第16話 冒険者③

――冒険者ギルド、トルンデイン支部内――


「……はぁ、今日も僕の所だけ閑古鳥が鳴いてるよ」


 ギルドの男性職員、ケント=レーンヴィストはつまらなさそうに欠伸あくびを噛み殺した。冒険者への仕事を斡旋する1階の受付カウンターは3列あるが、彼が担当する入口から最も近い机には誰も寄り付かない。積み重なった依頼書の山と睨み合いするだけで、ケントの1日は過ぎていく。

 何故彼の担当席には冒険者が訪れないのか――その理由は、取り扱う任務の種類が原因だ。難易度最低の初級依頼、つまり駆け出しの新人向けに用意された仕事ばかりであり、草むしりの手伝いやペット探しといった"おつかい"のような内容が殆どを占める。命の危険こそないが、報酬も少ないので誰もやりたがらなかった。

 片や、隣の受付では長蛇の列が出来ており、同僚の職員がせわしなく対応する姿が見える。あちらは働き甲斐がありそうだと、ケントは横目でうらやんだ。


(いいよなぁ、花形は。こっちと大違いだ)


 他のカウンターで発行される依頼は、中級や上級クラスの内容が主となる。そのため堅実な稼ぎを求めるパーティーや、危険を承知で一攫千金を夢見る若い冒険者が引っ切り無しに訪れていた。

 それに比べてこちらは……とケントは再び自身の机に視線を戻す。捌かなければならない依頼書は、先週に比べて減るどころか増える一方だ。どれも当事者にとっては深刻な悩みなのだが、需要と供給のミスマッチだけはどうしようもない。ハズレ扱いの担当業務を課せられた不満を心の中で吐き出した。


(配属されてからそれなりに経験を積んだのに、どうして新人向けの仕事ばっかりさせられるんだ……僕は支部長に嫌われてるのか?)


 トルンデイン支部を取り仕切る老紳士の顔を思い浮かべるケント。上司は厳格な人物であり、彼が20歳に受付職員として採用されてから5年、手緩てぬるい態度を見せた事は一度もない。

 つい先日も、長い茶髪を後頭部で結い上げたヘアスタイルについて注意されたばかりだった。公的な組織に所属する者に相応しくないと言われたが、ケント自身はまだ納得していないため、今日も同じ髪型を貫いている。


「結局この時間まで誰も来なかったし、しばらく留守にしても大丈夫だな。早めの昼にしよう」


 壁に掛けられた時計を見て、ケントは机に『受付停止中』と書かれた札を置こうとした。しかしその直前、カウンターの向こう側から2つの小さな頭が自分を見上げている事に気付く。

 どうやら本日初めての訪問者がやってきたようだ。いつもなら依頼を処理できるチャンスだと諸手を挙げて喜ぶところだが、相手はカウンターから首がギリギリ出るくらいに背が小さい。子供と思しき獣人族とエルフ族の2人組――そんな珍客を見下ろしながら、ケントは溜息混じりに首を振った。


「何の用だい? ここは子供が来るような場所じゃないよ」


「うちら冒険者の登録をしたいんだけど、受付ってここで合ってる?」


「……冒険者になりたいだって!?」


 想定外の言葉にケントは目を丸くする。冒険者稼業に年齢制限は設けられていないが、そもそも依頼を受けるに足る実力がないと登録できない。従って、肉体が十分に成熟してから冒険者を志願するのがセオリーだ。勿論、長命の亜人種であっても同様である。

 冒険者の志願を受け付けるのも初級依頼担当者の範疇だったものの、すっかり冗談かイタズラの類だと思い込み、辛辣な態度を取った。


「悪いけど僕も暇じゃなくてね。ごっこ遊びなら他でやってくれ」


「遊びじゃないっての! 見た目で判断しないでよ」


「そうです! 私はともかく、ココノアちゃんはスゴイんですから!」


「見た目で判断するなって言われてもな……君達、まだ小さな子供じゃないか。冒険者に憧れる気持ちは分かるけど、あと10年は早いよ」


 きつい叱り方をして泣かせてしまっても面倒なので、ケントは出来る限り優しい口調で諭す。カウンターから頭を覗かせる2人の幼子――亜麻色の髪を持つエルフ少女と、桃色に染まった猫耳の獣人少女は、双方ともに10歳前後の見た目だったからだ。

 ただ、公的機関である冒険者ギルドでは、あらゆる者に対して冒険者になる権利を認めている。"種族や性別、年齢を理由に志願を断ってはいけない"という規定があるため、追い返すのにも理由が必要だった。


(そういえば草むしり依頼があった角地の空き地、すっかり草で覆われてるし、流石にそろそろ処理しないとまずいよな。この子達にやらせてみるのもありか……?)


