第13話 天使のお偉いさんが何だかヤンキーっぽいんだが?

 今日も今日とて忙しい1日であった。


 って毎回言ってんな。


 とは言え、今日は久々に日付が変わる前に会社を出る事ができた。

 セピアと並んで帰り道を歩いていると、不意に彼女が声をかけてくる。


「先輩、ちょっと時間いいですか?」

「ん? 何?」


「私の上司が近くにいるので、会ってもらいたいと言うか……」

「ああ、天使も上下関係あるんだな。別に構わないけど」


 セピアは俺の返事を聞くと、どこかに電話をかけ始めた。

 当然、上司を呼んでいるんだろう。

 と言うか連絡手段がスマホなのかよ。


 先日寄ったファミレスに入ると、空いているボックス席に案内される。

 すぐに到着すると言うのでドリンクバーだけ頼むと、コーヒーを入れて一息つく。


 セピアはと言うと、またメロンソーダにしたようだ。

 グラス一杯に注いで席に戻ると、一気にそれをあおる。

 まったくもって良い飲みっぷりだ。


 セピアが何度、メロンソーダのお代わりに席を立った頃だろうか?

 俺たちの席に近づく影があった。

 どうやら女性のようだ。

 近づいてきた女性は金髪に黒いジャージ姿で右耳にシルバーのピアスをしている。

 美人なのに、くたびれたジャージ姿なので色々台無しである。

 セピアは顔を上げると、手を挙げてその女性を呼んだ。


 ってか丸っきり田舎のヤンキーやんけ。


 女性はセピアに手を振って応えると、迷わずに彼女の隣に腰かける。

 そして俺の顔をまじまじと見つめて口を開いた。


「初めまして。阿久聖クン。私はバーミリオンと言う。セピアの上位天使だよ」


 バーミリオンの言葉に俺は軽い会釈で応える。


「近くで見ると、本当にすごいね。全身に黒粒子ダークアロンみなぎっているように感じる」

黒粒子ダークアロン?」


「ああ、霊体を構成する極小の粒子だよ。我々天使の持つ力とは正反対のものだけどね」

「人間は皆持っているんですか?」


「いや、人間は神に祝福された存在だからね。本来なら光粒子ルークアロンを持っていて、その身に光子力ルメスを宿しているはずなんだ。しかし最近、黒の心臓ブロークンを持っている人間が増えてきてね。我々も憂慮しているところなんだよ。神器セイクリッド・アームズのことは聞いたかな?」

「はい。彼女から聞きました。私の魂に宿っているって」


 俺がセピアの方をチラリと見ると、そこに彼女はいなかった。

 慌てて店内を見渡すと、コーヒーカップを持ってドリンクバーの方からこちらにやってくるのが見えた。

 どうやらバーミリオンのためにドリンクを取りに行っていたようだ。

 さすがは、部下である。

 どこの世界も上下関係は厳しいらしい。


「今、神器セイクリッド・アームズが世界中に散逸していてね。それを回収するのが我々の役目って訳。それを宿すキミが黒の心臓ブロークン持ちだとは思いもよらなかったけどね。キミの黒子力ダルクが膨大なのもそのせいなんだろう」

