第36話 鬼神と天使が俺を狙ってやってきた。相変わらず雑魚な俺だが足掻くしかねえ!

 それからしばらく平穏な時が流れた。

 散発的な鬼の襲撃はあったものの、ルージュたちが陰で見守り時には加勢してくれたことで俺もセピアも無事に生き長らえていた。


 そして俺は相も変わらず、選択できないでいた。

 頭では理解している。

 だが――まるで心が固められたかのように動けない。

 俺の心がこのまま変わらない日々が続くのだと思い込もうとしているようだ。


 スカーレットが時々見せる視線にも俺はおびえるようになっていた。

 さいなむのだ。

 早く決断しろ、と。

 追い込むのだ。

 答えを出せ、決断しろ、と。


 これが仮初かりそめの平和だと言うことは俺も理解していた。

 時間を掛ければセピアの身が増々危うくなることも。

 きっとセピアも、そしてルージュさえもそう思っていただろう。


 それは、残業も終わり、セピアと2人帰宅の途についていた時に起こった。

 突如として世界が色あせる。

 もちろんいつもの結界だ。


「あの天使たちかッ!?」


 俺はあの時の漆黒結晶アテル・クリスト回収部隊が来たのだと思った。

 しかしそれは間違いであった。


「やぁ、また会ったね」

「なんでお前が……鬼神アフレイト!」

「なんでって……もう分かってるでしょ? キミの黒の心臓ブロークンを喰いに来たのさ」

「俺を喰ってお前に何の利益があるんだ?」

「さっきから何を分かりきったことを聞いてくるんだい? もちろん、決まってるだろ? 芳醇な黒子力ダルクを取り込んで、より強大な存在になる……それだけさ」


 そこへバチバチと音がして2つの影が出現する。

 喰い破られるように空間が断裂し、そこからルージュとスカーレットがゆっくりと姿を現したのだ。


せんな。確かにその男を喰えば、より強くなれるだろう。しかし、それは本当にお前の意思か? 何よりそれを望んでいるのは主天使ドミニオンのセルリアンだぞ?」

「そんなことは百も承知だよ」


 そう答えた鬼神アフレイトをスカーレットが観察するように睥睨へいげいする。

 そして何かを感じたのかフッと鼻を鳴らした。


「お前、かなりダメージを負ってるな?」

「何のことかな?」


 鬼神アフレイトの言葉に焦りの色がにじむ。


「お前、天使たちにボコられたろ?」


 スカーレットがあざけりをふくんだ声で見下すように言った。

 その瞬間、鬼神アフレイトの体から凄まじいまでの圧力プレッシャーが解放される。

 ただの天使の加護を得た程度の神人しんじんである俺にはかなりきつい。


「我が鬼神アフレイトの魂を持つものが命ずる! 鬼の眷属たる者来たれ!」


 顔を怒りに歪めた鬼神アフレイト虚界ネインから鬼たちを呼び出した。

 その言葉を返事と解釈したのかスカーレットが更に煽る。


「フッ……図星か。失った力を取り戻して天使に復讐するには阿久聖を喰うしかないものな? 天使、いやマザーの手の平の上で踊らされている気分はどうだ?」

「黙れ貴様ッ!」


 鬼神アフレイトの怒号に鬼たちが一斉に俺に向かって殺到する。


「お兄ちゃん、下がって!」


 ルージュはそう叫ぶと鬼たちの真ん中に飛び込んだ。


【闇の中からでませ死神の大鎌ッ! 死鎌開廟グリム・リーパー


 その魔術の力が解放されると、ゆらりと大きな鎌を持ったむくろが現れて凶悪な武器を振るった。ルージュの周囲にいた鬼たちは一瞬にしてその体を上下に断ち切られる。


 強い!

 ぽんこつだから忘れそうだけど、ルージュも十分強いのだ。


 呼び出した味方があっさりと葬られたのを見た鬼神アフレイトは、手から闇のような黒子力ダルク弾をルージュ目がけて解き放つ。

 しかし、ルージュはその手に持った黒い刀でその全てを叩き斬ると、鬼神アフレイトとの間合いをどんどん詰めて行った。


 焦りを見せる鬼神アフレイトは、ルージュを迎え撃つ覚悟を決めたのか、その場に留まると、手に闇の刃を出現させてルージュの斬り込みをその刃で受け止めた。


 突進したその勢いのままでルージュが鬼神アフレイトを押し込んでいく。

 しかし鬼神アフレイトもさる者、力ずくで突進を止めると、ルージュの黒い刀を弾きつつ、同時に虚空から何本もの黒い刃のようなものを解き放つ。

 ルージュはすぐさま体勢を整えると、飛来する黒の刃を片っ端から迎撃して落としていく。もの凄い速度であるにもかかわらず彼女の刀と体捌たいさばきには目を見張るものがあった。


