第12話 天使と魔神

 うちに帰ると、玄関でルージュが出迎えてくれた。


「お兄ちゃん、お帰りー」

「あ、うん」


「そっけない。そっけないよー」

「俺に記憶があればなぁ……」


 俺はそう言って靴を脱ぎ、居間へ移動すると、ネクタイを緩めつつ、ソファにドッカと座った。

 今日も1日疲れた。

 って何かいい匂いがすんな。


「ホント、なんで記憶改竄がされてないんだろ」


 後ろで、ルージュが何かつぶやいている。

 何か言ってるようだが声が小さくて聞こえない。

 難聴系主人公じゃないと思うんだけど聞こえないものはしゃーない。

 ん? 突然始まった現代ファンタジーの登場人物になっちまったんだから俺の立ち位置って主人公ってとこだろ?


 ファミレスではコーヒーを飲んだだけだったので、夕食の支度をしないといけない。この正体不明の居候を喰わせる必要もあるんだし。


 正直言うと不気味だが、特に実害もないし、まだまだ肌寒い季節だ。

 問答無用で放り出す程、俺は鬼畜じゃあない。

 それにセピアの話を聞いた上で考えると、ルージュは間違いなく、天使やら鬼やらの関係者だろう?


 そんなことを考えながら、よっこらせと立ち上がる。

 そしてテーブルの上に目をやると、そこには料理が所せましと並んでいた。俺の帰宅に合わせたかのように、出来立てほやほやである。どの料理からもほかほかと湯気が上がっている。


「夕食作って待ってたんだからねッ! まさか食べないなんて言わないわよね?」

「食べるよ。腹減ってんだ」


「!? 良かったぁ! 召し上がれ! はやくはやく!」


 まさか俺が素直に食べると言うとは思わなかったのかも知れない。

 ルージュは満面の笑顔を見せて俺を急かし始める。


「あッ、いただきますって言った?」

「はいはい、いただきます」


 あまりにルージュが嬉しそうに話すものだから、俺は彼女になんと言って切り出そうか迷っていた。

 セピアのこと、鬼が黒の心臓ブロークンを狙って襲ってきたこと。

 回りくどいのは好きじゃないんだよなぁ。


 そんなことを考えながら俺は料理に手を付ける。

 美味しいな。どこで料理を覚えたんだか。


「なぁルージュ。黒の心臓ブロークンって知ってるか?」


 ニコニコと嬉しそうに笑っていたルージュの表情が固まる。

 まさに、『あッ……(察し)』ってな状況だ。


「え、えーと……。何かな? その黒の……ナニ?」

黒の心臓ブロークンだよ。俺の心臓がそれにあたるそうなんだ」


「いったい誰がそんなことを……」

「知り合いの天使がちょっとな」


「天使? そんなメルヘンチックな存在がいる訳ないじゃない!」


 俺の言葉を笑い飛ばすルージュ。

 目が笑ってないんだが?


 それにセピアと同じことを言っている。

 案外、似た者同士なのかも知れない。


「いるんだよなぁ……。俺も信じられないけど。それに俺の心臓を喰おうと鬼が襲ってきたんだ。そいつらは黒の心臓ブロークンを持つ人間を狙っているらしいぞ?」


「ふ、ふーん……。そんなことより何か感想はないの?」

「ん? 料理のことか? 美味いぞ」


「でしょでしょ? その言葉が聞きたくて一生懸命に作ったんだからねッ!」

「料理なんてどこで習ったんだ?」


「お母さんに決まってるでしょ? 他に誰がいるのよ」


 ルージュの中では叔母さんは母親と言う事になっているようだ。

 一体いつから潜り込んだのやら。


 しかしまぁ、ご飯は1人で食べるより誰かと食べた方が美味しいと気づかされた。ルージュが何者かは今のところわからないが、追々おいおい分かってくるだろう。


 ま、なるようになんだろってことだな。


 その後、俺は風呂に入ってすぐに横になった。

 もちろん、ソファで。

 ベッドはルージュに献上したままだ。

 まぁ俺は特に気にならないからな。


 こういうところも社畜精神に染まる要素なのかも知れない。

 お陰で黒の心臓ブロークンとやらに変質した訳だしな。

 俺は中々眠れずに天井を見ながら考え事をしていたが、なんだかんだで疲れていたのだろう。俺は間もなく意識を手放したのであった。



―――



「じゃあ、行ってくるわ」


 そうルージュに伝えると、俺は自室のドアを開ける。

 すると隣の部屋のドアも同時に開いた。

 本当にタイミングぴったりだなと思いつつ、出てきたセピアの顔を確認して互いに挨拶を交わす。

 セピアは俺の後ろ――ルージュの方をチラリと一瞥すると、ボソッとつぶやいた。


魔神デヴィル……」

「なッ何よ、このへっぽこ天使!」


 おい。ルージュ。

 思いっきり白状してんぞ。

 こりゃ帰ったら問い詰めなきゃな。


「んじゃ、俺に隠れて悪いこと企むなよ?」


 俺はそう言ってセピアと階段を降りていくと、後ろで「そんな事しないもん」と言う声が聞こえてくる。


 朝の電車はいつも混んでいる。

 社畜の朝は早い。

 結構早めに自宅を出ているのだが、それでも電車は満員である。

 当然座ることもできないので、押し合いし合いして、もうわちゃわちゃである。セピアもスーツが乱れており、体を密着させてくる男から一生懸命に逃れようとしているのがわかった。


 天使つっても女の子だよな。


 俺は何とか彼女をかばおうと体勢を入れ替えると、彼女の体を壁際へ移動させる。そして電車の壁に手をやって彼女を守るような体勢をとった。


「あ、ありがとうございます……」


 セピアは少し照れている様子でお礼の言葉を述べる。

 俺もがらにもないことをしたなと、少しばかりドキドキしながらも彼女の体に触れないように気をつけながら電車が目的地に到着するのを待った。


 間もなく電車が到着し、もみくちゃになりながらも降車すると、セピアと顔を見合わせて笑った。俺は、何故だかそれに心地良さを感じていることに若干驚きつつも彼女と並んで会社までの道のりを歩くのだった。


 まったく……一体何なんだろうな?

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