第39話 阿久聖、まーた人間辞めるってよ

 俺の心はいでいた。


 ときの歯車が回り始める。

 既に鬼神アフレイトが目の前にまでやってきた。


 当然、俺は迎え討つ。

 鬼神アフレイトの闇をまとった右手が俺に向かって伸びてくる。

 それを半身になって何とかかわし、右手の刀で漆黒結晶アテル・クリストの辺りを思いきり突く。


 流石に胸に秘める漆黒結晶アテル・クリストへのダメージを警戒したのか、鬼神アフレイトはこれまた闇をまとった左手で刀を払いのけて俺の懐に入ると、右フックで俺の左側面を殴りつける。


 それを集中させた光子力ルメスでガードしつつ、思いっきり左足で蹴りを放つ俺。

 鬼神アフレイトはその蹴りを右肩で受けると、そのまま右手を俺の心臓に突き立てた。


 ギリギリの所で刀身でガードするもその勢いは強く俺は一気に押し込まれる。

 両足で何とか踏ん張ろうとするも、あらがうこともできずに地面を滑っていく。

 そして、とうとうその衝撃に耐えきれずに持っていた刀の刀身が砕け散った。


 俺はすぐに刀を放り出すと、左足を大きく踏み込んで光子力ルメスのこもった右手で鬼神アフレイトあごを下からかち上げる。


 アッパーを喰らって堪らず吹っ飛ぶ鬼神アフレイト

 俺はすかさず追撃に移るも敵もさる者、バク転の要領で逃れると間合いをとった。


「はははッ! 粘るねぇ。でもそろそろ頂くとしようかッ!」


 そう言うと鬼神アフレイトは俺の方を指差した。

 その指先に塵が集まり球体を作り出す。

 闇のつぶてのようなものは発射された。

 その小さな黒子力ダルク弾とも言うべきものが俺の右太ももを貫いた。


 熱い感触――


 俺は思わず片膝をつく。

 再び、つぶてが飛んでくるが、目で追えない攻撃など反応できない。

 鬼神アフレイトは次々と闇の弾丸を放ち、その全てが俺の体に風穴を開ける。


 左腕は再生中で機能しない。

 右太もも、脇腹、右腕、そして今度は鳩尾みぞおちの辺りに命中する。

 最早、俺の体は完全に動きを封じられていた。


「では頂くとしようか」


 鬼神アフレイトが俺に向かってゆっくりと近づいてくる。

 恐らく負の感情を喰いながら。

 やけにゆっくりと感じられる時間。

 俺の頭の中にここしばらくのことが浮かんでは消えていく。

 セピアのこと、ルージュのこと、色褪せた生活が色づいたこと。

 少しの間だったが、色々と楽しかった。

 そう、俺は楽しかったんだよ。

 最初は正直、勘弁してくれと思ったけどセピア色の生活がカラフルになったんだ。


 気が付くと俺の目の前まで来て俺を見下ろす鬼神アフレイト

 その目は獰猛な餓えた獣のよう。


 ここまでか――


 鬼神アフレイトは闇を纏わせた右手を俺の心臓目がけて突き出した。

 

 ギヂィッ!


 肉――ではなく硬質な物を貫くいびつな音。


 俺は目を閉じていた。

 いくら待っても痛みはやってこない。

 ゆっくりと開く。

 俺の目に飛び込んできたのは、俺にもたれかかるセピアの顔であった。

 セピアがすんでのところで俺と鬼神アフレイトの間に割って入ったのだ。

 彼女は両手で俺の頬に手を添えると、かすれて震える声で言った。


「先輩を解放してあげます……」


 俺が戸惑っていると、セピアのはにかんだ顔が近づく。




 彼女の唇がそっと触れる。




 そして、そっと離れた。


「これでセルリアン様の術式も消滅したはず……」


 その瞬間、俺は凄まじい痛みに襲われる。

 神人しんじんから人間に戻ったという証拠だろう。

 のた打ち回りたいほどの激痛だが、目の前には体を貫かれたセピアと、にっく鬼神アフレイトがいる。


 ここで俺がすべきことは泣き叫び嘆くことではない。

 魔人になることだ。


「スカーレットッ!」


 俺が力を振り絞って、最早もはや絶叫に近いほどの大音声だいおんじょうを上げる。

 返ってきたのはスカーレットの力ある言葉であった。


降魔降臨サタニズム


 先程と同じように地面に六芒星が出現し、更に頭上にも六芒星が描き出される。

 上下の六芒星が円柱状のフィールドを形成し、プラズマのような光が荒れ狂う。


鬼神アフレイトッ! モタモタするなッ! 速くれッ!」


 先程の余裕はどこへやら、セルリアンの声は最早、悲鳴に近い。

 俺が魔人化するのがそれほど嫌なようだ。


「ふん。れるものかよ」


 対するスカーレットの余裕の声が聞こえてくる。


 肝心の鬼神アフレイトはセピアの体から腕を引き抜くや、両手に大きな闇を生み出して魔術陣の中で動けないでいる俺に向かって一気に放出した。


 超至近距離で。


 俺の周囲が闇に飲まれる。

 しかし円柱状のフィールドが結界のような役割を果たしているのか、闇の奔流は弾かれて俺まで届かなくことはない。

 そんな鬼神アフレイトの様子をまるで他人事のように眺めているうちに、俺は浮遊感と解放感の中で意識が薄れていった。

 みるみる内に痛みは引き、まるで漆黒の闇の中で揺蕩たゆたっているかのような感覚。

 やけに時間がゆっくり流れているかのように感じられて、焦れったさに心が落ち着かない。俺をかばって体を貫かれたセピアの容体が心配なのだ。


 そんな俺の思いとは裏腹に、真っ暗だった目の前が不意に明るくなる。

 まぶしさにくらむ目を何とか薄く開けながら、映写機で映し出されたかのような断片的に切り替わっていく風景を見ていると、どこか見覚えのあるような絵図が脳裏にチラつく。


 天使の集団が空から降臨し、黒い翼を持つ者たちと戦っている。

 もちろん魔神デヴィルだろう。

 しかしここはどこなんだろうか?

 目に映るのはまるで異世界のような現実とは思えない荒涼とした場所だ。


 両者は地上にいる人間のことなどまるで見えていないかのように苛烈な光子力ルメス弾と黒子力ダルク弾をお互いにぶつけあっている。

 戦いは激しく、映画のようにどんどん切り替わる光景に俺は目を奪われていた。

 そして再び場面が切り替わる。

 今度は地面が何層にも分かれており、吹き抜けのように下層から上層までぶち抜かれている断層のようになったおかしな世界であった。


 そこには、あまりにも巨大な霊体が封じられている。

 それから感じられる霊的エネルギーは今まで見た天使や魔神デヴィルとは比べものにならないほどの大きさだ。


 これは一体誰の記憶なのだろうか?


 その後も天使と魔神デヴィルの争いが次々と映っては消えていく。

 もしかしたらこれが話に聞いた星間大戦ステラ・ウォーなのかも知れない。


 そう考えてくると俺の中に浮かんでくるものがあった。


 ――地獄の創世記ハデス・ジェネシス


 その言葉を認識した瞬間、俺は急激な浮遊感に襲われる。


 水深の深い層から海面へ一気に浮上するように俺の意識は覚醒した。

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