 俺は何とか2人の激突を目で追っていた。

 とてもじゃないがついていけん。

 少なくとも神人しんじんのままでは。


 その時、風に乗って詠唱が聞こえてくる。


地獄の門ハデッサよ、原罪に囚われし穢れた魂を吐き出せ】


 スカーレットの口から漏れる魔術の詠唱に合わせてルージュが大きく横へ飛ぶ。


極獄業罪フレイヤル・シン


 凄まじいまでの闇の奔流が鬼神アフレイトを飲み込んだ。

 激しい衝撃が荒れ狂い、その中心部がギチギチと音を立てて歪んでいく。

 まるで空間が引きちぎられているようだ。




 やがて奔流が消え去り視界が開けた。




 嵐のような狂乱が静まった後にあったのは五芒星の結界。

 そこには無傷の鬼神アフレイトの姿があった。


 あの表情は何だ?

 屈辱か? それとも憤怒か?


「チッ! 天使様のご登場かい」


 スカーレットの言葉で、ようやく理解した俺が視線を上空に向けると、鬼神アフレイトの後方の空に浮かぶセルリアンの姿が目に入った。

 更には手に抜き身の長剣を持った無我むがと呼ばれていた人間――恐らく神人だろう――が俺たちの右手から現れる。


「哀れな鬼神アフレイトよ。大した光子力ルメスも持たない神人しんじんすら喰えんのか?」


 セルリアンの無慈悲な言葉が鬼神アフレイトを襲う。

 彼は上空をキッと睨みつけ肩を震わせて反論した。

 あの表情は屈辱だったか。


「ダメージさえなければ造作もないことだ……。そいつを喰ったら貴様ら天使など皆殺しにしてやるさ」

「ふん。後ろの魔神デヴィルは我らが相手をしてやる。その間にさっさとその人間を喰うんだな」


 セルリアンがそう宣言すると、セピアが俺を護るかのように前に出た。


「そこの天使は黙って見ていろ。これは特命である。邪魔しなければ殺しはしない」

「セルリアン様! この人間は私が加護を与えた神人しんじんです! 天使の使徒を殺すのはご法度のはずです!」


 セピアはまだ俺が魔人化しないで済む可能性を捨てていないのだ。

 そんな彼女の必死の叫びもセルリアンには届かない。


「言っただろう? 特命だと」

「そんなッ彼は神器セイクリッド・アームズ持ちですッ! それはどうするつもりですかッ!?」

「そんなものはどうでもよい。我らの目的は黒の心臓ブロークン漆黒結晶アテル・クリストのみ」

「!?」


 セルリアンが何の迷いもなく断言した事に絶句するセピア。

 そんなセピアを見かねたのかルージュが吠える。


「へっぽこ天使! 邪魔しなければ殺さない? そんなの信じられる訳ないでしょーがッ! あんたなんて消されるに決まってるじゃない!」


 その通りだ。

 神と魔神のどっちが正しいかなんてまだ分からない。

 でも特命を受けた秘密部隊がその存在を知った者を見逃すか?

 答えはNOだ。


無我むがッ! 下位魔神をやれッ!」

「あいよ大将」


 無我むががにぃッと口角を上げ腰に佩いていた鞘から長剣を抜き放つ。

 嫌そうな口調とは裏腹に、その顔には喜色を湛えている。


「やれるもんならやってみなさいよッ!」


 ルージュは黒い刀で迎え撃つ構えを見せる。

 それを合図に、鬼神アフレイトも動き出す。

 目標はもちろん――俺だ。


「しゃあねぇ!」


 俺は覚悟を決めると刀を2本創り出し、両手で構えた。

 そこへひたひたと鬼神アフレイトが真正面から近づいてくる。

 そこに先程までの表情はない。


 感じるのは――余裕。


 クソがッ!

 舐めんじゃねぇ。

 俺が魔人化すればセピアが悲しむ。

 別にセピアが俺に気があるとかそんな思い上がった考えはない。

 だが――短い付き合いでも理解できる。

 セピアは実直で、情に厚くて、他者に寄り添える――そんな天使だ。


 今の俺が持っていないものを持ってる。

 

 負けてなどいられるかッ!


 結果的に魔人になるとしても……ただの神器セイクリッド・アームズ回収対象としてじゃなく、1人の人間に寄り添ってくれたセピアに報いる義務が俺にはあるッ!

 

 俺は心まで人間を辞める訳にはいかないんだよッ!

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