DRUG TREATMENT rev2

第37話 これってもう絶体絶命じゃん。ここに至ってもまだ動けんのか俺は

　俺は二刀流の右手を鬼神（アフレイト）に向かって袈裟斬りに斬りつける。

　現実は甘くない。

　これまでの戦闘経験や、訓練程度では俺の剣技など通用しない。

　鬼神（アフレイト）は必要最小限の動きで楽々とかわしてみせる。

　俺は続けて左右と連続で斬りかかる。

　ただ我武者羅（がむしゃら）に。

　その全てが虚しくも回避された俺に鬼神（アフレイト）の右手の突きが迫る。

　その時、横手から光子力（ルメス）弾が放たれる爆音が轟いた。

　セピアの光子銃（こうしじゅう）が火を噴いたのだ。

　セピアを全く警戒していなかった鬼神（アフレイト）は、まともにくらって吹っ飛ばされる。

　その隙に距離をとって体勢を整える俺。

　こちらの動きが見切られている上に、鬼神（アフレイト）は普通の鬼など比べものにならないほどの強さである。

　未だに般若（はんにゃ）や虚無（きょむ）に勝つのが精いっぱいの俺では勝負にならないだろうよ。

「痛いなぁ……不意打ちしないでよ」

　体を起こしながら鬼神（アフレイト）はセピアをキッと睨みつける。

「天使って何がしたいのさ」

「先輩はやらせませんッ！」

　セピアはそう叫ぶと鬼神（アフレイト）に続けて光子力（ルメス）弾を叩き込む。

　問答無用だなオイ！

　なんて言っている場合ではない。

　セピアをこの戦いに介入させてはいけない。

「セピアッ！　手出し無用だッ！」

「でもッ！」

　真正面からいってきついなら不意を突くしかないない！

　俺はセピアの反対側から両手の刀で同時に攻撃を仕掛ける。

　セピアが放った攻撃は全く効いている様子はない。

　鬼神（アフレイト）はかわすことすらせずに当たるがままにしている。

　俺からの攻撃にも全く慌てる様子もなく、片手で払うようにいなしていく。

　まるで動きを読まれているかのように全ての攻撃が無効化される。

　それでも俺は攻撃を続けるしかない。

　未（いま）だ神術（しんじゅつ）なんて使えないし、必殺技なんてものも当然持っていないからだ。

　ルージュは無我（むが）と、スカーレットはセルリアンと戦っている。

　援軍は期待できない。

　セピアは巻き込めない。

　俺１人の力で何とかするしかないのだ。

　脳裏に浮かぶ文字は――魔人化。

　スカーレットは言っていた。

　俺が魔人になれば鬼神（アフレイト）もセルリアンも造作もなく滅ぼせるだろうと。

　しかし……。

　しかしセピアの泣き顔は見たくない。

　悲しそうな顔は見たくない。

　それだけの理由で俺は魔人にならずに戦っていた。

　もちろんいつもの理由で中々決断できない自分がいるのも確かなんだが。

　それに魔人になればもうセピアとは会えない。

　もう認めるしかない。俺はセピアに惹かれているのだ。

　魔人化は最終手段だ。

　俺は一心不乱に両手の刀を振るい続けていたが、鬼神（アフレイト）は素手で刀をいなすとそのまま右手で俺の脇腹を貫く。

「ぐがッ！」

　自分の口から情けない声と鮮血が吐き出される。

　鬼神（アフレイト）は、俺の右手の全力斬りを左手で軽々と受け止めると、刀身を握りつぶして更に手刀で俺の体を斬り裂いた。

　畜生！　勝てねぇ！

　俺は意地すらもはれないのかよ！

「オラァ！」

　気合一閃、左手の刀を振るうと同時に、空中に創り出した槍を射出する。

　行けッ喰らいやがれッ！

　しかしそれも鬼神（アフレイト）の防御シールドに阻まれる。

　本体には毛ほどの傷もつけることが出来ない。

　光子力（ルメス）を乗せた左手の斬撃がその肩をかすめるも、さしたる痛痒（つうよう）すら与えていないみたいだ。

