第45話 阿久聖は見た! 裏で関わっていたのは貴様か!

「フォグブルーかッ!」


 俺はようやく合点がてんがいく。

 セルリアンたちは俺の膨大過ぎる黒子力ダルクを知っていた。

 魔人化すれば、状況が不利に傾くことは明らかなはずだ。

 何故、戦況がひっくり返ったにもかかわらずセルリアンが退却しなかったか?


 それは背後に強大な存在――熾天使セラフが控えていたからに他ならない。


 それだけ絶対的な存在なのだろう。

 熾天使セラフと言うのは。

 目の前に佇むフォグブルーが人懐っこそうな笑みを浮かべて話し掛けてきた。


「やぁ、阿久聖君。結局は魔人になってしまったのか。残念だよ」

「そうしなきゃ生き延びられなかったからな」

「魔人は魔神デヴィルの眷属。放ってはおけないな」

「よく言うぜ。魔人にならなくても黒の心臓ブロークンを俺から奪う気だったくせに」


 前に会った時よりフレンドリーな感じじゃねーか。

 つってもその裏に透けて見える悪意が半端ないけどな。

 これがこいつのか?


 フォグブルーは俺と話しながらセルリアンを縛めている十字架に近づくと、そっと手を添える。一瞬、まばゆい光が辺りを照らす。


 その十字架はガラスが割れるような音を残して、一瞬にして砕け散ってしまった。

 主天使ドミニオンを完全に束縛する程の強度を持つそれを一瞬で破壊する。

 そのために必要な力は一体どれ程の物なのだろうか?


 自由を取り戻したセルリアンは熾天使セラフ、フォグブルーに敬礼し、背後に控える。


「これまでか……阿久聖、一時撤退だ……」


 ダメージを受けたスカーレットが俺に向かって撤退を告げてくる。

 その声には無念と絶望の色がにじみ出ていた。

 改めて相対してみて分かったが、フォグブルーから感じる霊的エネルギーの底が見えない。


 俺はこんな相手に勝てるのか?

 俺の黒子力ダルクが銀河を覆い尽くす程のレベルだと言うのは最上級魔神のローシェンナの言葉だ。他にもフォグブルーを始め、他の天使や魔神からも確かに強い黒子力ダルクを感じるとは聞いている。


 しかし。


 果たしてそれが熾天使セラフに通じるのか。

 

 鬼神アフレイト力天使ヴァーチュースもあっさりと退けることは出来た。

 黒子力ダルクも初戦にしてはそれなりに上手く使えることが出来たように思う。

 とは言え魔人に成り立てである俺には、戦闘経験が圧倒的に不足しているであろうことは想像にかたくない。それに皆が言及したのはあくまで俺に宿る潜在的な黒子力ダルクの量の多さ、強大さであって、それを上手く使いこなせる技術と経験ではない。つまり俺が強いかどうかは未知数だと言うことだ。


 問題は勝てるかどうか。

 いや、それも大事だが、何よりも大切なことがある。


 セピアを護ることだ。


 俺が魔人になった理由の大部分がセピアの身の安全を考えてのことだ。

 ここで退けばセピアたちに害が及ぶ。


「スカーレット、悪いが退けねぇ……。フォグブルーは俺が倒す!」


 俺の言葉をただの大言壮語だと思ったのだろう。セルリアンがそれを笑い飛ばす。


「せいぜいいきがっていろ。身の程知らずの魔人よ」


 哄笑こうしょうを響かせるセルリアンを無視して、俺はフォグブルーの方へと駆け出した。

 身体機能が神人しんじんの時よりも明らかに向上しているのが分かる。

 瞬く間にフォグブルーの元へ到達したのだ。


 俺は黒刀を大きく振りかぶると、大上段から斬りつけた。

 フォグブルーは全く動く素振りを見せない。

 余裕の笑みを浮かべたまま、ただ立っているだけだ。

 黒刀がフォグブルーに届かんとしたその時、澄んだ甲高い音が響き渡る。

 俺は構わず続けざまに右からそして左から斬撃を飛ばすが、どの攻撃も同じように阻まれてしまった。


 やはりかなり強力な防御フィールドが展開されているようだ。


「チッ……阿久聖! 黒子回路ダークラインへの力の伝達にロスが大きいッ! 体内で黒粒子ダークアロンを練って、体や刀に黒子力ダルクを流し込めッ! 神人になったことのある君ならできるはずだッ!」


 俺が退かないことに対する舌打ちだろう。

 それでも助言してくれる辺り頼りになる魔神デヴィル様だぜ。


 スカーレットが言ったことは過去にセピアやルージュにも言われたことだ。

 俺は一旦、フォグブルーから離れると思考の海に潜り込むダイブする


 やはり光子力ルメス黒子力ダルクも操り方は同じなんだな。

 後は俺の黒子回路ダークラインに力を流し込んで励起れいきさせるだけ……。


 俺は力の使い方に慣れていないだけだ。

 俺に関わってくれた天使や魔神デヴィル、何よりセピアの言葉を信じろ!


