第23話 会社で魔人に襲われたんだが?

 俺が上位魔神であるスカーレットと会ってから数週間の時が流れた。


 その間にも会社の地獄の如き仕事量をこなしつつ、何とか平穏な日々を過ごしていた。

 まぁ、何度か鬼の襲撃があったんだけど。

 それって平穏とは程遠いか。

 なんてことを考えていると、隣の席に座るセピアに声をかけられた。


「先輩、聞いてますか?」

「あ、ごめんごめん。なんだっけ?」

「新型の筐体きょうたいのテストですけど、最後まで終わりました」


 俺は、受け取ったテスト仕様書を確認しつつ、時計に目をやった。

 もう既に夜の20時を回っている。

 と言っても社内にはまだ人が多い。

 どうしてこんなに仕事量が多いんだろうな。

 慣れたこととは言え、ため息が出るわ。


 俺はオフィスから出て自販機コーナーまで行くと、小銭入れから硬貨を取り出して投入する。選ぶのはコーヒー一択である。

 コーヒーの栓を開けると小気味よい音がして、独特の香りが鼻をつく。

 喉が渇いていたので、缶に口をつけると一気に傾けた。

 そして飲み終わった空き缶をゴミ箱に捨てると、再び自販機に向き直った。

 セピアにも買ってやりたいが何がいいか。

 やっぱり甘いヤツかな?なんて事を考えていると、不意に空間が歪んだ。

 周囲がセピア色に染まる。


 ――鬼か。


 俺は思わず舌打ちしていた。

 社内で鬼が出るのは初めてだ。

 つっても、むしろ今まで会社に鬼が出てこなかった方がおかしいんだが?

 これだけのブラック企業なんだから、俺以外にも黒の心臓ブロークン持ちがいたって不思議じゃあない。鬼が出るのは今更感がある。


 霊的エネルギーの高まりを感じた方を向くと、暗い廊下の先から大きな手が見えた。突き当りの暗がりから姿を現したのは虚無きょむであった。

 俺はそれほど焦ることもなく神人化すると、刀を具現化し始める。

 何故、剣じゃなくて刀なのか。

 そりゃ格好いいからに決まっている。

 なーんて、それも事実なんだが、俺がイメージし易いって理由も大きい。

 実は俺も結構な厨二病なのかもな。


 俺の手の平から刀身がじょじょに出現してくる。


 おし。先手必勝!


 俺は廊下を走って一気に虚無きょむとの間合いを詰めると、上段から剣を振るう。

 その一撃は虚無きょむの右腕を斬り飛ばし黒い塵と化した。

 それに激昂した虚無きょむは残った大きな左手で俺の体を掴もうとしてくる。


 しかし、遅い。


 俺は難なくそれをかわすと、すれ違いざまに腹を薙ぎ、背後に回って首を刎ねた。

 虚無きょむは首と脇腹からドス黒い血を噴出させて絶命し、その体を塵に変えた。

 

 これで1体。


 今回はかなり上手く仕留めることができた。

 実戦経験を積んで俺は、それなりに鬼と渡り合えるようになっていたみたいだ。


 セピア色の結界が解けない。

 まだ鬼がどこかにいるのかも知れない。


 セピアから聞いた話によれば、この空間は次元の狭間らしい。

 現実世界から僅かに位相がズレた世界と言うことだ。


 ちなみに俺が結界を張った訳ではない。


 そこも解せないのだが――


 俺は廊下の突き当たりまで移動すると、左側の廊下を確認する。

 何故か蛍光灯が切れていて不規則な明滅を繰り返していた。


 別に暗闇でも問題はない。

 神人しんじんになって色々と身体能力が向上しているので、闇の中でも敵を視認することができる。


 俺の目は、廊下をコツコツと高い音を立てて歩いてくる一人の影を捉えた。

 捉えたと言っても、すごい速度で近づいて来る訳でもなく、ゆっくりとしたペースでこちらに歩み寄ってくる。


 なんだこの気配は。

 鬼とは違う?


「何者だッ?」


 俺の問いにそいつはその場に立ち止まった。

 パーカーのフードをかぶっているようで、顔が良く見えない。


「こいつは聞いた通り、凄まじい力だな」


 少し高い声色。

 そいつは俺の問いかけに答えることもせずに何か勝手なことをつぶやくと、腰に佩いていた刀に手をかける。


橘刹那たちばな せつな……してまいる!」


 その瞬間、凄まじいまでの速度で俺との間合いを詰めると一気に刀を抜き放った。


 抜刀術かッ!


