第21話 阿久くんなら今、あたしの隣で寝てるよ

 目が覚めると体が鉛のように重く、だるさが半端なかった。

 それに何だかフラフラして足下が覚束ない。


 俺は身体に関して言えば、健康面には自信がある方だ。

 小中高ともに風邪で休んだことなどなかったし、現在の会社に入社してからも風邪や怪我なんかでは休んだ試しがない。

 そんなだから、俺はまさか自分が風邪をひいたなんてことは微塵も思わなかったし、会社にも普通に行くつもりで朝食の準備をしようとした。そんな俺をルージュは不審に思ったのか、手を俺のひたいに当てようと手を伸ばしてくる。


 俺はその手を振り払うと、キッチンの方へ向かう。

 その後を彼女はついてきて、強引に俺を振り向かせて真っ向から見つめると、再び俺のひたいに手をやった。


 なんだよ。魔神デヴィルのくせにそんな心配したような目で俺を見るなよ。


「お兄ちゃん、熱あるよ。今日は仕事休んだ方がいいよ!」

「ん? 俺は万年健康人間だぞ? 熱なんかあったことない」


「熱がなかったら人間じゃないよ」

「そう言う揚げ足取りをするんじゃない」

「ね? 休んだ方がいいって!」

「俺が行かなきゃ仕事が回らないだろ。会社に迷惑がかかる……」


 実のところ、躁鬱状態でお薬のお世話になっていてアッパーダウナーを繰り返す俺は、朝起きて会社に行くのが猛烈に辛い。つまり朝はかなりのサゲ状態ってな訳だ。


 ただの社畜だと思った?

 残念! 病み属性も持ってました!

 やったね!


 そんな態度の俺に業を煮やしたのか、ルージュは俺の胸辺りに手を置くと、何やらブツブツとつぶやき始めた。


「なにを……」


 批難の声を上げかけた俺の言葉は最後まで口から出る事はなかった。

 俺の体は急にその動きを止める。

 そんな俺をルージュはお姫様だっこしてベッドまで運ぶと、静かに横たわらせた。


「はい。今日はお休みね。休むことはあの天使に言っておくから大丈夫だよ」


 何も言えない俺に一方的に宣言すると、彼女は俺に布団をかけてキッチンの方へ歩いて行った。ルージュが来てからベッドは彼女が使い、俺はソファで寝ていたので、久しぶりのベッドの感触だ。しかも、なんだかいい匂いがする。もしかしなくても彼女のうつだろう。


 風呂で使っているシャンプーやボディーソープは俺が使っているものと同じなのに、何でこんなに良い香りがするのだろう。

 いい歳して何考えてんだ。

 弱ってる時ってこんなもんなのか……。

 ゆーて精神的な回復はもう見込めないんだけどな。

 あの手のもんは回復なんて無理な話で、如何いかに抑えるか、上手く付き合うかでしかない。


 ルージュはそんな俺の心の内を知ってか知らずか、傍まで来ると、お茶を口に含ませてくれた。


「後から、ポカリでも買ってくるよ」


 マグカップをテーブルに置くとルージュはこともなげにそう言った。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。もちろん来たのはセピアだろう。

 俺が出てこないものだから心配してくれたに違いない。

 ルージュが玄関に走っていくと、ドアを開ける音が聞えた。

 当然、2人の会話も聞こえてくる。


「先輩はどこ?」

「お兄ちゃんは今日はお休みです。残念でした」


「もう一度言うわ。魔神デヴィル。先輩はどこ?」

「お兄ちゃんならベッドで寝てるよ。風邪で熱があるから今日はお休み」


「先輩に何をしたの?」

「何もしてないわ。しつこいわよ。この天使!」


「信用できない。先輩に会わせなさい」

「ホンットしつこい!」


 声しか聞こえないので確認できないが、玄関の方で霊的エネルギーが爆発的に増加する。


 キレたな。二人とも。


「表に出なさいッ!」

「いいわね。アンタには1回ガツンと言ってやろうと思ってたのよ。この石頭天使!」


 その後、ドアが閉まる音が聞えた。

 あいつら本当に仲悪いな。

 まぁ、敵対勢力同士だから仕方ないんだろうけど。

 と言っても、良く考えたら俺はまだまだ何も知らないんだよな。

 今のところ、俺が直面している状況については、セピアとその上司のバーミリオン、ヴィオレさんと熾天使セラフフォグブルーの言葉でしか聞いた事がないのだ。バーミリオンが魔神デヴィルは神への叛逆者だって言ってたな。しかも仇敵とまで言っていたはずだ。天使をしてそこまで言わしめるなんていったい過去に何があったのだろうか?


 それにバーミリオンのあの歪んだ顔が忘れられないんだよ。

 星間大戦ステラ・ウォーってのもあったみたいだし、ズケズケと質問しまくるのも悪いかと思って、会話の中から何となく察する程度だ。


 早いとこルージュからも聞いておいた方がよさそうだ。

 片方からの情報だけじゃフェアじゃない。


 そんなことを考えているた俺だったが、いつの間にか意識が沈殿していく感覚に襲われ、深い闇の中へと落ちて行った。

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