第6話 戦わなきゃ現実と!

 2人はタクシーに揺られていた。


 俺は先程起こった出来事が一体全体何なのか気になって気になってしょうがなかったが、平然とした顔で隣に座っている神崎さんに何をどう質問すれば良いか解らなくて何も言うことができずにいた。


 これ、質問の出来ない教育係――社会人とかいかんでしょ。


「先輩。着きましたよ。降りないんですか?」


 その声に俺は我に返る。

 タクシーはとっくに俺のアパートの前で停車していた。


「あ、すみません。降ります降ります」


 俺は慌ててタクシーの運ちゃんにお金を払って車から降りる。

 もちろん領収書などもらっても経費で落ちるはずもないので気にしない。

 自腹よ自腹。


 明日……じゃなくて今日も仕事だし、さっさと寝ようと自分の部屋に行こうとすると、違和感を覚えて立ち止まる。


「あれッ? 神崎さんなんでここで降りるん?」


 ボーッとしていてすぐには気が付かなかったが、何故か彼女も俺のアパートの前でタクシーから降りていたのだ。


「私の家もここなので」


 俺はそれが意味することにすぐには気付けない。

 ワタシノイエモココ。

 え? なんだって?


 普通に驚いたね。

 意味が分かった時には既に神崎さんは俺の近くまで来ていた。

 しかし、このセキュリティもガバガバな今時あるか?ってほどボロい――もとい古いアパートで本当に暮らしているのかね?


 疑っても意味がないので取り敢えずは現実を受け入れるしかあるまい。

 と言うより未だに頭が着いて行っていないので、取り敢えず自分の部屋へ行こうと錆びついた手すりの階段を上って二〇五号室――俺の部屋の前までやってくる。

 後ろからギシギシと金属のきしむような音がするので振り返ると、酔って少しふらついている俺の後ろから彼女がついてくるのが分かった。


「んじゃ、俺ここだから……」


「はい。私は隣なので。ではお休みなさい」


 ええ……隣って確か若い兄ちゃんが住んでたような気がするんだけど?

 てか俺が何も尋ねないのは何とも思わないのん?


 俺はそんな事を思いながら、鍵を開けて自室に入るとネクタイを緩めるとベッドに倒れ込む。


「意味分かんねー」


 実際、さっき起こった出来事は訳が分からない。

 あの場で何が起こったのか理解などできるはずもなく、それを収めた神崎さんは一体何者なのかなど疑問は尽きない。


 俺はベッドから身を起こすと冷蔵庫からペットボトルに入ったお茶を取り出してマグカップに注ぎいれた。それを一口だけ口に含むと、スーツから部屋着へと着替えを済ませ、ベッドに腰を掛ける。

 明日も早いのですぐに寝たいところなのだが、生憎あいにく、まったく眠たくない。俺はテレビをつけてザッピングを始めた。深夜にやっている番組と言えばこれだろう。自然の風景の映像が延々と流れる番組にチャンネルを合わせると、ボーッと眺めながら、先程起こったことを思い出そうとする。


――あれは、確かに生物だった。


 額には角が2本生えており、筋肉の鎧を身に纏った2、3メートルはあろうかという巨体。俺の頭にあるイメージと照らし合わせると……と言うより日本人がアレを見て重い浮かべるのは鬼……という言葉しかないだろう。


 神崎さんはアレを虚無きょむ羅刹らせつと呼んでいた。そして、あの化物の出現にも顔色一つ変える事なく冷静に対応していた。

 それどころか、何やら特撮映画のノリで変身までして見せたのだ。


 流石に周囲にカメラがないか探したわ。


 その背中には光り輝く2枚の翼を生やし、頭上には光の輪がちょこんと乗っかっていた。あれは俗に言う天使と呼ばれている存在ではないか?

 と言うかどう見ても天使やろ?


 彼女に聞いたらどう言うんだろうなぁ……。

 こうかな?


 『天使なんかじゃない!』


 ってそれは漫画か。


 ああ、もう頭がぐちゃぐちゃだ。

 そうだ。受け止めよう現実として。

 昔、『戦わなきゃ現実と!』ってなCMもあったしな。


 この世のどこにあんな存在が今まで隠れていたのか疑問は尽きないが、出会ってしまったものは仕方がない。今まで俺が遭遇しなかったのは単なる幸運すぎなかっただけなのかも知れないし。


 また新しい朝がやってきて、倦怠感に襲われながらも、薬を飲んで無理やり会社に行く日常が戻ってくるはずだ。


 俺は考えるのを止めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る