第16話 俺YOEEEEEE

 気を取り直して剣を握って感触を確かめた俺は、辺りの鬼に気を向ける。

 俺の方に1体の羅刹らせつが地面スレスレを飛翔して向かってくるのが見えた。


 羅刹らせつに接近された俺は生まれて初めて剣を振るう。

 近接戦闘なんてやってのける自信はないが、セピアの銃のようなものがある訳でもないので仕方がない。近い内にイメージを練る訓練をする必要がありそうだ。


 とにかく斬り掛かった俺であったが、羅刹らせつは易々と俺の剣筋を見極めると、余裕を持ってかわしつつ、こちらへ手を向けてエネルギーの塊のようなものを放ってきた。

 それを土壇場どたんば瀬戸際せとぎわがけっぷちの紙一重でかわして剣先を向けると、俺は羅刹らせつに向かって再度、突撃をかます。


「喰らいやがれッ!」


 手に伝わってくる、今まで味わったことのない感触――


 俺の剣は羅刹らせつの脇腹を深々と刺し貫いていた。

 苦痛に顔を歪め、暴れはじめる羅刹らせつに俺は空中で振り回される。

 あまりの暴れっぷりに振り払われないように必死に剣を持つ手に力を込める。

 しかしそんな抵抗も虚しく剣から手が離れ、大きく弾きとばされてしまった。


 空中で体勢を立て直そうとするが、自分の体が制御できない。

 そんな器用な真似できるもんかよ。

 それでも何とか地面に降り立ったところへ、脇腹から剣を生やした羅刹らせつがこちらへまっすぐ突っ込んでくる。


 マズい。武器がない。


 俺は少し焦ったが、ダメ元で再び剣をイメージしてみる。

 すると、自分の手に剣が握られた状態で出現した。


 ――これ無限に創れるんか!?


 どこぞの英霊かよと思いつつも顔を上げると、既に目の前には先程の羅刹らせつが迫っていた。


 刺突は駄目だ。


 羅刹らせつの攻撃をギリギリのところでかわすと、咄嗟の判断で俺は剣を一閃する。

 その一撃が羅刹らせつの腹を斬り裂く。

 ぐらりと体勢を傾けるが、まだその目は力を失っていない。


 こいつ、なんつータフさだ。

 俺は心の中で独り言ちると、新たに作成した剣を構え突進する。

 相手は手負いだ。


 何とかなるだろ……何とかなるよね? 何とかなってくれ!(三段活用)


 しかし、そうは問屋が卸さなかった。

 俺の剣は羅刹らせつに軽く弾かれ、逆に怒涛どとうの反撃を受ける。


 くそがッ! 羅刹らせつTUEEEEEEEE強ええええええええ


 倒すどころか、傷つけることさえできずに俺はどんどん押されていく。

 ジリジリと押されるのではなく、それはもうあっさりと拍子抜けするくらいに追い込まれていくのだ。


 追いつめられた俺の体はもう傷だらけでスーツもボロボロになってしまった。

 くそッ! お気に入りのスーツだったのに!

 こんなことを考えるなんて、まだまだ余裕があるってなもんだ。

 クソがッ……真面目にやれよ俺! 

 足手まといは御免だぜ。


 俺は羅刹らせつから距離を取ると、槍を創り出した。

 槍投げの要領で撃ち落としちゃる!

 出来た槍を右手に持つと力を込めて思いっきりぶん投げる。

 咄嗟に思いついた投擲とうてきによる攻撃であったが、意外にも大砲から射出される砲弾のように勢いよくアーチをかけて飛んでいく。

 威力もありそうな感じだ。

 しかし、一筋の光となった槍すらも羅刹らせつは軽々と見切ってかわしている。

 俺は次々と槍を創り出しては何度も何度も投擲とうてきする。

 そんな事を繰り返しているうちに、俺の心に混じり始めたのは――


 焦燥。


 近接戦闘でも敵わない。

 遠距離からの攻撃も軽くかわされる。

 俺は悟った。

 どう足掻いても羅刹らせつには勝てない。


 ならば強い相手とは戦わずに弱いヤツを相手にしよう。

 でもそれでセピアの役に立っていると言えるのか?


 しかし手詰まりだ。

 まずはしつこいこの羅刹らせつをどうしようか。

 そう回らない頭を必死で働かせようとしていると、セピアが近づく羅刹らせつの背後に回り込み、あれよあれよと言ううちに、あっさりとその首を刎ね飛ばす。

 

 その一撃に羅刹らせつは力を失って大地に倒れ伏した。


「先輩ッ! 頭を潰すか漆黒結晶アテル・クリストのある心臓を狙ってくださいッ!」

「承知したッ! でも俺には羅刹らせつすら倒せんのだが……」


「先輩は虚無きょむ般若はんにゃの相手をしてください!」


 セピアはそう言うと、近くにいる羅刹とは異なる風貌をした鬼を指差した。


「先輩はそこの虚無きょむ般若はんにゃを倒してくださいッ! 羅刹は私がりますッ!」


 彼女が言うには、能面の般若の顔をした小柄な鬼が般若はんにゃで、手には日本刀のような武器を持っている。

 

 セピアが羅刹らせつの方に向かうのを確認した俺は、言われた通りにこちらへ向かってくる般若に槍を投擲する。

 何度も投げつけるうちにコツがつかめたのか、命中精度が上がっているように感じる。まだ距離があるうちは避けられていたが、5メートル程度まで接近された般若はんにゃには見事命中した。


 槍がその体に風穴を開けて、般若はんにゃの1体が黒い塵と消える。

 体の強度も羅刹らせつとは段違いに脆弱だ。


 これなら戦える!


