第46話 神器まで出すのかよ!? それなら俺も使っちゃる

 砂埃と光粒子ルークアロンで大地は覆われていた。


 フォグブルーの攻撃が止み、辺りは打って変わって静寂に包まれている。


 しかし俺の意識は途切れていなかった。

 殴られる際、咄嗟に集中させた黒子力ダルクがダメージを軽減させたのだろう。

 後は、魔人化によって自動に展開された防御フィールドのお陰ってところか?


 俺は倒れ伏したまま、自分の状態を確認していた。

 体のあちこちが黒ずみ塵のようになっているが、超再生は既に始まっている。

 その再生速度は神人の時のそれとは比べるべくもない。

 痛みはあるが何とか動けそうだ。


 風に乗ってセピアの悲痛な叫び声が聞こえてくる。

 まったく……気丈に見えて、結構脆い部分があんのな。

 

 さて、いつまでも寝てはいられないな。

 熾天使セラフの強さは本物だ。

 それは今の攻撃で理解した。

 そこらの天使とは比較にならんってぇこともな。

 つっても俺もそこらの魔人じゃないみたいだぜ?


「よっこらしょっと」


 ゆっくりと立ち上がると、一陣の風が戦場を吹き抜けていく。

 光粒子ルークアロンが周囲にほわほわと浮かんでいるものの、土煙は風で流れゆき視界を晴らした。


 そして俺は空を見上げる。

 光に祝福されて浮かぶフォグブルーの姿は、思わず見入ってしまうほどまでに美しく神々しい。


「想定以上にタフなようだね。ちょっと驚いたよ」


 向こうからも俺の姿が確認できたのだろう。

 表情は見えないが、どうせいつもの笑みを浮かべているに違いない。


 さてどう攻めようか。

 俺がそんなことを考えていると、フォグブルーはゆっくりと大地に降り立った。

 神術しんじゅつでも使ってくるかと思っていたので少々面喰う俺。


「魔人に成り立てとは言え、その力……まったく大したものだ。本当に惜しいよ」

「あーそう言うのはいい。殺してやるからかかって来い」

「フッ……その意気や良し。それでは敬意を込めて全力でお相手しようか」


 空気が震えた。

 目の前の男の霊的エネルギーが膨れ上がる。


 やっぱまだまだ力を隠しているよな。

 俺は崩壊してしまった黒刀をもう1度新たに創り出し、黒子力ダルクを籠める。


【神器招来】


 神聖な響きの籠った言葉と共にフォグブルーが一際大きく発光した。

 胸の辺りが歪曲し白い穴ホワイトホールのようなが空間が発生していく。

 そこから細長い何かが姿を現しつつあった。


 あれは槍か?


 そしてそれが全貌を現した。

 フォグブルーはそれを右手に掴むと、器用にもくるくると回して操った後、腰を落として両手で構えた。


 洗練された動きに加え、槍を構えるその姿は凛としたものだ。

 どこか風格さえ漂っている。

 中々様になっている辺り、流石は美形、熾天使セラフ様ってところだな。


 フォグブルーは左足を前に踏み出し大音声だいおんじょうを発する。


「我が神槍グングニルの一撃は無敵なりッ! かかってきませいッ!」


 神槍だと!? 

 と言うことはあれは神器セイクリッド・アームズなのか?


 黒刀を持つ手が強くなる。

 果たしてこの武器で対抗できるのか?

 過る不安を払いのけ、漆黒に染まった精神に喝を入れる。


 黒子力ダルクを練り上げて黒刀、更に体中にまとっていく。

 銀河を覆い尽くすとまで言わしめた俺の力を全てぶつけるッ!


 俺はのがしたセルリアンの方にチラリと目を向けた。

 どうやらスカーレットと対峙しているようだが、双方が手負い。

 戦いは伯仲するだろう。

 勝敗はどちらに転んでもおかしくはない。


 今、俺に出来ることはただ1つ。

 速やかにフォグブルーを倒す!


 地を蹴って一直線に待ち受けるフォグブルーへと突撃する。

 待ち構えていた天使の統率者、至高の天使、フォグブルーとの交戦が始まった。


 相手は槍とは言え、こちらも黒子力ダルクをたっぷりと吸い上げた長刀である。

 リーチの差はそれほどでもないはずだ。


 何度も何度も刀と神槍グングニルの撃ち合いが続く。

 これはもう武器と武器との殴り合いと言った方がいいかも知れない。

 神槍グングニルの連続刺突が俺の防御フィールドを破りながら迫り来る。

 俺はそれを受け、さばき、身をかわす。

 そしてフォグブルーが神槍グングニルを引くタイミングでカウンターを入れる。


 戦いは膠着状態に陥った。

 舞台は大地から離れ、大空での撃ち合いへと移行していた。


 俺が意外と器用に刀を使いこなしているのを感じ取ったのか、フォグブルーの顔に焦りの色が見える。く言う俺もここまで互角に渡り合えるとは思ってもみなかった。恐らくこれも俺の持つ強大な黒子力ダルクのお陰だろう。