 あまりの速度に俺は直感的に、かわしきることを諦める。


 肉を斬らせて骨を断つ!


 自分の刀を体と橘刹那の刀の間に辛うじて差し込む。

 何とかその勢いを弱めると、軌道が変わって俺の脇腹が薙ぎ斬られる。

 俺は鋭い痛みに襲われながらも左手に具現化した刀を橘刹那に叩きつけた。


 ダメージを与えるはずだったその一撃は、彼女の返す刀に大きく弾かれて刀身の部分が床に転がった。武器を奪われた俺は、両手に持っていた折れた刀を捨てて、握りこぶしをつくると、セピアに教えてもらった通りに光子力ルメスを拳に乗せて、敵の顔面目がけてストレートを放つ。


 その一撃をあっさりとかわし、橘刹那は刀の柄で俺の腹を痛打した。

 脇腹から血を撒き散らしながら吹っ飛ばされる俺。

 神人しんじんになったことで多少は光子力ルメスが増えたが、あくまでも俺が持つ膨大な力は黒子力ダルクである。

 攻撃がヒットしていてもダメージを与えられたかは分からない。


「殺しはしない。お前はバーガンディー様の力となるのだから」


 聞いたことのない名前である。

 俺は右手で左脇腹の傷を抑えつつ、立ち上がろうともがくが、思ったよりも傷が深いようで力がうまく入らない。


「悪りぃな……鬼なんかに喰われる訳にはいかねぇんだ」


 俺は片膝をついて何とか体を起こそうとする。


「はッ! 鬼などに喰わせるものか」


 その時、背後で霊的エネルギーが膨れ上がるのを感じる。

 この感じはセピアだ。


「貴様ァァァァッ! 先輩に何をしたァァァァ!」

「なるほど、天使の勢力下にいるのは本当だったのか。道理で力を上手く使えない訳だ」


 セピアが俺の前に立ちふさがる。

 顔は見えないが、先程の言葉から激昂しているだろう事は容易に想像がついた。


「そう言う貴様は魔人まじんかッ! 鬼だろうが魔人だろうが関係ない。敵は葬るッ!」


 魔人?

 魔人が何故俺を襲う?

 ルージュたちとは違う派閥か何かか?


 間合いを測りつつ、剣を構えるセピアに対して、橘刹那は刀を鞘に納めると、再び柄に手をかけて居合斬りの体勢に入る。

 すぐにでも飛びかかりそうな調子だったセピアだったが、橘刹那の構えに隙を見い出せないのか、中々動こうとしない。

 しばらく時が止まったかのような錯覚が俺を襲う。

 俺はセピアに教わった方法で傷の回復を図っていた。神人しんじんでもある程度の超再生能力があるのだ。俺が回復する時間を稼いでいるのかと思ったその時、セピアの光子力ルメスが膨れ上がった。