 俺は両手で剣を持つと接近されていた般若に向かって斬り付ける。

 

 俺に薙ぎ斬られた脇腹を黒い霞に変えながら、般若の動きは緩慢になっている。

 俺はダッシュで般若の後ろに回り込もうと立ち回る。

 般若は俺の動きについてこれていないようで、刀を振り回すことくらいしかできていない。


 俺は力のない刀の一振りをかわしつつ、般若の首を刎ね飛ばす。

 しかし、力のこもっていない一撃とは言え、刀で斬りつけられるのだ。

 現代日本に生きるクソザコブラック闘士にとっては十分過ぎる程の脅威だ。

 それにいくら鬼が相手だと言っても首を刎ねるのには抵抗感がある。


 無理や。サラリーマンにちゃんばらは無理なんや。


 そんなことを考えつつも、俺は動くのをやめない。

 やっぱり喰われて死ぬのだけは御免だ。

 速く鬼を倒してうちに帰るんだ!


 そう思いながら次の標的を見つける。虚無きょむだ。

 虚無きょむは小ぶりな斧のようなものを持ってこちらへ走ってくる。

 俺は身構えるが、虚無きょむはそんなことはお構いなしで斧を俺の頭目がけて振り下ろす。しかし、そんな見え見えの一撃は当たるはずもなく、半歩後ろに下がってかわすと、逆に懐に入って横薙ぎに剣を払う。

 胸を斬り裂かれた虚無きょむだったが、血を噴出させながらもこちらへ向かって斧を振り回してくる。まるで駄々っ子が怒りながら腕を振り回してくるような圧力プレッシャーだ。とは言え、俺が手こずっているものだから、次々と他の鬼たちが俺に群がってくる。


 俺はとにかく囲まれないように立ち回る。

 しかし虚無きょむ般若はんにゃに次いで弱いと言っても、それはセピアにとっての話だ。俺にとっては強敵なのである。必死に死角に回り込もうとするも、そうやすやすと隙を見せてくれない。


 チッ! 虚無きょむさえまともに倒せんのか俺は……。


 視線を外せないため、状況はわからないが方々ほうぼうで爆発音や炸裂音が聞こえてくる。恐らくと言うか間違いなくセピアの仕業だろう。

 彼女はただの天使にしては強い気がする。

 他の天使が戦っているところを見た訳じゃないから分からんがな。


 天使は熾天使セラフを筆頭にいくつかの階級に分かれている事くらいは知っている。神格が一番低いと思われる天使なのにも関わらず、羅刹らせつ修羅しゅらと言った強い鬼を相手にしても一向にひるむ様子はない。


 俺の黒子力ダルクが強いように光子力ルメスの強さや多さなども関係しているのだろうか?

 そんなことを考えていると、近くいた虚無きょむれたのか、こちらに向かって突っ込んでくる。俺も覚悟を決めて迎え討たんとした瞬間、目の前の虚無きょむが左右真っ二つに両断された。


 何が起こったのか一瞬理解できなかったが、左右に分かれた虚無きょむの背後に剣を振り下ろしたセピアの姿が見て取れた。


 敵が消滅していく様子を確認しながらセピアは俺に話しかける。


「先輩、お疲れ様です」


 どうやらセピアが倒した虚無きょむが最後の1体だったようだ。

 俺は大きく安堵の溜め息をついた。

 結局何の役にも立たなかったな。


「ありがと、助かった……」


「では帰りましょうか」

「うん。そうだな」


 セピアが指をパチンと鳴らすと、世界の色が変わる。

 破壊されていたあちこちが元の状態に戻っている。

 もちろんセピアもいつものスーツ姿だし、俺のスーツも修復されたように元通りだ。

 本当に不思議な光景である。

 一体全体どんな魔法なのだろうと気になってしまう。

 結局、決断できずに勢いで神人しんじんになってしまったが、俺も魔法とか使えるのか?


 帰りの電車の中で、体を揺られながら俺はセピアに尋ねた。


「襲われる前にしてた話だけど」

「……? ええっと何でしたっけ?」


「あれだよ。黒の心臓ブロークンを持っていたのに以前に襲われた事なんてなかったって話」

「ああ、それはですね。魔神デヴィルたちがこの世界の理を一部改変してしまったからなんです。以前も黒の心臓ブロークンを持つ人間が喰われる事件は稀に起こっていたんですが、ある日を境に鬼たちが大量に発生したんです。人間の持つ観測機器でも何か観測されたんじゃないでしょうか?」


「観測機器?」

「宇宙で何かあったってニュースとか見た覚えないですか?」


 そう言えばそんなニュースを見た記憶があるような気もする。


「アレ以来、多くの天使が人間を護るために鬼狩りに投入されているんですよ」

「そうなのか。ご苦労なこったな……」


「もう……他人事みたいに……」


 俺の一言が面白かったのか、セピアはフフッと笑うと、俺の肩を軽く叩いた。


 天使のツボは分からんわ。

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