黒子力ダルク?」

「ああ、光子力ルメスの対極に当たる霊的エネルギーのことだよ」


 バーミリオンはセピアが持って来たコーヒーを口にしてほぅっと息を吐く。


「それにしても、このコーヒーって飲み物は実にいいね。苦くて体に悪そうな色がまた良い。コーヒーは人間が発明した至高の飲み物だと思うよ」


 ファミレスのドリンクバーのコーヒーをここまで褒めるなんて安上がりな天使様だと内心思いつつ、俺は苦笑いで返す。


「今、神器セイクリッド・アームズを取り出す能力を持つ天使を手配しているから、まぁしばらく待っててくれるかな?」

「それは別にいいんですが、私はこれからもあの鬼のような生物に襲われ続けるんでしょうか?」


 彼女は俺の言葉に少し考えた素振りを見せた後、納得したかのようにうなずくと話始めた。


「鬼? ああ、バグたちのことだね。ヤツらは黒の心臓ブロークンを狙ってくるんだ。これからも襲われる可能性は大きいだろうね」

「ふむ。それじゃあ、私から神器セイクリッド・アームズを回収したとしてあなた方はそれからどうするんでしょうか?」


神器セイクリッド・アームズを回収したら、我々はまた別の神器セイクリッド・アームズを探し始めるだろうね」

「もし回収できたとしても私の黒の心臓ブロークンは残るんですよね? それでは鬼たちに襲われ続けるってことなんじゃないんですか?」

「……」


 やっぱりそうか。

 俺の言葉はどうやら核心をついたようだ。

 バーミリオンは閉口へいこうして場に沈黙が訪れる。

 セピアもどこか気まずそうに顔を背けている。


「鋭いね。確かに我々がいなくなったらキミは鬼に喰われてしまうだろうね」

「別に死ぬのは構わないんですが、できれば喰われて死ぬのだけは勘弁して欲しいところです」


 俺の言葉に彼女はハハッと乾いた笑声を上げると、俺の目をじっと見つめる。


「正論だね。実は、我々天使は人間に力を与えることができるんだ。天使の力を与えられた人間は神人しんじんと言われ、天使の力を行使できるようになる」


「後は、1人で戦い抜けと?」

「何もないよりはいいだろう? 天界ヘヴンはずっと1人の人間にくっついていられるほど人手が余っている訳じゃないからね」


 俺が余程複雑な顔をしていたのか、バーミリオンは明るい口調で付け加える。


「まぁ地球エデンにはバグ殲滅部隊もいる。そこまで心配する必要はないよ」


 バグ殲滅部隊ねぇ……。

 以前、セピアが死ぬまでそばにいると言っていたが、アレは神器セイクリッド・アームズのためであって、決して黒の心臓ブロークンを持つ俺を護るためじゃないんだな。


 何故だか少しガッカリしている自分がいて多少驚いた。


「他に何か聞きたいことはあるかい?」


 彼女の言葉に俺が腕組みをして考える素振りを見せると、セピアが待ってましたとばかりに口を開いた。


「実は、彼の近くに魔神デヴィルが現れました。神器セイクリッド・アームズを狙っていると思われます」


 ああ、確か今朝、魔神デヴィルって言葉を聞いたな。


「ふーん。魔神デヴィルがねぇ……。阿久クン、魔神デヴィルの言葉に惑わされないようにね。キミも人間辞めたくないでしょ?」


 神人しんじんになるのだって人間辞めるってことだろうが。

 まぁ言わないけど。

 俺は一応頷くと、彼女に疑問をぶつける。


魔神デヴィルって一体どんな存在なんですか?」

魔神デヴィルは神に叛逆はんぎゃくした存在だよ。この世界をむしばむ癌のようなものさ。陰でこそこそと世界のことわりを乱そうとしている。ヤツらは天使の仇敵きゅうてきと言ってもいい」


 バーミリオンがその端整な顔立ちを歪ませて魔神デヴィルに対する怒りを吐露する。

 せっかくの美人が台無しである。

 まぁ、ショタショタのジャージを着ている時点で残念美人なんだが。


 しかし魔神デヴィルはそれほどまでに忌み嫌うべき存在なのだろうか?

 俺はただの人間だ。

 昔のことなど何も知らないが、彼女の魔神デヴィルに対する物言いは激しいものだ。

 言葉の端々からそれが感じられる。

 それ程までに神と魔神デヴィル凄惨せいさんな歴史を刻んできたのか?


「鬼の襲撃は何とかならないんでしょうか?」

「セピアにはキミのそばを離れないように言ってあるし、もしも苦戦するようなら我々も出るから安心したまえ。それに近くに魔神デヴィルがいるのなら私の出番もあるだろうからね」


 しばらくは天使が俺を護ってくれると。

 そして俺の中から神器セイクリッド・アームズが取り出されれば、天使は去るが天使の加護を得て神人しんじんにしてもらえる訳か。

 んで後は勝手に頑張れ、と。


黒の心臓ブロークンって一体何なんでしょう?」

「漠然とした質問だね。まぁ確かに謎だよね。神の現身うつしみたる人間が堕ちるなんて天使で言う堕天フォールダウンに似た現象なのかも知れない」


 バーミリオンはさっきから淡々と話し続けているが、その言葉からは所詮しょせん、他人事と言った感じしか受けない。

 ちょっとイラつくな。


「一応、漆黒結晶アテル・クリスト黒の心臓ブロークンについては、天使の解析班が研究しているそうだよ。もっともわからない事だらけでちっとも進んでいないって噂だけどね」


 漆黒結晶アテル・クリスト

 そういや前の襲撃の時、セピアが破壊したって言ってたな。

 推測するに鬼たちの心臓、つまりコアってとこか?


 結局、まだまだ分からないことだらけだ。

 そろそろ天使だけじゃなく魔神デヴィルからの話も聞いてみたいもんだな。


 あまり納得できる話でもなかったが、とりあえず今後の生き方くらいは分かった。

 取り敢えずは、俺の中に眠る神器セイクリッド・アームズが取り出されるまで天使に護ってもらえるってのは確定なんだよな。


 この世に未練などはない。

 死んだら死んだで、『ああ、その時が来たのだ』と思うことだろうさ。

 まぁ、なるようになる。


 その後もセピアとバーミリオンととりとめのない話をして今夜のつどいは終了した。

 ファミレスから出ると、バーミリオンはふらりとどこかへと姿を消し、俺はセピアと帰路についたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る