 ケントは手元の依頼書へ視線を落とした。レベル20未満に該当する駆け出し冒険者向けの仕事なら、正式な登録を済ませていないでも受注できる制度が存在する。これは冒険者になりたいと申し出た者の力量を測るため仕組みでもあり、登録業務を担う担当者の判断で適用可能だ。


(この子達だと半分もできずに諦めるだろうけど、子供に社会の厳しさを教えてあげるのも大人の仕事だからね)


 ケントは見習い用の申請用紙を棚から取り出して受付机へ置いた。所定の様式に名前と出身地を書くだけで仮登録が完了する。文字の教育を受けているか怪しい年齢ではあったが、2人共にすらすらと必要事項を書き終えた。記入済み用紙を回収し、内容を確認する。


「出身地は王国南部地方で、名前がココノアとメルか……うん、分かったよ。まずは君達を見習い冒険者として試させてもらう。まあ試練と言っても危ない内容じゃないから、安心して挑戦してくれ」


「へぇ、見習いから始まるのね。それっぽいじゃない」


「なんだかワクワクしてきました♪」


 揶揄からかわれているとも知らず、少女達は随分と乗り気だ。ごっこ遊びに付き合ってるような気分になりつつも、ケントは依頼内容の説明を始めた。やることは至って簡単で、空き地に自生した野草を引き抜いて処分するだけの仕事である。ただし対象となる敷地がかなり広大なので、大人が3人掛かりで1日掛けても終わるか怪しい。草引き自体は子供でも出来るとはいえ、指定場所を見ただけで諦めてもおかしくなかった。

 だがココノアとメルは眉一つ動かさない。それどころか、他の依頼書に興味を示し始める。


「楽勝よ、こんなの。10分もありゃ終わるだろうし、他の仕事も出してくれない? うちらが単なる子供じゃないってところみせてあげるから」


「……へえ、随分と自信があるようだね。分かった、他の仕事もまとめて出してあげよう」


 生意気な台詞にカチンときたケントは、20枚を超える残りの依頼書を全て提示した。いなくなったペットを探してくれ、腰痛が酷いので掃除を代行して貰いたい、屋根に乗ってしまった洗濯物を回収して欲しい……どれもこれもつまらない仕事だが、手間はそれなりにかかる。しかし子供の駄賃程度の対価しか貰えないので、当然のごとく請け負う者などいなかった。

 見習い冒険者の力量を見るためにいくつかの初級任務をさせる事はあるが、多くても3つが上限だ。それを年端もいかない少女に押し付けるというのは、もはや嫌がらせ以外の何物でもない。これなら冒険者登録を断念して大人しく家へ帰るだろうという思惑のもと、彼はさらに厳しい条件を付け足す。


「ただし大口を叩いたからには、どれか1つでも失敗したら成人するまで冒険者登録は禁止だ。この約束を守る事ができるなら、試練に挑戦してもいいよ」


 ケントはそう言ってニヤリと唇を吊り上げた。いたいけな子供を脅かしたいわけではないが、時間の無駄としか思えない登録審査を何度もやるくらいなら、最初にきっぱり諦めさせた方が良い――そんな判断でもあった。

 だが少女達は臆さず依頼書の束へ手を伸ばす。その瞳には微塵の迷いもなかった。逆に戸惑ったのはケントの方である。


「わぁ! クエストが一気に増えましたね! なんだかNeCOを思い出しちゃいます!」


「ま、効率的にやれば数時間で終わるでしょ。手分けしてやるわよ!」


 メルとココノアは依頼書を半々で分かち、受付カウンターに背を向けた。本当に依頼を全てやりきるつもりらしい。ケントは慌てて2人を呼び止める。


「ま、待ってくれ! 本当に全部やるつもりなのか!?」


「はいっ、勿論です! 私達はこういうのに慣れてるので、安心して任せてくださいな♪ それに困ってる人がいるなら、なんとかして助けてあげたいじゃないですか!」


 メルは八重歯を見せて微笑むと、意気揚々と出て行ってしまった。初級依頼用の受付カウンターは再び閑散とする。


(困っている人を、助けてあげたい……か)


