第35話 現実は厳しいね

「お、終わったのか……?」

「もう鬼はいませんね……でも保護対象を護れませんでした」


 セピアはみすみす鬼神アフレイトを見逃した天使たちに喰ってかかる。


「間に合ったのに何故、援護してくれなかったんです? 彼は保護対象ですよ?」

「保護対象? ……そうか、それであの部隊が近くに居たのか」

「……?」


 セピアの顔に疑問の色が浮かぶ。


「勘違いしているようだな。俺たちはバグ殲滅部隊ではない」

「どう言う意味――」

「行くぞ。撤収だ」


 セピアに皆まで言わせず、天使の1人が部隊に命令を下した。

 しかしそれに従わない者がいた。

 短髪黒髪の男だ。


「まだだ。まだ黒の心臓ブロークンがある」


 そして俺に剣を向け、構える。

 膨れ上がる殺気に俺が動けずにいると、不意にその男の上空から声がかけられる。


無我むが、今日はこれまでだ」

「セルリアン様……いいんスか?」


 声の主はセルリアンと言うらしい。


主天使ドミニオン……」


 セピアも何やらつぶやいている。

 セルリアンは地面に降り立つと、無我むがと呼ばれた男に向かって更に言葉をかける。


「そいつの黒の心臓ブロークンは、鬼神アフレイトに喰わせる。それに今戦うとこちらにも大きな被害が出るからな」


 勝手に話を進めないで欲しいもんだ。

 セルリアンは俺の目を鋭い目で射抜く。


「また会おう。人間よ」


 そう言うと天使たちは一斉にどこかへと消えていった。

 大きな圧力プレッシャーから解放されて俺は思わずその場に座り込んでしまった。


「ふぅぅぅ。何だったんだあいつらは」

「私にも分かりません。神器回収部隊でもバグ殲滅部隊でもない……?」


 セピアも知らない部隊なんてなんなのだろう。

 黒の心臓ブロークンに関わる天使のようだが。

 やはりあいつらがスカーレットの言う秘密部隊〈黒の夢サブスタ〉なのか?

 そう自問自答していると、意外なところから声が掛けられた。


「あれは、黒の心臓ブロークン漆黒結晶アテル・クリストの回収部隊だよ」


 突如かけられた言葉に、俺とセピアは思わず声がした方向に目をやる。

 そこには頬をポリポリとかくスカーレットとルージュがいた。


「ルージュ? それとスカーレットじゃないか」

「いつからそこに?」

「ずっと近くにいたよ。あいつらに襲われる可能性があったからな」


 襲われる……仲間なのに?

 やはり真実なのか?

 スカーレットもまた本当か嘘か分からないことを……。


「それにしても、さっき言ってたのってどう言う意味なんだ?」

「言葉の通りだ。以前にも話しただろう。マザーは奴らに命じて黒の心臓ブロークン漆黒結晶アテル・クリストを回収させている、と」

「やっぱり俺の身も危なかったのか?」

「そうだよ。お兄ちゃんの心臓は鬼に喰わせるって言ってたでしょ?」

「そんな……そんな……信じられません……」


 セピアは不信感は抱いているようだが、スカーレットの言葉にはまだまだ懐疑的なようだ。と言うより信じたくない気持ちが強いと言った方が正しいかも知れない。


「信じるも何もアイツらはる気満々だったでしょ」

「私たちの到着が遅れていれば君たちは殺されていただろうね」

「セピアもか!?」

「そうだ。奴らは秘密部隊だ。一般の天使にはその存在は知られていない。お前の同僚の天使たちも知らなかったじゃないか。近い内に襲われるぞ? 必ずな」


 その言葉にセピアは手を震わせながら声を張り上げた。


「し、信じられません。だいたい、何故、魔神デヴィルのあなたたちがそんなことを知っているんですかッ!?」

「決まっているだろう」


 決まっている?

 いったい何が決まっていると言うんだ?

