第8話 あんた、誰?

 それから数日経過して、金曜日になった。

 とは言っても、俺たちに休日と言う概念は存在しない。

 ないと言ったらないのである。

 いや、マジないわ~。


 しかし、この日は特別だった。

 母の十三回忌なのだ。

 俺は社会人になって身に着けたスキル、五体投地土下座ごたいとうちどげざで何とか休みを取り付けると、故郷である富山県へ向かう新幹線に乗り込んだ。

 ちなみに有給ではなく、欠勤扱いである。


 俺たちに有給というものはない。


 当然、電車で帰郷する訳だが、移動中は寝る派である。

 というか隙間時間を見つけたら、睡眠時間にあてるのが俺のやり方だ。

 それが社畜ブラックたる俺の生き様なのだ。


 一昔前ひとむかしまえと違って北陸新幹線が開通したお陰で帰郷するのに時間はほとんどかからない。明日は土曜日だが、もちろん仕事である。流石に休みを2日連続でとるなどと言う暴挙は許されないので日帰りの予定である。俺は駅弁を買って始発で富山へ向かっていた。


 新幹線とタクシーを使って実家に辿り着いた俺は、感慨深げに家の玄関を眺めていた。懐かしい光景である。大学進学のため実家を出て上京した訳だが、その頃からちっとも変っていない。年季の入った表札、広い玄関、玄関先には陶磁器か何かでできた大きな壺が置かれており、中にはメダカが泳いでいるはずだ。家に入る前に大壺を覗き込むとスレスレまで蓄えられた水の中をメダカの群れが泳いでいるのが見えた。それを見て満足した俺は玄関の扉を開けて家の中へと入る。


「ただいまー」


 今の時間なら親戚の連中も集まってきているはずである。

 あんまり会いたくはないが、しゃーないから割り切るしかない。

 しばらくすると、「はーい」と言う声とともに足音が近づいて来る。


ドタドタドタ!


「お帰りなさい! お兄ちゃん!」


 そう言って俺に抱きついてきたのは……誰だこいつ?


 普通こういう時は、兄弟とか親戚の幼馴染とかが登場する場面だと思うやろ?

 しかし登場したその女性……と言うか女の子は俺のまったく知らない人でした。

 派手な髪型してんのな。今時の若者ってこんなんなんか?

 黒髪に赤髪が交じってんのな。目もクリっとして大きくて可愛らしい感じだ。

 こんな髪型をハーフツインって言うのかな?

 それともツーサイドアップ?

 ま、よく分かんねーからどっちでもいいけど。


「誰だっけ?」

「がびーん! ひどいッ! あたしの事忘れちゃったの?」


 彼女は、抱きついていた体を俺から離すと、パない昭和感丸出しのリアクションをしつつ、批難ひなんの声を上げた。


 と言うか、ホント誰やねん。


 首を傾げて目の前に佇む彼女をまじまじと観察していると、中々思い出さない俺に業を煮やしたのか再び、俺に向かって大きな声を張り上げる。


従妹いとこ鬼丸おにまるルージュだよッ! 昔よく一緒に遊んだでしょ?」

「全然覚えてない」


「ひ、ひどい!?」


 いくら考えても思い出せないので、俺は靴を脱ぐと実家へと上がり込む。

 そのまま、居間に向かうとそこには俺の父親と、2人の兄の姿があった。


「おう。久しぶり。意外と元気そうだな」


 父がニヤニヤしながら俺に向かって手を挙げて挨拶代りの言葉を述べる。

 その左右には2人の兄が揃って手を挙げている。

 ふむ。こっちは分かる。

 懐かしい面々だ。


「お前は、理由がないと本当に帰ってこんからな……」

「兄ちゃんの会社はホワイトだから……」


「俺は福利厚生が充実した会社を選んだからな」

「わーそんな言葉初めて聞いたなー」


 俺が棒読みで言葉を返すと兄が苦笑いしつつ、話題を変える。


「座敷の方には親戚のみんながおるぞ? 挨拶でもしてられよ」


 そんなやり取りをしていると、俺の後ろからひょっこりと顔を覗かせて鬼丸ルージュが父と兄に涙ながらに訴え始めた。


 え?

 何か物申す感じ?


さとし兄ちゃん、あたしのこと、覚えてないって言うんだよ? ひどくない?」


 その言葉に一番上の兄が驚いた表情を見せる。


「なんよ。ルージュちゃんのこと覚えてないって、お前、散々世話してもらっといてそれはないやろ……」


「そうだぞ。ブラックな会社で仕事に追われとったら記憶まであいまいになるがか? お前、頭大丈夫ながか?」


 父さん、言い方ァ!


 父までルージュの援護にまわる状況。

 どうやらここに俺の味方はいないようだ。

 仕方ないので、仏壇がある座敷へと向かうと、ルージュも後からとことこと着いて来る。障子戸を開けるとそこには見覚えのある面々が座っているのが目に入る。

 俺は挨拶しつつ、皆の顔を見て自分の記憶と照合する作業をこなしていた。


 うん。全員覚えてるわ。


 やっぱり覚えていないのはルージュだけのようだ。


「お父さん、聞いてよ。さとし兄ちゃんが、あたしのこと覚えてないって言うんだよッ!」


 すると、鬼丸おにまる叔父おじさんがにこやかな笑みを浮かべながらも威圧感のある表情で俺を見つめてくる。


 こわいこわいこわい。


「ほう……うちのルージュなど記憶にないと?」

「たった今、全てを思い出しました」


 俺は自分に嘘をついた。


「いやー、ルージュの成長が半端ないので見違みちがえましたよ」

「そうかそうか! 見違みちがえたか!」


「兄ちゃんってば、粗忽者そこつものなんだからー」


 何とでも言え。

 どうせ今日だけ覚えている振りをすればいいんだからな。

 そんなこんなで親戚一同が集まると法要が始まって、会食へと移る。


 昼食の後、座敷で母をしのんでいると、早いものでもう午後6時になろうとしていた。


「さてと。じゃあ俺は帰るよ。皆元気でな」

「なんだお前、久しぶりなんだから夜飯くらい食べてけま」


「いいよ。明日も早いし」


 既に酒の入っている男たちを尻目に帰りの準備を整えていると、ルージュの父親がとんでもないことを言い出した。


「まぁまぁ、まだいいねかよ。うちのルージュを都会にやるがやし。さとしくん、娘のことをよろしく頼むちゃ」


「は?」


 初耳の内容に、俺は思わず聞き返してしまう。


「なんだ? また忘れたがか? わはははは」

「明日から、お世話になります! お兄ちゃん!」


 要領を得ない。

 話が見えない。


 皆の話を粘り強く聞き取りした結果、とんでもないことが明らかになった。


 鬼丸おにまるルージュは、都会に憧れて何とか上京したかったのだが、1人で都会に行かせる訳にはいかないと、父親の強い反対に遭っていた。そこで、俺の名前が挙がったとのことだ。明日から俺がルージュと同棲……もとい同居して彼女の面倒を見てやるという話になっているらしい。


さとしくんがおるから許可したがやぞ。娘のこと頼んちゃ」


 寝言は寝て言え。

 俺は何から何まで初耳だぞ。


 結局、ルージュの家族のみならず、自分の家族からも説得され、俺は敢え無く撃沈してしまった。何から何まで俺の知らないところで話が動いている。


 その後、富山駅まで車で送ってもらい、俺はルージュと共に新幹線に乗って東京の自宅に戻ったのであった。


 どうなっとんがかマジ分からん。

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