 机へ視線を落とすケント。久しく忘れていた想いが胸の奥から蘇ったのだ。彼がこの仕事に携わりたいと思ったのも、元はと言えばメルと同じ気持ちに突き動かされた事に起因する。しかし、いつからか自分の実績や評価ばかりを気にするようになり、冒険者ギルドの理念を見失ってしまった。天真爛漫な猫耳少女との出会いは、若きギルド職員の心に小さな波紋を呼んだ。



§



 依頼書の山が消えてから約2時間後、メルとココノアが再びギルドに姿を現した。先程に比べて衣服が少し汚れているが、怪我などは見られない。ケントは2人の様子を見て安堵しつつ、あらかじめ用意していた茶菓子を取り出した。果敢に試練へ挑んだ見習い達の頑張りを、彼なりにねぎらおうとしたのだ。


「やあ、お疲れ様。依頼の状況を報告しに来てくれたんだろう?」


「全部終わらせてきたわよ。はいこれ、依頼者から貰ってきた書類ね。これを提出すればいいんでしょ」


「……えっ!?」


 思わずケントは唖然とした。カウンターに出された書類の全てに、目的達成をしらせる依頼者のサインがあったからだ。依頼に対する評価も、4段階ある指標――優、良、可、不可のうち最高を示す"優"の字が並ぶ。感謝の気持ちを示す手紙が添えられているものさえあった。


「ちょ、ちょっと書類を見せてもらってもいいかな!? このお茶とお菓子は好きにしてくれていいから!」


 熱いお茶とクッキーを少女達に手渡すなり、ケントは依頼書に目を通していく。渡していたのは初級クラスの任務ばかりだが、数が多いのでベテラン冒険者のパーティーが集まっても1日で終えるのは不可能だ。だが少女達は短時間で全て処理した。

 さらに注目すべきはその成果である。辛口で悪名高い依頼者ですら最高評価を付けており、完璧かそれ以上の出来であったことが伝わってきた。支部長に判断を仰ぐまでもなく、即刻正式な冒険者として登録を行って差し支えない結果と言える。


「君達、一体どうやって任務を達成したのか教えてくれないか!」


「どうやってって……別に、普通に言われた事をして来ただけよ。草むしりはメルが地面ごと引っ繰り返してすぐ終わらせたし、ペット探しや洗濯物の回収なんかは転移魔法があれば何とでもなるもの」


「地面をひっくり返した……!? しかも転移魔法が使える……!?」


 にわかには信じ難い言葉のオンパレードに、ケントは目眩めまいを覚えた。大地を容易たやすく掘り起こせる程の怪力をメルが持っている事は勿論、ココノアが転移魔法を使いこなす優れた魔法使いであった事も驚きである。もしそれらが本当なのであれば、現在トルンデイン支部に登録されているどの冒険者よりも頼もしい逸材となるはずだ。


「……よし、分かった。とりあえず君達の冒険者登録は認めよう。ただ、手続きを進める前にを測定しないといけない。少し待っててくれないか」


 ケントは少女達を冒険者として認定するための手続きを進めることにした。すぐ近くに置かれていた重厚な木箱から、金属製の薄い板を2枚取り出す。


「これはレベル測定器チェッカーという名の魔道具でね。丸い枠が描かれた部分へ手を当てると、魔力の量や肉体の強度を読み取ってくれるんだ。これで君達のレベルが可視化される……って、まだレベルの説明をしてなかったか。本人の総合的な能力を数値的に表したものだと考えてくれて構わない」


 彼が補足した通り、レベルチェッカーは冒険者の能力検査に使用される魔道具の一種だ。薄い紫を帯びたプレートに描かれた青色の丸模様へ手を当てると、本人の能力に応じた数字が浮かび上がる。

