが自由に変えることができるのだ。


この奴隷は私にとって非常に有益で、思い出に残る存在のため評価額をあげる、とかね?


自身が保有する奴隷を販売する時、その値段をつけるのは所有者であるオーナーだ。もちろん基本の評価額、ってのはあるだろうがそこに付けたそうと思えばいくらでも付け足せる。


普通の取引でそれをやれば嫌われること間違いなしなんだけどね。奴隷が自身を買い戻す場合ってのは、その契約が完了するまで身分の差は変わらない。つまり奴隷側がいくら声をあげようともオーナーはそれを無視して値段を跳ね上げることが可能ってことだ。自身の所有物がなんか喚いてんな、でおわり。


ほんとはオーナーの目の前にドン、っとお金おいて『じゃ、そういうことで。』みたいな感じにかっこよく決めたかったんだけど……、人生そう上手くはいかない。というわけで持てる手は全部使っちゃおうの時間だ。



「詳しい話の前にコレ、読んで?」



奴隷とその主人という身分の差のせいで発言権がもらえない? ならもっと権力を持っている人の助けを借りましょう。『虎の威を借る狐』作戦だ。



「これは……。」


「ヘンリエッタ様からご主人宛てのお手紙♡、私とアルちゃん。そして私が関わってる事業のすべてを3億ツケロで購入する、ってもの。」



私が関わってる事業のすべてってのは文字通り。さっき言ってたサインとかのグッズを販売する権利とか、握手会とか自由権のチケットとか、ヘンリ様がやろうと言ってた舞台とかの商品だけではなく、彼がその商品を売るために開拓した販売ルートや仕入れ先などを指している。3億ツケロでそれ全部ヘンリエッタにちょうだい? ってお手紙だ。



「……あの方の入れ込み方は相当と思っていたがここまでとは。」


「どう? 受け入れる?」


「はッ、選択肢などないだろうに。」



実際、選択肢なんかない。目の前のオーナーは確かに大商人だ。この帝都だけでなく多くの場所でその経済を担っているし、政治にも多少口出しできるくらいには影響力もある。だが、その影響力を得るために一番多く付き合っているのがヘンリエッタ様がいる『クライズ元老院議員』家を頂点とした派閥だ。その奥様である彼女の影響力は非常に大きい。一言声をあげれば彼が築いたものは一瞬にして消え去る。最悪尊き者への反逆罪とかで国外追放とかもあり得るかもしれない。


彼女は人が出来ているのでまぁそんなことはありえないが、他の貴族は普通にそんなことをする。彼女の目の届かないところで暴走した他の貴族がオーナーに権力で殴りかかる、ってのもあるかもしれない。



つまり、このお手紙はお願いではなく命令に限りなく近いもの。



例えそれが3億ツケロぽっちじゃ釣り合わないものだとしても、売らなくてはいけない。仕入れや販売のルートにどれだけつぎ込んでいたとしても、これから私がより多くの金を生み出すとしても、その後継であるアルも同等以上の金を生み出すとしても、売る以外の選択肢は彼に残されていない。断れば全て失うのだから。



「ま、そんなお困りのご主人様に、愛しい愛しいあなたの奴隷ちゃんから助け船を出してあげちゃいます。」



懐から出すのは、もう一枚の紙。



「契約書、ちゃんと隅々まで読むのよ?」



内容はこうだ。私とアルちゃんの値段を2億ツケロと1000万ツケロで固定し、この購入者を私。ジナだけにすること。その代わりとして私がその後市民になったとしてもオーナーはこれまで通り“ビクトリア”の商品を発売することができる。また私が“ビクトリア”として何らかの事業を起こすときは必ずオーナーがそれに参加することができる。