　所詮（しょせん）は人間なんて無力なモンなのか？

　神人（しんじん）つっても俺の光子力（ルメス）じゃ届かないのか？

　魔人化して俺の銀河を覆い尽くす程の黒子力（ダルク）を行使すれば倒せるのか？

　精神論ではどうにもならない。

　圧倒的なまでの差。

　セピアからは精神体である天使、魔神（デヴィル）などには根性のこもった攻撃はダメージを与え得ると聞いていたが……。

　焼け石に水――圧倒的な差を覆すことなど……不可能。

　鬼神（アフレイト）は口元に笑みを張り付けたまま、俺の左腕を引きちぎる。

　クソがッ！　こいつ遊んでやがる！

　鬼は魔神（デヴィル）と同様に人間の負の感情すら喰ってしまうと言う。

　俺のことを散々いたぶった後、メインディッシュとして黒の心臓（ブロークン）を喰らうつもりなのだ。

　俺は一旦、大きく後ろに飛び退くと、刀を再具現化し右手に構える。

　左腕では超再生が始まっている。

　俺はほぅッと息を大きく吐き出して呼吸を整えると、空中に複数の槍を創造する。

　馬鹿の一つ覚えだろうが、足掻くしかない。

　俺は空中の槍を一斉に解き放つと、更に刀の切先（きっさき）から光子力（ルメス）弾を撃ちまくりながら、鬼神（アフレイト）との距離を一気に詰めていく。

　光子力（ルメス）弾が流星のように鬼神（アフレイト）へと降り注ぎ、斬撃が迫る。

　が、こいつは最早（もはや）避けようとすらしない。

　全ての攻撃が間違いなく鬼神（アフレイト）を捉えた。

　当たった攻撃をものともせず、その場に平然と佇む鬼を束ねる者。

　結果は土煙が少し舞い散っただけ。

　毛ほどのダメージも与えていないのは――明白。

　覆し様のない厳然たる――現実。

　これまでか――

　俺の脳裏に諦めの文字が浮かぶ。

　左腕はまだまだ再生しそうにない。

　俺を真っ向から見据える鬼神（アフレイト）に体が動かない。

　これはヤツの圧力（プレッシャー）だけが理由ではない。

　俺の精神の呪縛によるものだ。

　もし奇跡が起きてこのクソッタレな鬼神（アフレイト）を倒せたとしても、まだ漆黒結晶（アテル・クリスト）回収部隊の天使たちがいる。

　ルージュとスカーレットが無我（むが）とセルリアンを倒したとて同じだ。

　俺が目を付けられた以上、次々と漆黒結晶（アテル・クリスト）を奪いに天使たちがやってくるのは目に見えている。

　決断しなければ！

　選択しなければ！

「そろそろ死ね！」

　鬼神（アフレイト）の右手が俺の脇腹に触れるとその部分が塵と化した。

　触れて力を流し込まれただけでこの様（ざま）だ。

「先輩ッ！」

「ぐぅ……」

　あまりの激痛に呻き声が漏れ、自分の顔が歪むのが分かる。

「阿久聖ッ！　早く決めろッ！　死ぬぞッ！」

　どこからかスカーレットの声が俺の耳朶（じだ）を打つ。

　その催促に俺の心は増々委縮する。

　幼き日の呪縛からは逃れられない。

　選択しろ！　今がその刻（とき）だって分からないのかッ！

　選択の遅れが犠牲を増やす！

　下手をすれば更に上位の天使が降臨し、新たな戦いの火ぶたが切って落とされることは明白だろう？

　セピアはどうなる？

　ルージュは？

　そして俺に助力してくれるバーミリオンやスカーレットは？

　鬼神（アフレイト）はもう目の前だ。

「くそッ……俺はどうすれば……」

　その時、大気が震えた。

【明星聖断（ジャッジデスタ）】

　ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン！！

「くそがッ！　やってしまったッ！」

　見上げるとそこにはセピアの上司、能天使（パワー）バーミリオンがいた。