第17話 冒険者④

「支部長、大変です!」


 ギルド2階にある"支部長"のプレートが掲げられた個室。ケントはノックも忘れ、そこへ飛び込んだ。冒険者志望の少女達には1階でしばらく待つように指示したが、下手に怒らせると取り返しの付かない惨事を招く可能性もある。気が気でない。


「騒々しいな。何事だ」


 部屋の奥では、初老の人間族男性が書類に目を通していた。頭髪は白が混じって灰色になっているものの、綺麗に整えられており、黒を基調とした執務服にも清潔感が感じられる。落ち着いた物腰の彼は、慌てふためくケントにも動じることなく、目線で次の報告を促した。


「さっき冒険者を志望する2人組の能力検査を行ったところ、レベル測定器チェッカーが上限超過を表示したんです! こんな事、前代未聞で……ッ!」


「……測定器の故障ではないのだな?」


「先月に校正検査済みのものを使いましたから、故障なんてありえません!」


「そうか。ではその2名をここへ呼べ。私が直接対応しよう」


「支部長がですか!? し、しかしレベル100を超えるような者達ですよ!」


 ケントは驚いて目を見開く。支部長が直々に冒険者と相対する事は滅多にないからだ。しかも、相手は創世の神話で登場する巨獣に匹敵しかねない力の持ち主である。トルンデイン支部、いや冒険者ギルド創設以来の大事件と言って良いだろう。


――シュッ!――


 不意にケントは背を波を感じた。書類が飛ばないように窓は締め切ってあるので、風の類ではない。恐る恐る彼が後方を振り返ると、そこにはココノアとメルの姿があった。修得者が片手で数えられる程しか居ないと言われる転移魔法を目の当たりにして、ケントは思わず立ち竦む。


「下まで声が筒抜けだっての。呼ばれてたっぽいから来てあげたわよ」


「突然すみません。ココノアちゃん、せっかちなもので」


「はは……話が早くて助かるよ……」


 引き攣った笑顔を作り、丁重に2人を支部長室へ招き入れるケント。化け物じみた存在の機嫌を損ねては、街の存亡に関わる。緊張感で胃が引っくり返りそうだった。

 片や、彼の上司である老紳士は堂々と構える。相手を見定めるような険しい目付きを少女達に向けて、ゆっくりと口を開いた。


「その齢で転移魔法を自在に使いこなせる程の才……実に末恐ろしいな。君達がこのトルンデイン支部を訪れてくれた事、深く感謝する。私はここの責任者で、名をエルマルクという。宜しく頼む」


「責任者って事は一番えらい人ってことよね? うちら、冒険者になりたいの。保護者がいない分、自分達で生活費を稼がないといけないから」


「ふむ……名誉や地位のためでなく、生きるための糧を冒険者稼業に求めるか。そういう者もここでは珍しくないが……」


 随分と俗な話をするものだと、エルマルクは白髭で覆われた口元を柔らげる。この国で転移魔法を使えるのは国王も一目を置く最高位魔術師セロ=トレンティアくらいなものだ。それに匹敵、もしくは超えるであろう才能を持つ者が冒険者になって生活費を稼ぎたいと言うのだから、かの魔術師の実力を知るエルマルクにとっては可笑しい限りであった。


「目的が何であれ、力のある冒険者は大歓迎だ。ここしばらくは近隣の魔物が増加傾向にあるため、今の冒険者でどこまで対応できるのか懸念していた。だが君達のように有望な者達が手を貸してくれるのなら、この街も安泰だろう。ケント、冒険者登録の手続きを進めて構わん。私が全責任を取る」


「いいんですね、支部長……?」


 ケントの問い掛けに対し、エルマルクは頷いて許可を出す。最高権限を持つ支部長の承認があれば、年齢やレベルの問題などを一切無視する事が可能だ。しかしココノアとメルを正式に冒険者として登録するにあたり、決めておかなければならない事項があった。