 俺は決して無傷で戦えている訳ではない。

 致命傷は避けられているものの、細かい傷が増え、最早数えきれない程だ。

 超再生能力で瞬時に回復していくのでそれほど気になる訳ではないが。


 やはり重要になってくるのが黒子力ダルクだ。

 俺の体を覆っているそれが防御力を引き上げているのだ。

 それに加えて魔人まじんの格が高いからだろう。

 防御フィールドが何層にも渡って展開されている。

 神槍の力も幾分かは削がれているはずだ。

 神人しんじんの時とは比べものにならない恩恵を俺は享受していた。


魔人まじん如きがッ!」


 明らかに焦りが言葉に表れている。

 ここで挑発しない手はない。


「どうしたッ! 熾天使セラフの名が泣いてるぞ? 常用者ジャンキー熾天使セラフさんよぉ!」

「貴様ッ! ただでは死なせんぞッ!」

「ハッ! さっさとうちに帰ってマザーと一緒にドラッグでもキメてろッ!」


 フォグブルーのこめかみに青筋が浮かび上がる。


マザーを愚弄するかッ! 禁断の果実に手を出した人間風情がッ!」

「今、禁断の漆黒結晶アテル・クリストに手を出してるのはお前らだろ? なんだ? 震えているのは禁断症状のせいか?」


 俺はここぞとばかりにあざけり笑う。

 更に攻勢をかけようと黒刀で袈裟斬りに薙ぎ払った瞬間、フォグブルーは神槍グングニルを俺の刀身に叩きつけた。


 くそッ!

 しまったッ!


 砕け散り、黒粒子ダークアロンに還る黒刀。

 

 俺が再度、武器を具現化しようとした間隙をついて神槍グングニルの強烈な薙ぎ払いが俺の左側面をしたたかに痛打する。


 その威力は凄まじく、凄まじいまでの速度で落ちていく。

 強化された黒子力ダルクによる防御フィールドがなければ大ダメージ確定の一撃だ。

 

 俺は背中から地面に叩きつけられ、激しい地響きと共に体が地面にめり込む。

 落下地点を中心にクレーターが出来あがり、続けてフォグブルーの大音声だいおんじょうが響く。


地獄ハデスへ帰れッ! 楽園消失パラダイス・ロスト


 無詠唱だと!?

 意識が飛びかける中、アレを喰らうのはマズいと俺の直感が警報を鳴らす。

 フォグブルーを覆う光子力ルメスから巨大な光子の弾頭が俺に降り注ぐ。

 弾着音が連続で鳴り響き爆音は止まる気配はない。


 マジでヤバいッ!

 一発だけでも多重の防御フィールドすら貫通する威力だ。

 絶え間ない激痛が全身を襲う。


 光の弾頭の波状攻撃を受けて俺はまるでボロクズのようになってしまう。

 今の意識は何とか保つことができているがダメージは大きい。


【トドメだッ……塵は塵に還れッ! 焼尽魔戒トラン・グレスト


 一滴の光子力ルメスがフォグブルーの指から滴り落ちる

 まるで線香花火が最後に塊となって落ちるかのように。


 垂直に落下したそれが段々と大きくなってくる。

 実際に大きさを増している訳ではない。

 俺に向けて近づいて来ているだけだ。


 そして――


 ズガガガガガガガガガガガガァァァァァァァァァァァァァァァン!!