ま、簡単に言うと『時価やめてくれたらに今後もグッズとか好き勝手出していいよ! あと剣闘士やめても“ビクトリア”は続けるからその商品とか事業に関わってもいいよ!』って内容だ。ちなみに契約の立会人としてヘンリエッタ様の名前と彼女の家の印が記されている。つまりこの契約は彼女が保護しているものだから、簡単には破ることはできない、って寸法だ。



「……なるほど、あえて受け入れられないような要件を突き出した後に、本当に飲ませたい要求を差し出す。よくある手口だ。それで? あの方には何を求められた?」


「そんなに大きいものは要求されてないよ? 『三部作を大劇場で上演してやるわァ!』って息巻いてたぐらい。」



まぁ実はそれ以外にも色々とあるんだけど……、そこら辺はもうこの人には関係ないから言わない。昨日アルちゃんが固まってる時に、このことを彼女に言ったらすごいスピードで用意してくれたからね。これまでの恩もあるし、彼女のものにはならないけど私に返せるものなら返さなきゃ。



「そうか……。はぁぁぁぁぁ、全く。父がお前を剣闘士などにしてしまった理由が解らん。おい、今からでも商人になる気はないか? もちろん解放後でもいい。お前なら大成できるだろうよ。」



大きなため息をつきながらその契約書にサインして私に投げ出すオーナー。はい、これで道が開けた。私の勝ち! 何で負けたか明日までに考えて10万字以上のレポートを提出してください! あとヘンリエッタ様ありがとう! あなたのおかげ! もう足向けて寝れない! ヘンリ愛してるよ~!(愛してはない。)



「ご勘弁、仕返しされそうな上司の元じゃ働きたくないんでね。」


「まぁそう言うだろうと思ったが……。それで? 2億1000万ツケロはどう用意するつもりだ。」


「貯蓄はあるけど残りは剣神祭で。」


「……正気か?」



ま、そういう反応になるよね。明確なリスクを嫌ってこれまでずっと参加してこなかったお祭りだもの。というかオーナーもオーナーで『参加させる意義がない。』ってずっと言ってたし、私もその賛同者だった。けどまぁ……、アレに勝てたらちょうどいい感じにお金が用意できるんですよね。それに勝てば、その後のグッズとかの売れ行きが絶対良くなる。オーナーにとっても悪い話じゃない。



「確かにリスクはあるけど、勝てる見込みはあると思うよ。」


「…………私は反対だが、それでも出るのか?」


「もちろん。」



少し時間をくれ、と言い眼を閉じ思考を回すご主人。契約は成立したが私が金を用意するまでは奴隷と主人の関係だ、最終的な決定権は彼にある。もちろんヘンリエッタ様の影をちらつかせれば押し通すこともできるだろうが、奴隷解放後もこの人とはビジネスパートナーとして付き合っていく予定だ。あんまり遺恨の残るようなことはしたくない。



「わかった、許可する。賞金もそうだが優勝した場合のリターンは非常に大きい。……お前がいけるというのなら、いくことにしよう。」


「ほんと! いや~、悪いねぇ!」


「だが! 剣神祭に出るとなればこちらも用意しなければならないこともある、それに少しでもお前が死ぬリスクを減らすべきだ。」



……え! も、もしかしてオーナーってそこまで私のことを!? 死んじゃったら悲しくて毎日枕を濡らしちゃうってコト!? ご、ごめんなさいオーナー。私心に決めた人がいるの! だからあなたの気持ちには……、答えられないわ! ところで私、心に決めた人って誰です?



「故に、今後剣神祭までの試合は数を減らす。自己の鍛錬を行え。」


「え、無視? ビクトリア様とっても悲しい……。」


「私は剣について全くわからないのでな、違う方向から支援することにしよう。」



私の渾身のボケを完全に無視しながら何かしらの書類を机から取り出すオーナー、そこにサラサラっと文字を書いた後に封をして私に投げ渡してくる。コレは?



「教会への紹介状と援助についての書類だ。おつかいついでに、自身の能力について改めて教えてもらってくるといい。」


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