 セピアも疑問に思っているようでスカーレットを真っ向から見つめている。

 スカーレットはそんな俺たちを真っ向から見つめ返す。


「私が元天使だからさ」

「ッ!?」

「堕……天使……?」


 セピアがかすれた声で問いただす。


「そうだ。第2次星間大戦ステラ・ウォーの時、秘密を知ってな」

「そんなまさか……」


 セピアは何か思うところがあるのか、青ざめた顔をしている。


「ってことはルージュとスカーレットのお陰で俺は今日殺されなかったんだな。助かったよ。ありがとう」

「いや、礼には及ばんさ」


 スカーレットが珍しく、相好を崩している。

 いつもは無愛想なのにな。

 俺がセピアの方を窺うと、彼女はまだ茫然自失といった感じで立ち尽くしていた。

 そりゃそうだろう。

 スカーレットの話が本当なら、増々信憑性が高まったんだからな。

 つってもその彼女の話が本当か?ってのが一番証明の難しいことなんだけどな。


「それじゃあ、ちゃっちゃと帰ろっか」


 ルージュが気楽な声でそう促してくるが、セピアを放っておく訳にもいかない。

 考えていることは分かる。

 自分の中でどんどんと高まって疑念に困惑しているんだろう。

 彼女の中では『まさか』、『そんなはずがない』と言う対極の思いが衝突し、それが葛藤を生み出しているんじゃないかと思う。


「セピア、いつまでもここに居てもどうにもならん。とにかく帰ってから考えよう」


 俺はその場から動けないセピアを何とかなだめて帰宅の途についた。



 ―――



 家に到着すると、ルージュが晩御飯を作り始めた。


 下ごしらえは済んでいるので大した時間もかからずにできあがるようだ。

 当然のようにスカーレットも俺の部屋でくつろいでいる。

 今はテレビの動物ときゃっきゃうふふする番組を見てニヤニヤしている。

 セピアもスーツから部屋着へ着替えると、俺の部屋へやってきた。


 先程の件もあってか表情が暗い。

 俺が部屋の中へ招き入れるとテーブルの横にちょこんと体育座りをする。

 辛気な顔をしているので、何とかしてやりたいところだ。


「セピア、取り敢えず1人で抱え込んでもどうにもならない。上司のバーミリオンさんも既に知ってしまったことだ。更に上の天使に介入してもらったらどうだ?」

「……もし……もし魔神デヴィルの言うことが真実ならクリムソン様の身に危険が及ぶかも知れないですし……」


 クリムソン――それがセピアたちの上位天使の名前か。

 やはり彼女の中の疑念が大きくなってきているようだ。

 うつむき加減に話すセピアに、俺がどうしたものかと考えを巡らせているとテレビから目を離さぬまま、スカーレットがこともなげに言った。


「そいつの上司がクロならば、粛清される可能性があるだろうな。そうならないためには、神器セイクリッド・アームズのことは諦めて阿久君を見捨てる選択をするしかないだろう。後は知らぬ存ぜぬで通すしかない。運が良ければ助かるだろうさ」

「スカーレット!」


 俺が声を少し荒げたのを聞いてスカーレットはこちらへ顔を向けると真剣な面持ちで言う。


「それが現実だ。末端の天使だけの考えで、漆黒結晶アテル・クリスト黒の心臓ブロークンを集めていると思うか? そんなはずはない。より上位の天使が裏にいると考えるのが自然だ」

「あの天使は主天使ドミニオンでした……。彼以上の上位天使がいると?」

「そうだ。それに以前も言っただろう? 黒幕は天使どころか神……マザーだぞ?」


 スカーレットの無慈悲な言葉にセピアが耳を塞いでうずくまる。


「阿久聖を護りたいなら上位天使にもきちんと話を通すんだな。戦力は多い方がいい」

「我々に同胞と戦えと?」

「その通りだ。あの天使の言い様だと、やはり優先順位は神器セイクリッド・アームズよりも黒の心臓ブロークン……漆黒結晶アテル・クリストの方が高いと見ていいだろう。お前たち神器回収部隊に残された選択肢は2つ。神器セイクリッド・アームズを……阿久君を見捨てるか、マザーを裏切るかだ。」


 セピアの顔に苦悩の色がありありと表れていた。

 俺は別にそこまで生への執着がある訳ではなかった。

 だが最近になってセピアやルージュと交流するうちに死ぬのが少しだけ怖くなったような気がしている。


 俺に出来ることはなんなのか?