 それに魔人化により、俺の精神が地獄の創世記ハデス・ジェネシスと接続したことは明らかだ。頭の中に流れ込んできた膨大な知識がそれを証明している。

 何より地獄の創世記ハデス・ジェネシスなんて聞いたこともない言葉を知っている時点でおかしいだろうよ。


 スカーレットの言葉の通り、俺は全神経を集中させ、黒粒子ダークアロンを練り上げる。体内では1つ1つの微小な粒子が化学反応を起こしたかのように結合し、黒子力ダルクへと変貌を遂げるのが俺にも分かる。


「セルリアン。そこでわめいている魔神デヴィルをやれ」

御意ぎょい


 手負いのスカーレットから滅ぼすつもりか?

 俺は励起れいきさせた黒子力ダルクを体中に循環させる。


 思い出せ。

 俺は力を使った戦い方を今までも見てきたはずだ。


 流れ込んだ知識を貪れ。

 銀河を覆い尽くす程の力を操るすべが見つかるはずだ。


 体内にみなぎ黒子力ダルクが黒刀にも流れ込み、今やその長さは天使たちと戦っていた時の倍違くまで伸びている。


 空へと舞いあがり、スカーレットの方へ向かうセルリアン。


 行かせるものかよッ!


 俺は対峙していたフォグブルーを無視してセルリアンへ向かって飛び掛かった。


「何ッ!?」


 完全に油断していたのか、セルリアンから驚愕の声が漏れる。

 それを見たフォグブルーも慌てて俺に向かい来る。

 黒子力ダルクの影響により長さが増していた黒刀がセルリアンの足を捉えた。

 あっけなく片足を両断されたセルリアンから、どこか混乱する雰囲気が伝わってくる。まさか自分が攻撃されるとは思っていなかったのだろう。動揺を隠し切れないその動きがやけに緩慢かんまんに見える。


 俺の背後からはフォグブルーが光の奔流を放ちながら、どんどん距離を詰めてきている。しかしセルリアンを巻き込むのを恐れてか、その攻撃にそれ程の威力は感じられない。


 空中を蹴って駆け上がり、セルリアンの目の前へ立ちはだかる。

 俺は高速で動いているはずのセルリアンの動きを捕捉すると、黒刀を叩きつけるように振り下ろす。斜め右上から斬り下ろし、返す刀で右手を両断する。


「ぐがあああ! くそッ! くそッ!」


 セルリアンは何とか一方的にやられる状況を打破しようとしたのか、光子力ルメスを込めた左拳を振り上げる。


 狙いは俺の顔面かッ!

 えげつねぇ!

 だが、そんな大振り当たるものかよッ!


 半身になってかわすと、すかさず体勢を立て直して刀を振りかぶる。

 俺から逃げようとしたのか、スカーレットのところへ行こうとしたのかはわからないが、背後を見せたところをばっさりと斬って捨てる。

 セルリアンの背中に輝く白い翼が何枚も無残に舞い散った。


 更に追撃をかけたいところだったのだが、そうは問屋とんやおろさなかった。

 黒刀を振り抜いた俺の左脇腹に鉤突かぎづきが決まる。

 放ったのは――いつの間にか接近していたフォグブルー。


「グガッ……」


 あまりの衝撃に息ができない。

 体が崩壊しそうなほどの激痛に俺の体がくの字に曲がる。

 歯を食いしばって痛みに耐える俺の目の前に更なる一撃が迫る。

 熾天使セラフ、フォグブルーの神術しんじゅつの乗った鉄拳であった。


熾天極撃ガッヴァーナ


 超弩級ちょうどきゅう光子力ルメスが込められたその一撃が、俺にめり込む。

 俺は軽々と弾き飛ばされ、大地へ叩きつけられる。


 あまりの衝撃でクレーターと化す地表。

 拳を喰らった俺の胸部が黒い塵に変わっていく。


 攻撃を止める気などさらさらないらしい。

 フォグブルーの手の平からは次々と光子力ルメス弾が射出される。


 降り注ぐ光弾は全てが高密度で大質量の霊的エネルギーの塊。

 それは最早、光子力ルメス弾の絨毯爆撃であった。


 しばしの間、轟音と圧倒的な光量のみが辺りを支配した。

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