「レベルの測定ができなかったので、登録証に何と記載すればいいのか……」


「登録証には測定結果を偽り無く記載するのがギルドのルールだ。具体的な数値がわからない以上、そう書くしかあるまい」


「……はい、分かりました。それでは"規格外レベルオーバー"と記載しておきます」


 通常、冒険者登録証には測定されたレベルが記載される。ギルド職員が冒険者に依頼を任せる際、登録証のレベル値を見て適正難易度かどうかを判断するためだ。なおレベル50以上になると受注可能な依頼の上限が無くなるだけでなく、支部間で運行される専属の馬車や、ギルドと提携している宿を無料で使える等、待遇が格段に良くなる。様々な驚異に対抗し得る優秀な冒険者には、そこまでするほどの価値があった。


(素性の知れぬ子供達だが、悪意がないことは瞳を見れば分かる。いずれ、世界に降り掛かる厄災を打ち砕く救世主となってくれるやもしれぬな)


 長きに渡り冒険者ギルドの運営に尽力してきたエルマルクは、他人の瞳を見ただけでその心根を推し量ることができる能力を有する。そのためココノアとメルが善なる心の持ち主である事は、会った時点で理解できていた。

 だが実際に冒険者として活躍できるかどうかは別だ。単純な能力の高さよりも、経験が物を言う事も多い。まだまだ幼い少女達が冒険者として通用するのか気になった彼は、手元にあった書類へ視線を落とした。そこに書かれていたのは、トルンデイン一帯を治める領主からギルドへ託された緊急の依頼事項である。


「ケント、お前に特別な仕事を与える。新たに加わった冒険者と協力し、この依頼を解決してみせろ」


「依頼……?」


 エルマルクから手渡された赤い依頼書に目を通した瞬間、ケントは言葉を失った。要求レベル50~60相当、上級を遥かに超える難易度だったからだ。トルンデイン支部に所属するベテラン冒険者の多くがレベル30台付近である事を考慮すると、到底無謀な話だろう。他の支部に応援を頼んで高レベルの冒険者を数百人単位で揃えるか、もしくは本部から筆頭冒険者のパーティーを派遣して貰う他ない。ただしどちらも相当な時間を要する。とても現実的な案ではなかった。


「無茶ですよ、こんなもの! 今から他の支部に応援を頼んでも、数週間は掛かります! 緊急の対応が必要な案件なら、素直に王国軍を呼ぶべきでしょう!?」


「お前の言いたい事は分かる。だが、これは冒険者ギルドで対応せねばなるまい。帝国との国境が近いこの街に王国軍が派遣された場合、どんな問題を引き起こすのか……それくらいはお前でも想像が付くはずだ」


「それは……!」


 エンマルクの助言を受け、ケントは事の重大性に気付く。デクシア帝国との国境線が近いトルンデインに王国軍が集結しようものなら、地政学上の大きなリスクになってもおかしくない。故に、領主は相互不可侵条約に抵触しない冒険者を問題解決の手段に選んだのだ。

 ケントは大きく深呼吸すると、メル達の方へ視線を向けた。初めて任された特級依頼――その責任の重さに足が震えそうになるのを堪えつつ、ギルド職員としての責務を果たす。


「別の部屋で詳しく話したい。メルとココノアは僕に付いてきてくれ!」


「結構ややこしそうな案件だけど、まさか遠出するタイプのクエストじゃないでしょうね? うちらは宿も探さないといけないんだから、そういうのは明日以降にしてよ」


「まあまあココノアちゃん、何だか急ぎのお仕事みたいですし、まずはお話を聞いてみましょう」


 メルになだめられ、仕方ないわねと溜息を付くココノア。そんな2人の承諾を得たケントは、1階の受付横にある個室へと向かった。



§



 仕事の打ち合わせは、建屋1階にある別室で行われる事が多い。秘匿しなければならない情報が漏れるのを防ぐためだ。ケントは連れてきたメルとココノアを椅子に着席させた。


「念のため、会話の声は小さめでお願いするよ。依頼内容によっては街に大きな混乱を生じることもあるからね。あと依頼主に関する情報は他人に漏らさないこと。冒険者になったからには、守秘義務を遵守じゅんしゅして欲しい」


