第22話 神魔ノ情勢ハ複雑怪奇ナリ

 気がついて目を薄らと開くと、目の前にはルージュが心配そうな顔で俺の顔を覗き込んでいた。


「あ、起きたね。もうお昼だよ。おかゆ作ったから食べて」


 そう言われてまだ少し気怠い上半身をルージュに手伝ってもらって起こす。

 お盆に乗せられた土鍋とレンゲに手を伸ばすと、ルージュがニコやかな笑みを浮かべてスッとお盆をズラした。


「?」


 喰えと言うのにどう言うことなの……。

 何? これがホントの天罰なんか?


 そんなことを考えながら、再び手を伸ばすも土鍋に届くことはない。


「えっと……」


 戸惑う俺を傍目はためにルージュはレンゲを手に取ると、お粥をすくう。

 まさか、アレが来ると言うのか……?


「はい。あーーーーん」


「……自分で食べられるんだが」

「何? 天使の世話は受けても従妹いとこの愛は受けられないっての!?」

「いや、セピアに世話してもらった覚えはないんだが!?」


 まぁ確かに鬼からは護ってもらっているんだけどな。

 でもあれとこれとは、ちーがーうーでーしょー違うでしょ!!


「お兄ちゃん、大人しくお縄につきなさい」


 動くに動けない俺の体に馬乗りになるルージュ。

 その顔は天使のような悪魔の笑顔であった。

 魔神デヴィルだけど。


「はい。あーーーーーん」


 ここに至っては是非もなし。

 気恥ずかしいが、普段世話になっているのは確定的に明らかだ。

 俺は仕方なく、巣で親ツバメの帰りを待つの雛のように口を開いた。


 ベッドの上でルージュにどう切り出そうかを考えながらお粥を口に運ぶ。


「あちッ!」


 口をつけたレンゲの上からおかゆが零れ落ち、布団を汚す。


「あ、ごめんね。熱かったよね」


 ルージュは思い至らなかったことを謝って、零れ落ちて汚れた布団を拭いている。

 そして今度は、フーフーと冷ましてから俺の口元へレンゲを運んだ。


「すまんな……」

「いいってことよ」


 何度も口にお粥を運んでもらい、俺はひたすら食べ続けていた。

 風邪のせいか味覚が少しバカになっているが、それでも美味い。

 こんな家庭的な魔神デヴィルがいるなんて世も末だな。


「ほら、これも飲んで」


 心配そうな顔を覗かせながらルージュはポカリを差し出した。

 受け取って一気にそれをあおる。

 寝て汗をかいたせいもあるのか、その冷たい感覚が心地良い。

 乾いていた喉に、体に水分が行き渡るようだ。


 それからしばらく沈黙が部屋を支配する。

 そうなると聞こえるのは、雨が屋根に当たる音だけだ。

 今更ながらに今日は雨が降っているのかと、ぼんやり考える。


 沈黙の中に混じる自然の雨音。

 そこには精神的な苦痛などこれっぽっちも存在しない。

 ルージュが来てまだそれほどでもないが、彼女は既に俺の部屋にとってなくてはならない存在になっていたのだ。それほどに馴染んでいたことに気付かされる。


 思えば、ルージュは最初から一貫して友好的な態度を崩していない。

 例え、そこに打算があったとしても、だ。

 俺の中には、たぶん巻き込まれただけの被害者だと言う思いがずっとあったんだろう。

 セピアと出会い、狙われる理由を知り、半ば強引ながらも自分の意志で神人しんじんにもなった。

 自分でしているつもりだった。


 1次ソースを見ろ。真実を疑え。

 なんて言ったところで、俺たちへ流れてくる頃には情報は加工され、余計な物が添付されてくるもんだ。

 それに俺はルージュの話をまともに聞いていない。


 俺はルージュと向き合わなければならない――


「なぁ、ルージュ。教えてくれないか? 何で神、天使と魔神デヴィルは敵対しているんだ? そしてどうして黒の心臓ブロークンなんてものがあって、それを鬼が喰おうとするんだ?」

