第38話 葛藤の末に

明星聖断ジャッジ・デスタ


 天空から凄まじいまでの轟音とともに落ちた雷が鬼神アフレイトの小さな体を直撃した。

 その音にも負けぬほどに響く絶叫。


 上空にはバーミリオンがいた。


「阿久聖ッ! 早くれッ!」


 一瞬、呆けていた俺だったが、バーミリオンの怒声に我に返る。

 やるべきことを思い出し、俺は絞り出した光子力ルメスを刀に乗せて全力で鬼神アフレイトに斬りつけた。


 バーミリオンの神術による痛みに焼かれ動けない鬼神アフレイトは俺の斬撃をかわすことができず、まともに喰らう。


「ガァッ」


 体を薙ぎ斬られて堪らず声を上げる鬼神アフレイトに、俺は更に畳み掛ける。

 流石にそれを喰らう気になならなかったのか、鬼神アフレイトは大きく俺から距離を取った。そして上空を見上げてバーミリオンを睨みつけると、憎々しげに口を開く。


「また天使かッ……どいつもこいつもふざけた真似を……」


 その顔はかつてないほどに憤怒に染まっていた。

 バーミリオンが俺の隣に降り立つ。


「ありがとう。助かったよ」

「勘違いするな。私はセピアの悲しむ顔が見たくなかっただけだ」

「そうか。すまん……」

「もしも……もしも魔神デヴィル共の言うことが真実なら、お前のお陰で私たちは仲間から狙われることになる。もう神器セイクリッド・アームズな――」


「もういい。俺は決めたよ。巻き込んですまなかった」


 俺はバーミリオンの言葉を強い口調で遮った。


「俺はずっと厄介事に巻き込まれたと思っていた。でも考えようによっちゃあ、巻き込んでいたのは俺の方だったのかもな……」


 ずっと厄介なことに巻き込まれたと思っていた。

 実際そうなのかも知れない。

 セピアたち神器回収部隊はその目的を果たすために動いたし、漆黒結晶アテル・クリスト回収部隊も特命を果たすべく動いただけだ。

 はっきり言って天使同士のゴタゴタが原因と言っても良い。


 しかし他に道はあったんじゃないか?

 天使と魔神の言い分を聞いて、自分の判断で魔人になって天使と距離を置く決断だってできたんじゃないのか?

 もっと言えば、黒の心臓ブロークンと化してしまった俺の今までの生き方に全ての問題があったんじゃないのか?


 そんなことを考えていると俺の中から内なる声が湧きあがってくる。


 なーに言ってんだ?

 どう考えても天使のせいだろ?

 さっさと神器セイクリッド・アームズを取り出して、お情けで神人しんじんにしてやった後は放置する気マンマンだったんだ。神器セイクリッド・アームズが取り出せないと分かって、しゃーなしで護ってやろうとしてただけなんだよ。それもお前の命のためじゃあない。全ては神器セイクリッド・アームズを手に入れるため。

 他の天使がお前の黒の心臓ブロークン黒子力ダルクの強大さを知ってそれを鬼に喰わせ、漆黒結晶アテル・クリストを取り出そうとしたのもあっちの都合に過ぎないじゃないか。

 お前は振り回されただけの憐れな被害者なんだよ。



 そうかも知れない。

 例えそうだとしても。

 今現在の状況でそんなことを言っていてもどうにもならない。

 今、俺が何をしたいのか?

 それはセピアを始めとして俺に助力してくれた天使と魔神を護りたい。

 過去に囚われてんでいた俺を一時いっときでも癒してくれた彼女たちに報いたい。




 呪縛に囚われている場合ではない。






 トラウマから脱するときは今をおいて――ない。






 




「スカーレットッ! 頼むッ!」


 上空で主天使ドミニオンセルリアンと戦っていたスカーレットが反応する。


「任せろ。力を抜いて全てを受け入れろッ!」


 先程から空では激しい力がぶつかり合った余波が伝わってきていた。

 かなりの激闘を展開しているようだが今は余裕があるのか?

 それほど霊的エネルギーを反転させるのは簡単な事なのだろうか?


霊質反転リバース


 スカーレットの言葉と同時に、俺の真下の大地に六芒星が描き出される。

 俺は翡翠色をしたドーム状の結界に包み込まれていった。

 そして何やら黒い粒子が俺の体から発生し始めたその時、それは起こった。


 パッキィィィィィィィィィィィィィン!!


 突如、ドームに亀裂が入ったかと思うと砕け散ってしまったのだ。

 それに合わせて、地面の六芒星も消滅してしまう。


「何ッ!?」


 予想外の結果だったのか、スカーレットが驚愕に満ちた声を上げる。

 そこへセルリアンが嘲笑あざわらうかのように言い放った。


「流石は魔神デヴィル、程度が知れるな。そいつの黒子力ダルクの強大さを知っているのに魔人化まじんかの対策をしていないはずがなかろう?」


 絶望が辺りを支配する。


「おいッ! そこの能天使パワーを抑えろッ!」


 動き出そうとしたバーミリオンに目聡く気付いたセルリアンが配下の力天使ヴァーチュースに指令を下す。

 あっと言う間に囲まれるバーミリオン。


 魔人になれないとなると、俺に勝機はない。

 そんな俺の負の感情を喰って力に変えたのだろう。

 鬼神アフレイトは喜色満面の表情で俺との距離をゆっくりと縮めてくる。

 先程喰らった神術のダメージすら感じさせない。


 時間がゆったりと流れているような気がする。

 俺も命運もここで尽きるのか。

 そう思うと何故だか気分が落ち着いたような気がした。


 ルージュは黒刀を、無我は長剣を振りかざしてお互いに打ち合っている。

 スカーレットは俺の方へ近づこうとしているのか、ジリジリと距離を詰めてきているが、間にいるセルリアンが邪魔で近づけないでいる。

 バーミリオンは力天使ヴァーチュースに囲まれてしまった。

 セピアは、俺の近くでへたり込んで動かない。


 全ては俺の決断が遅かったせいだ。


 俺は力なく、セピア色に染まった空を見上げた。

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