第7話 神崎セピアは同志である

 結局、ほとんど眠れぬままいつも通りの時間に、いつも通りの電車に乗って出社した。まぁ、眠れようが眠れまいが変わらないんだけどね。どうせ精神を何とかするお薬は飲まなきゃいかんし。


 カードキーに社員証をかざして事務所に入ると、既に神崎さんは出社していた。

 特に様子に変わったところなどない。

 普段と変わらぬ様子で俺の隣の席に着き、ノートPCをいじっている。

 メールのチェックでもしているのだろう。


 神崎さんは、俺が出社してきたことに気づくと、にっこりとほほ笑んで元気よく挨拶をしてくれる。


「おはようございます! 昨日はありがとうございました!」

「ああ、おはよう……」


 はたから見たら、きっと俺はほうけた顔をしていたに違いなかった。

 でも分からないな。

 何考えてんだろうね? 彼女。

 ますます疑念は深くなるばかりである。


 後で詳しく聞いてみようか、それとも完全にスルーしてしまおうか、色々考えているうちに午前中が終わってしまった。


 仕事は全然進んでいない。


 まったく……進捗悪いよ何やってんの!

 なーんて自分を茶化してみてもどうにもならない。

 そんなことは分かってはいるんだけど……。


 神崎さんは先週から頼んでいた作業に取り組んでいたのだろう。

 順調なのか、教育係の俺に質問はなかった。


 いかん。このままでは全く仕事にならない。

 ここは思い切って彼女に昨夜の事を聞いてみよう。


 そう心に決めた俺は勇気を出して彼女に問いかけた。

 あかん。新入社員が上司に質問するくらいに緊張するわ。

 トラウマが俺の心に影を落とす。


「神崎さん、昨夜のことだけど……」

「はい?」


 彼女はキョトンとした顔をして、俺の顔をまじまじと見つめてくる。

 いかん。気圧されるな。


「昨日、変な化物……ってか鬼?に襲われたよね? その時、神崎さんが天使になって……」

「ふふ……ッ、先輩ってば何言ってんですか? 酔っぱらってたから夢でも見たんじゃないですか?」


 彼女は俺の言葉に全く取り合おうとせずに、いつもの笑顔を見せる。


「夢? あれが夢だって……?」

「もう大変だったんですよ。ぐでんぐでんになった先輩をタクシーに乗せるの」


「え? そんなにひどかった?」


 俺は自分の記憶と彼女の話との乖離かいりのひどさに頭痛がしながらも、これ以上の追及は止めておとなしくお昼ご飯を食べることにした。


「っかしーなー。昨日の改竄かいざんの術式、効果なかったのかなー」


 自分の席で菓子パンを袋から取り出して、コーヒーを飲みながら昼食を摂ろうとしていると、隣の彼女が何やらぼそぼそっとつぶいた気がした。

 まぁよく聞こえなかったので、気にしなかったけど。


 午後からは意味があるのか分からない会議に出席し、彼女に仕事の指示をしつつ、今月に納期を迎える案件をこなしていく。


 今日も今日とて残業である。

 彼女はまだ新人なので早くあがらせてやらねばなるまい。

 そう気遣って、何度も帰宅するよううながすのだが、彼女の返事は決まってこうだった。


「大丈夫です。先輩の仕事が終わるまで、私も働きます」


 何という社畜精神ブラックスピリッツ


 俺は彼女が傑物けつぶつであることを確信した。

 大物のブラック闘士になることは間違いない。


 ほとんど寝ていなかったせいもあって、俺は妙なテンションで残業に励むのであった。

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