 脳裏にセピアのはにかんだ笑顔がよぎる。

 このままだとセピアはマザーに叛逆する事になってしまうかも知れない。

 だとしたら俺に出来る事は――


「……セピア、神器セイクリッド・アームズのことは諦めろ。やっぱり俺は魔人まじんになった方がいいのかも知れない」


 そう言うとセピアはガバッと顔を上げて俺を真っ向から見つめてくる。

 俺が魔人になれば、狙われるのは俺だけのはずだ。

 俺の言葉の中に覚悟を見たのだろう。セピアは泣きそうな顔になった。


「私は先輩と戦いたくありません」

「俺だってそうだ。だけどドラッグの件に神様が絡んでるって証拠はない。せっかく教えてくれたスカーレットには悪いけどな。セピアが神様のことを信じたいのならそうするのがいいと思う。それにセルリアンたちは秘密裏に動いている組織だろう? そんなヤツらの戦いに正規の組織であるセピアたちが介入する必要なんてないだろう?」

「そんな考えが通用するでしょうか……?」


 その疑問に答えたのは、俺ではなくスカーレットであった。


「セルリアンは鬼神アフレイトと言っていたな。そいつに阿久君の黒の心臓ブロークンを喰わせた後、その漆黒結晶アテル・クリストを回収するつもりだろう。よって魔人となった彼と戦うなんてことにはならんだろう」

「わざわざ鬼神アフレイトに喰わせた後に回収するのはやっぱり……」

「それは何度も話した通りだ。黒の心臓ブロークン漆黒結晶アテル・クリストを核に持つ鬼を経由した方が黒子力ダルクがより高まって喰った時の快楽が大きくなるからだろう」


 セピアはまだ心の中で葛藤しているのだろう。

 表情が硬い。

 そういう俺も本当に魔人にならなければならないかまだ迷っていた。


「お兄ちゃんは、あたしたちが護るから安心して傍観ぼうかんしてなさいな」


 ルージュの言葉にセピアは悔しそうに顔をしかめた。


「スカーレット、俺が魔人になったとしたら誰の配下になるんですか?」

「私とルージュの寄り親である、最上級魔神のローシェンナ様が良いだろうな。まぁ、我々は魔神デヴィルの中でも穏健派だから、そう易々と天使と戦いになることはないだろうよ。それが神器回収部隊であるなら尚更だ」


 スカーレットの言い様に俺は少し驚いた。

 彼女の言葉にセピアに対する気遣いのようなものが感じられたから。

 この短期間の交流によって、ほんのわずかだろうが天使と魔神の双方に友愛が育まれたことに俺は胸が温かくなるのを感じていた。


 部屋を支配するしばしの沈黙。


 ルージュはご飯の準備の続きをするべく冷蔵庫を物色し始めた。

 スカーレットもテレビに目を向けるが、何かを思い出したかのように俺の方に向き直ると、問いかける。

「それで、君が魔人になるのはいつにする?」

「そうだな。せいぜい足掻あがいてみた後に決めるよ。魔人化は時間がかかるもんなのかい?」


「そうか……だが君の決断が速ければ速いほど、彼女に危険が及ぶ可能性は少なくなる。本当はすぐにでも君たちを切り離した方が良いと言うことを忘れるな……。魔人化に関しては魔人の素質がある者を神人化するのは少々手間だが、膨大な黒子力ダルク黒子回路ダークラインを持つ君を魔人化するのは簡単だ。今ある霊的エネルギーを反転させてやるだけで良い。まぁそれで上手くいかなかったら一旦、彼女に君の魂を解放してもらってから魔人化する流れになるだろうがな。現在、神人である君の意志に反して無理やり魔人化すると、精神や黒子回路ダークラインなんかに悪影響が出る恐れがある。できれば君の決断を待ってすんなりと魔人化を受け入れられる状況を作って欲しいものだ」


 スカーレットは目でセピアを指しながら言った。


「私が先輩の魂を解放すれば、先輩はただの人間に戻ります」


 セピアはそれに気付いたのか、情報を補足する。


「そうか……。その時が来たら頼む」


 俺がそう言うと、セピアはどこか悲しそうな表情でコクリと頷いた。

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