 厳しい口調でケントがココノアとメルに釘を刺す。報酬の一部を手数料という形で受け取り、運営費に当てている冒険者ギルドにとって依頼主は大事な顧客だった。その保護を優先するのは当然と言える。また、報酬に関する話題は冒険者同士の関係に歪みを生じる恐れがあるので、他人の目が届かない場所で打ち合わせをするのが慣例だ。


「ふむふむ、公的な機関だけあってコンプライアンスはしっかりしてそうですね」


「こんぷらいあんす……って、なにそれ?」


「えっとですね、法令に従って活動しましょう、というのが元々の意味ですけど、最近だと社会的なルールや常識も守らないといけませんよ、っていう感じで使われてる単語です!」


 不思議そうな表情を浮かべるココノアにメルが説明した。コンプライアンスのはケントにも通じており、幼い少女から倫理をわきまえた台詞が出てきた事に面食らったような反応を見せる。


「見た目の割に随分と大人びてるね、君達……まあ、僕としては話がしやすくて助かるよ。さて、早速だけど依頼の内容を聞いてほしい」


 そう言ってケントが赤い書類を差し出した。直ぐにでも対処が必要とされる緊急依頼は、依頼書自体も特別な色で発行される。依頼件名は『北方平原に出没する食屍鬼の討伐』――トルンデイン近辺の魔物討伐に関する任務だった。


「昨晩から街の北側にある平原で、食屍鬼グールと呼ばれる魔物が大量に出没している。これはそれを全て駆逐して欲しいという依頼なんだ。魔物自体は数週間前から目撃されてたみたいだけど、今回の群れはかなり大規模みたいだね。このままじゃ北方面との物流に支障がでるだけじゃなくて、街に魔物が入り込む恐れもある」


 ケントが説明した魔物の姿や特徴は、依頼書でも詳細に描かれている。体の一部が腐り落ちた人型の魔物、それが食屍鬼だ。日本ではゾンビという名称で呼ばれる事が多く、メルとココノアも心当たりがあった。


「ふぅん、見た感じは不死系の魔物ね。これなら魔法で一掃できるんじゃない」


「君達は不死の魔物を甘くみてないか? 魔法で頭を砕いても、それが食屍鬼グールの怖いところなんだよ。完全に倒すには、それこそ微塵切りにするか跡形もなく消し飛ばすしか無い。そして最も厄介なのが、"不死の呪い"が伝播でんぱする点だ」


するって、どういう事なんでしょうか?」


 猫耳を揺らして質問するメルに対し、ケントは別の書類――食屍鬼とトルンデインの衛兵が戦った今朝の記録を見せる。約200体の魔物に対して倍以上の衛兵で挑んだものの、結果はトルンデイン側の惨敗で終わったと、そこには記されていた。さらに戦場で命を落とした者が食屍鬼に成り果てた事により、魔物の勢力を増強する結果となったようだ。


食屍鬼グールは他の魔物同様に、生者が持つ魔力を求めて襲ってくる。しかも喰い殺された者は呪いを受けて、同じ不死者になってしまうんだ。だから1回で殲滅できないと戦況が長引き、どうしても不利になる。本来なら王国軍が対処してもおかしくない状況なんだけど……君達ならどうにかできるかな?」


「全然問題ないわね。うちの範囲魔法ならまとめて消滅させられるし。ただ、地形も変わっちゃうと思うけど、それでもいい?」


「地形を変えるだって!? いや、レベル測定器チェッカーが壊れる程の実力なら可能なのか……? でも注意して欲しい、北平原には重要な街道があるんだ。それを破壊してしまった場合、報酬が減額されると思ってくれ」