「……そんなに一度にたくさん聞かれても覚えられないよ」


 ルージュの態度はどこか神妙だ。


「そうだな。じゃあ、まず天使と魔神デヴィルが敵対している理由を聞こうか」

「待って。たぶん、あたしが説明するよりも適任がいるから……あたしの上司を呼んでもいい?」

「え? まぁいいけど」


 その返事を聞いてルージュはスマホを取り出した。

 どこかへ連絡を入れるようだ。

 連絡手段がスマホなのは天使も魔神デヴィルも一緒なんか……。


 そしてルージュは通話を終えると、何やらぶつぶつと呟き始めた。


転移門クーロンズ


 すると、彼女の隣に漆黒の闇のような空間が出現した。

 俺がまじまじとそれを眺めているとしばらくして闇の中から1人の人物が姿を現した。


「お疲れ様です。スカーレット様」


 その人物は黒スーツ姿で赤いショートの髪をオールバックにしている。紅の大きな瞳が印象的な格好の良い感じの女性だった。

 彼女はルージュと俺の顔を交互に眺めると、おもむろに口を開いた。


「ルージュと……君が阿久聖か……」


「突然お呼びたてして申し訳ございません。阿久聖から我々のことについて質問を受けまして……詳しい話をお聞かせ願えますでしょうか?」


 ルージュがかしこまった言葉を使っているのを聞いて少し面白かったが、なんとなく雰囲気がシリアスだったので空気を読んでおく。


「構わん。テレビを見ながらカップラーメンを食べていただけだしな」


 何言ってんだこいつ……。

 俺はこんな上司で大丈夫か?と不安が頭をよぎる。

 さっきの覚悟が霧散しそうだ。


 スカーレットと呼ばれた女性は俺がジーッと自分を見ている事に気づいたのか俺の方に顔を向けると、自己紹介を始めた。


「私の名はスカーレットと言う。ルージュの直属の上司にあたる上位魔神だ」


 そしてソファに腰かけると、足を組みつつ言葉を続けた。


「安心しろ。私は人間社会に精通している。この国では、家の中は土足厳禁なんだろう……」


 心なしかドヤ顔をしているように感じる。

 ひょっとして魔神デヴィルって皆、天然なのかな?

 俺がスカーレットを胡乱うろんな目で見つめていると、それに気付いたルージュが全力でよいしょを始めた。


「スカーレット様、流石です」


 その言葉に満足したのか、スカーレットはフフンと鼻を鳴らす。


「それで何が聞きたい? 人間よ」


 俺は先程、ルージュにした質問をスカーレットに対して繰り返した。

 すると彼女はため息を1つつくとポツポツと語り始めた。


「かつて無が存在した。そして永遠にも近い時が経過し、それは膨張を開始した。そしてそれは宇宙になった。いくつもの銀河系が誕生し、次々と星々が生まれた。もちろん、それは自然に発生したものではなく創造主がいた。それが無すら支配する絶対神ガドゥだ。彼は星々を治めるために様々な下位神を創造し星に配置した。そして再び悠久の時を経た時、宇宙を揺るがす事変が起こった。とある神が絶対神ガドゥ弑逆しいぎゃくしたのだ。そして絶対神ガドゥを失った宇宙は戦乱のときを迎えた。それが今で言う第1次星間大戦ステラ・ウォーだ。その大戦の勝者が現在の天使勢力を率いる弑逆神しいぎゃくしんでマザーと呼ばれている。そして敗者が我々、魔神デヴィルと呼ばれる存在だな。絶対神ガドゥが滅びて以来、マザーは我々を悪と断罪し、魔神デヴィルを圧迫し続けている。そして現在も我々は生き残りをかけて争い続けているのだ」


 今の神は絶対唯一の存在ではないと言うことか。

 魔神デヴィルもそれに抵抗しているだけ、と……。

 ってことは叛逆者ってぇのとは明らかに違うな。


「人間はいったいどういう存在なんですか?」

「人間はマザー絶対神ガドゥの真似事をして創造した存在に過ぎない。霊的に祝福され、光子回路ルークラインを持ち光子力ルメスに満ち溢れたマザー現身うつしみだ」


「そんな神に近い人間が何故、黒の心臓ブロークンと呼ばれるものを持っているんです?」

「それに関しては不明だ。ある時、それを持った人間が現れ始めたのだ。そして、それを喰うバグが世界に跋扈ばっこし始めた。ほぼ同時期にな」


 同時期だと……?

 どこか都合が良い話だ。


「あなたたちからしたら、悪はマザーや天使なんですね」

「その通りだ」


 俺だっていい歳をした大人だ。

 正義や悪なんて立場や状況で簡単に入れ替わることくらい理解している。

 正義に幻想を抱いている訳でもないし、悪を絶対のものと決めつけるつもりもない。


 しかし何だってこんな時にセピアのはにかんだ笑顔がチラつくのか。

 いや、俺は理解している。

 俺はセピアと言う天使に惹かれているのだ。

 信じるか信じないかは別として、魔神デヴィル側の言い分に耳を傾けるなら、両者の言うことは真っ向から対立することになる。

 セピアが信じていることが嘘にまみれている可能性がある現実に拒絶反応を起こしているんだろう。


魔神デヴィルはこの世界をどうしたいんですか?」

「我々の目的は魔神デヴィルと呼ばれる神々の正義を証明する事だけだ。そのためにマザーを滅ぼして絶対神ガドゥの仇を討ち、宇宙の覇権を握る」


 その言葉を聞いて黙ってしまった俺の目を真っ向から射抜くスカーレット。


「出来れば、君には魔人まじんとなって力を貸して欲しい」

「俺には、どっちの言うことが正しくて、真実なのかなんて分からない……」


「当然だろうな。今すぐとは言わない。じっくり見極めて欲しい」

「……分かりました」


「君の安全を担保するためにもルージュは引き続き傍に置いて欲しい。敵は天使だけじゃないからな」


 スカーレットはそう意味深な言葉を告げて去って行った。

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