【大いなるマザーよ。天にまします我らの神よ。しもべたる我らの歌を聞き届け、邪悪を打ち滅ぼす力となせ! 聖歌絶唱チャンテ・ヴォイド


 セピアの咆哮で神聖なエネルギーの波動が橘刹那に向けて発射される。

 その光の奔流の後ろから彼女は間合いを詰めていく。


「チッ!」


 橘刹那は舌打ちを一つしたかと思うと抜刀して光の奔流を斬り裂いた。

 そこへセピアの突きが襲い掛かる。


 ――狙いは心臓


 橘刹那はその突きを紙一重でかわした。

 剣先がかすったようだが、彼女が着ているパーカーを少し斬り裂いた程度のようだ。舞うように空中でくるりと回転すると、セピアに向かって斬りつける。

 セピアはその一撃を受け止めると、鍔迫り合いに持ち込んで力でぐいぐいと押し込んでいく。どうやら力ではセピアの方に分があるようだ。

 しかし押されている橘刹那の口元が歪んだ笑みに変わる。


【禁断の果実を糧にうごめく蛇の化身よ、その力をもてを縛れッ! 禁蛇呪縛ゼスト・アーミア


 その瞬間、彼女の背中から黒い触手のようなものが伸びてきてセピアに迫る。

 セピアは舌打ちをして、間合いを取ると迫り来る触手をぶった斬る。

 しかし全てを防ぐことはできなかったようで、セピアの体が縛められる。そしてその中の一本がセピアの左腕を貫き絡みついた。


 端整なセピアの顔が苦痛に歪む。

 慌ててその触手を体から発した光子力ルメスで消滅させるが、その眼前には既に橘刹那が迫ってきていた。


 セピアは自由の利かない中、辛うじて橘刹那の一撃を受け止める。

 更に体に絡みついた縛めを光子力ルメスで消滅させると、再び両者の剣と刀が火花を散らす。


 五合、十合と打ち合う内にセピアの顔に焦躁の色が見え始める。

 どうやら技量では橘刹那の方に分があるようだ。

 セピアはどんどん後方へと追いやられていく。

 無表情でセピアを追いつめていく橘刹那。


「やられないッ! 先輩を護ることが私の使命なんだからぁぁぁ!」


 セピアはそう叫びながら光子力ルメスを付与した剣で周囲を薙ぎ払った。

 周囲に飛んだ斬撃は壁を傷つけ、橘刹那にも迫る。


「ハァッ!!」


 しかし橘刹那は僅かに見える口元を吊り上げて、気合一閃、飛び来る斬撃を刀で斬り伏せる。その動きからは余裕が感じられる。

 斬撃の余波があちこちに突き刺さり、壁にあたった斬撃は易々と壁を破壊した。


 ――好機


 傷はほぼ回復した。

 橘刹那の着地の瞬間を狙って、俺は大きく飛んで間合いを詰めると上段から斬りつける。しかし攻撃は余裕で見切られた上、刀の軌道が俺の方へと向きを変えた。


 カウンターが来るッ!


 俺は痛みが来るのを覚悟して光子力ルメスを増幅して纏い、防御体制に入った。


 カツン。


 地面に高い音が響く。

 いつまで経っても訪れない痛みに、ガードを下げ顔を上げると、橘刹那は俺とセピアから大きく間合いを取って後方に下がっていた。


「チッ……ここまでか」


 もうもうと煙が立ち込める中、橘刹那はそう言い捨てると、どこかへ消えて行った。


 何で優位な状況で引いたんだ?

 何故ヤツが退いたのか疑問に思っていると、突如、背後から声をかけられた。


「無事か?」


 思わずビクリと体を震わせる俺。

 ビビった……。

 いつからいたんだよ。


「バーミリオン様、ありがとうございます」


 どうやらセピアの上位天使であるバーミリオンが援軍に来たので不利を悟って撤退したようだ。セピアがバーミリオンと話をしている中、俺は斬られた脇腹の調子を確認していた。既に傷は塞がっているようで、動いても痛みはない。


 本当に超再生はすごい。

 そう感心する一方で、度重なる戦いを思い出すにつけ俺は不安になった。

 今のような戦いをしていればいつか必ず、再生が間に合わない程のダメージを負ってしまうのは間違いない。

 俺が今できる戦い方は肉弾戦だけだ。

 このままじゃ神人になった意味がない。

 足手まといのままだ。


 何とか打開策はないものかと頭を悩ませていると、セピアが近づいてきた。


「どうかしましたか? 先輩」

「ん……ああ、今の俺の戦闘スタイルじゃ、ジリ貧だなと思ってな……」


 俺の独り言にも似たセリフを聞いてセピアは少し考えた後、口を開く。


神術しんじゅつ……。先輩が神術を使うことができれば戦術の幅も広がるかも……」

「神術? 魔法みたいなもんか? それってどうやれば使えるようになるんだ?」

「魔法? ああ、人間はそう呼んでいるんですね。天使が起こす奇跡を神術と言うんです。ちなみに魔人共は魔術を使います」


 ふーん。

 神術と魔術って何が違うんだ?

 呼び方だけかな?


「私たち天使の魂は天界ヘヴンの『白の黙示録ア・ル・アポクリプシス』と連結しています。そしてその中心核はマザーが世界のことわりを定めて創りたもうたもの……。つまりマザーの叡智が詰まっているのです。私たちはそれにアクセスすることで神術を理解し、詠唱をそらんじることができるんです。先輩ももう神人しんじんになったのでアクセス可能なはずです」


 俺はそれがどういう仕組みなのかその理とやらに興味がわいたが、理解できる気がしなかったので、それ以上の質問はやめておいた。


 要はデータベースとかクラウドなんかにアクセスして目的のものをダウンロードするってとこか?

 俺は自分なりの解釈をしておく。


 感覚の掴み方なんかは帰りにでもセピアに教えてもらおう。


 そんなことを考えていると、自然に結界が解かれ世界は色を取り戻した。

 結界は橘刹那が張ったんだろうな。

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