「減額は困るわね。そもそも報酬ってどのくらいなの」


「元々の額は金貨10枚だよ。でも街道を破壊してしまった場合、復旧費用として半分以上が差し引かれるんじゃないかな」


「完璧に仕事をすれば金貨10枚……なかなか羽振りが良いじゃない。できればそのまま欲しいところだけど」


 ココノアは腕を組み、渋い顔で唸る。金貨は銀貨10枚に相当する最上位の貨幣だ。トルンデインにおける高級宿1泊の相場が、大体銀貨1枚程度であるため、金貨が10枚もあれば概ね100日は不自由のない暮らしができる。

 また、食料品や薬の売買で日常的に使われる銅貨は、100枚で銀貨1枚と釣り合う。安い宿に泊まって自炊する等の節制をすれば、半年近く暮らせるかもしれない。つまり、金貨10枚は冒険者にとって破格の報酬なのだ。どうにか依頼を満額で達成したいと考えた少女達は、作戦を練り始める。


「その街道とやらがそんなに大事なら、ゾンビを無関係の場所へ誘導するのも手ね。一発殴ってを取ったら付いてくるでしょ」


「あ、それはいいアイデアですね! まとめ狩りはNeCOでもよくやってましたし!」


 ココノアの提案は理に適っていた。だが、致命的な問題点が1つある。ケントは首を横に振りながら、僻地へ誘導する案が採用できない理由を説明した。


「それは失敗すると思うよ。食屍鬼グールは生命の気配に敏感なんだ。人通りが多い街道近隣から離れようとしないはずさ」


「人払いのために道を通行止めにしたりは……?」


「正直、難しいと思う。トルンデインの北にあるリギセン地方はトルンデイン領の一部で、荷馬車が絶えず往復してるからね。昔は魔道具の材料になる鉱石や木材の輸送が主だったけど、最近だと果物とか穀物、野菜なんかの農作物の取引が急拡大してるみたいだ。だから完全に封鎖すると、人々の生活に大きな影響を与えてしまう」


「制約が多いわね、この仕事……NeCOのクエストみたいにサクっと処理できる程、現実は甘くないか」


 やれやれと肩を竦めるココノア。そんな少女を横目に、ケントはリギセン地方に関する噂を振り返った。

 エリクシル王国では西方にある温暖な穀倉地帯が食料生産の大部分を担う。だがこの1ヶ月の間で、それに匹敵する収穫量が得られるようになった地域があった。それが北方のリギセンである。農作に向いていない荒涼な山岳地帯であるにも関わらず、農業が急発展したのには何か秘密があるのでは……そんな冒険者の会話をつい最近、耳にしたのだ。


(唐突な食屍鬼の襲来、それにリギセンの大きな変化……これらは関係しているのか? 近いうちに冒険者を派遣して調査すべきかもしれないな。この件が終わったら支部長に提案してみよう)


 彼が難しい表情で思いを巡らせている間にも、少女達は次の作戦を考え出していた。メルは自信に満ちた瞳をケントへ向ける。


「不死の魔物ってことは、アンデッド属性があるはず! もしそうなら街道を一切傷つけずに、やっつけられるかもしれません!」


「いやいや、君は獣人族だろ? どれほど力に優れていたとしても、物理攻撃の効き目が薄い不死者相手じゃ分が悪い。大人しく魔法が使えるココノアに任せるべきだと思うけどなぁ……」


「大丈夫よ、メルは魔法も使えるの。うちみたいに魔力は高くないけど、アンデッド相手なら無双できるんだから」


「はいっ! まずはNeCOアッチと同じ仕様であることを確認しないといけませんけど、試してみる価値はあると思います!」


 意味が分からないまま首を捻るギルド職員をよそに、盛り上がる2人の幼女。周囲に影響を及ぼさず、魔物だけを倒せるような魔法が存在するという話はケントも聞いたことがなかった。普段であれば、こんな半信半疑の状況で冒険者に依頼を任せようとは思わなかっただろう。

 だが、相手はギルド史上初となる"規格外"の冒険者達だ。その潜在能力は未知数である。それに現在のトルンデイン支部が抱える冒険者で対応不可である以上、メルとココノアに賭けるしかない。覚悟を決めたケントは赤い依頼書に自らの署名を書き込み、手渡したのだった。

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