 ケントによって2枚の平板が受付カウンターに置かれ、レベル測定の準備は整った。早速ココノアが手を触れようとしたが、何か思う所があったらしく、途中で手を止める。


「……念のために聞いておくけど、これって測定できるレベルの上限値はあるの?」


「上限……? そんな質問を受けたのは初めてだよ。理論上は100まで測定できるけど、そんな数値を出せるのは神話で語られる存在くらいじゃないかな。ちょうどいい機会だから、他の冒険者を例に説明してあげよう」


 ケントは建屋の中をぐるりと見渡した後、窓側のベンチに腰掛ける精悍な男性冒険者を指差した。厚みのある金属鎧で全身が覆われており、いかにも歴戦の戦士というオーラが漂う。


「彼は支部を代表する現役冒険者の1人、ヴィルタン氏さ。もう30年近くトルンデインを拠点してる古豪で、この近辺における魔物討伐実績が最も豊富な冒険者として名を馳せてる。現時点でのレベルは35、この支部では最強格だよ。次はあちらの女性を紹介しておこう」


 続けてケントは壁の貼り紙を眺めていた獣人女性を指し示した。狼のような赤毛の耳を生やした彼女の背には、大きな弓と矢筒が携えられている。射撃を得意とする冒険者であることは一目瞭然だ。そしてそれらを使いこなすために鍛えられた肉体……とりわけ左右の上腕は大きなコブで膨れ上がっており、女性らしからぬ屈強な容貌を誇る。


「あちらは弓の名手、アンネッラさん。レベルは28だけど、獣人族の発達した筋力から繰り出される一撃は大木ですら穿つ威力だ。腕っぷしで彼女に勝てる男は片手で数えるほどしかないだろうね」


「ふーん、ベテランでもレベルは30台なんだ? ちなみに今までで一番レベルが高かった冒険者について教えてよ」


「過去確認された最高値の記録保持者は60だったはずだ。大昔の筆頭冒険者……確か、ダークエルフ族の女剣士だったんじゃないかな。ある時期を境に姿を消してしまってから、行方不明なんだけどさ」


「ダークエルフ族の剣士さん、ですか……ふむふむ」


 心当たりでもあるような素振りを見せるメルに、ケントは頭を傾げた。ダークエルフの冒険者が活躍していたのは、何十年以上も前の話である。ただしそれ以降、歴史の表舞台に登場した事実はないため、既に死亡したものとして扱われていた。そんな冒険者を幼い子供が知っているはずもない。彼は一旦会話を切り上げて、2人にレベル測定器の使用を促した。


「それじゃ、君達のレベルを測定してみようか。もし結果が10未満となった場合は測定不可って表示が出る仕組みになってる。その場合は見習いのままっていう扱いになるけど、初級依頼を達成できた君達なら大丈夫だろう」


「レベルについては大体わかったけど、もし上限値を超えても測定不可って表示が出る仕様になってたら怒るわよ」


「ははは、上限値を超えるなんてあり得ないさ。もしそんな記録が出たら大騒ぎになるどころか、ギルド史に残る伝説になってしまうね!」


 突拍子もない意見を耳にして、腹を抱えて笑うケント。大前提として、人類種がレベル100を超える事は不可能とされる。どんなに過酷な鍛錬を積んだところで、体内に保有できる魔力量や、肉体のスペックには限界があるからだ。もし測定上限を超える者がいるとすれば、それはもはや人を辞めたバケモノと言っても過言ではない。

 

(さて、これで本当の実力が明らかになるかな。任務の成果を見る限りレベル20以上は硬いだろうけど、身体の方はまだまだ発展途上だ。今の段階で40を超えるなんて事は流石に――)


 そんな思惑は、2人の少女がプレートに手を触れた瞬間にあっさりと崩された。中央を真っ二つに割る大きなヒビが走った上、『上限超過』という文字が浮かび上がったのである。ケントは我が目を疑った。


「う、嘘だろ……!?」


 瞼を擦って何度確認しても、表示された文字は変わらない。レベル測定器は冒険者ギルド本部で厳しい校正試験を受けてから各支部へ配備される魔道具なので、万が一にも故障する事はないとされる。だとすれば、導かれる結論は1つだけだ。


(もしこの2人が暴れたりでもしたら、トルンデインなんて軽く吹き飛ぶぞ……!!)


 可愛らしい見た目のを前にして、ケントはゴクリと息を呑む事しかできなかった。

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