 再度、鳴り響く――轟音。


 俺の体の至るところが崩壊し、周囲には黒粒子ダークアロンが漂っている。

 超再生は始まっているが、激痛のあまり碌に体が動かせない。 


「ほう……完全に消滅させたつもりだったのだがな。思ったより頑丈なようだ」


 天から俺の無様ぶざまな姿を見て溜飲が下がったのだろう。

 フォグブルーは大きな声で笑い出した。

 しばらく周囲に響き渡る哄笑こうしょう


「大言を吐いたが所詮しょせん魔人まじんよ」


 どこからかセピアの声が聞こえてくる。

 その声はどこか悲壮感すら漂っている。


「先輩ッ! 先輩ッ! バーミリオン様、離してくださいッ!」


 あんなに叫べるんだから彼女の容体は快方に向かったんだろう。

 セピアをバーミリオンが必死に押し留めている様子が想像できるな。

 あ、今は人の心配をしてる場合じゃなかったわ。

 つっても再生待ちなんで、フォグブルーがめプしてくれるのは有り難い。


 上空に浮かぶフォグブルーの注意がセピアたちの方へ向いたようだ。

 泣き喚く哀れな天使が気に障ったのかフォグブルーが話し出した。


「人間なんぞにほだされおって……何ならお前たちも漆黒結晶アテル・クリストの虜にしてやろうか。喜べ。マザーの慈悲は深い」

「嘘だ嘘だ嘘だッ! マザーおとしめるなぁぁぁぁ!」


 セピアはマザーを信じたいのだろう。

 鬼気迫る声が俺の耳を直撃する。


おとしめるも何も、人間養殖計画を立てたのは他ならぬマザー自身だよ」

「うわあああああああああああ!」


 至高なる熾天使セラフの無慈悲な言葉にセピアの絶叫が最高潮を迎える。

 超再生で傷を癒していた俺はセピアから感じられる霊的エネルギーの変化に気付いた。どこか異質な物に変化し始めている。


 これは通常の天使の光子力ルメスではない――黒子力ダルクだ。


「セピアッ! マザーを疑うな! 堕ちるぞッ!」


 バーミリオンの悲鳴に近い声が聞こえてくる。

 疑うも何もマザーが首謀者だと言うのだ。


 セピアの絶望はどれほどのものなのか?

 だが――こんなこと、俺は望んじゃいない。

 セピアが苦しむ姿は見たくない。


 俺はまだ完全に回復していない体に鞭を打って立ち上がると、セピアに聞こえるように大声で話し始めた。


「セピアッ! よーーーーーーーーーく聞けッ!」


 その声にセピアの気が俺に向いた気がした。

 ゆっくりと俺は言葉を続ける。


「お前は熾天使セラフの言っていることを信じて神様のことは信じないのか? お前はお前の信じたいものを信じろよ。それにドラッグ常用者ジャンキー? そんなヤツは人間にだって腐る程いるぜ! そんなヤツらに必要なのは薬物治療DRUG TREATMENTだ! だから……もし仮に、仮にだッ! そいつフォグブルーの言っていることが真実だとしても……俺が全力で矯正してやるッ! マザーを殴ってでも止めてやるッ! お前が泣くことなんてない。傷つくことなんてない。お前はそのままでいろッ! ありのままでいろッ! そして俺を信じろッ! 俺はお前を泣かせないッ!」


 セピアを護るために。そして俺自身が生き残るために。

 俺は覚悟を決めると、黒子力ダルクを込めた右手を自身の心臓に突き立てた。

 そして集中力を高める。

 黒子力ダルクを心臓に蓄えるイメージで。

 今からする作業は素早く、そして丁寧に行わねばならない。

 これは賭けだ。

 フォグブルーがやったことを再現する。

 ヤツフォグブルーにできて俺にできない道理はない。


【神器招来】


 俺は心に浮かんでくる言葉に黒子力ダルクを宿らせる。

 俺の精神は既に地獄の創世記ハデス・ジェネシスと繋がっている。

 それを形にするッ!


 神術しんじゅつ魔術まじゅつ光子力ルメス黒子力ダルクを含んだ言葉をつむぐことで様々な現象を具現化する。


 【神器招来】は魂に宿る神器セイクリッド・アームズに実体を与え、具現化させる力ある言葉だ。


 そう。知っているのだ。

 フォグブルーを滅ぼすすべは既に俺の中にある。


 俺の右手に漆黒のいかづちがまるでいまわる蛇のようにうごめき、バチバチッと音を立ててまとわりつく。


 胸の辺りに渦のような闇が生まれた。

 それに気づいたのか、フォグブルーが両手を掲げると大音声をあげる。


「しぶとい魔人よッ!」


【今度こそ……死ね。封魔六天グリッド・エクゾダス


 フォグブルーが掲げた両手の上に大きな魔法陣が展開され、五芒星の入った格子のようなもの形成されていく。それはまるで魔神デヴィルを捕える牢獄のよう。


 俺は胸の闇の中に手を突っ込むと手さぐりで目当ての何かを探す。


 神術の完成が近い。

 焦りがどっと胸に去来するが、俺は何とかそれを引き当てた。


 フォグブルーは光子力ルメスの檻を真下に向かって投げおろす。

 加速度的に落下のスピードが速くなる檻が俺の頭上へと迫る。


 大丈夫だ。


 間に合う。


 焦るな。


 何故だか確信を持った俺は、掴んだそれを一気に引き抜いた。

 刹那――大地に檻が突き刺さり、完成した牢獄の中で地獄ハデスの炎が荒れ狂う。


「ハッハァ! 地獄ハデスの炎で焼け死ねッ!」


 フォグブルーの残忍な声が周囲に響く。


 パキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!


 乾いた、それでいてかん高い音が響き渡った。

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