第5話 セピア色の世界

虚無きょむが1体と羅刹らせつが1体ですか。相手にとって不足なし」


 神崎さんが何か物騒なことを言い放っている。

 俺はというと全く着いて行けずに困惑するのみだ。


 なんなん、これ?


 しかも世界がセピア色に染まっているような気がする。


「下がって」


 そう言って彼女が前に出る。

 そして俺はようやくそこに二体の化物ばけものがいるのに気付いたのであった。


「なんだ……? こいつらは……」


 俺の目の前にいたのは、鬼のような風貌をした“何か”だった。

 と言うか、空想上のあやかし、俺が思う鬼そのものだ。


 その体躯は2メートル近い。

 額からは2本の角が飛び出している。

 筋骨隆々とした体は、どこぞのプロレスラーを彷彿とさせる。

 右手には直前に俺に対して振るったであろうなたのようなものが握られていた。


虚無きょむ羅刹らせつを確認。これより執行官形態エクスキューショナーモードに移る」


 あの2体はそれぞれ虚無と羅刹というらしいが、どちらがどちらなのかまでは分からない。


 ついていけない俺を1人置き去りにして、パンツスーツ姿だった神崎さんは、その姿を変化させていく。背中からは光り輝く2枚の翼が出現し、硬質化した衣のような、鎧のようなものが彼女の体を包み込んでいく。


 その色は白銀。


 さらに彼女の黒髪は金色に染まり、極め付けは頭上に輝く天使の輪が輝いている。

 その姿はどこかロボっぽい。


 ったく魔法少女かよッ!

 いや、天使か。

 うん。天使だな。


 なんたらに変わってお仕置きしたり、折檻せっかんしたりする美少女たちや、なんたらが濁ったら魔女になってしまうたぐいの女の子たちよろしく、その姿を変えていく神崎さんを俺は阿呆のような眼差しで眺めることしかできない。


 もちろん、姿を変えていく彼女を待っているほどの親切さを持ち合わせているはずもなく、その鬼のうち一体が手に持っていたなたを彼女に振り下ろす。


 ガキッ!!


 物騒な音を立てて金属と金属がぶつかり合うような音が響く。


虚無きょむ如きが!」


 今、神崎さんに仕掛けた鬼は虚無きょむというらしい。

 虚無きょむが振るった巨大ななたは彼女の左手に受け止められていた。

 そしてそのまま、なたを握りしめ、刃を握り潰してしまう。

 余裕の表情を崩さない彼女は右手に大きな銃のようなものを出現させると、虚無きょむに向けてぶっ放す。


 ド派手な音を立てて、その銃口から光線がほとばしる。

 まるで、特撮映画で見たレーザービームのような、はたまた白い悪魔のビームライフルのようなそれは鬼の体を貫くと、向こうにあった街路樹をも薙ぎ払う。


 零距離ゼロきょりから放たれたそれに貫かれて虚無きょむが悶絶している。引き裂かれた腹からは臓物が飛び出していた。


 おそらく痛いのだろう。

 と言うかどう見ても痛いと思います。


 虚無きょむは貫かれた脇腹を手で抑えるといよいよ盛んに暴れ出した。

 だが、彼女は余裕の表情を崩さぬまま、銃口から光線を出したままに、銃を横薙ぎに払った。こちらから見ていると光の剣で虚無きょむの体を薙ぎ払ったように見えた。


 その一撃で鬼の1体が地面にドウッと倒れ伏す。

 するとその肉体が一瞬で塵と化し、後には黒い石のような何かが残るのみ。

 仲間がやられるのを見たもう1体の鬼は、慌てた様子で神崎さんの方へ躍りかかってきた。


「今度は羅刹らせつですか」


 羅刹らせつ虚無きょむを更に巨大にした感じで、睨みの利いた雄々しい顔つきをしている。

 腕が4本もあり、大剣や棍棒のようなものを左右の手に握りしめている。

 無機質なそれは、月の光を受けてぬらりと鈍い光を放っていた。


 と言っても本物の剣なんて見たことがないので、いまいちピンと来ない。


 羅刹らせつは大きく振りかぶると、彼女に向かって棍棒を振り下ろした。

 しかし、神崎さんはあまりにも大振りなその一撃を軽々とかわすと、右手に持っていた銃を羅刹らせつの頭に向けた。


 そして有無を言わさずトリガーを引く。

 その瞬間、羅刹らせつの頭は光の奔流ほんりゅうに飲み込まれ、光が消え去った後には、首のない体が残るのみある。


 2体と言っていたのでこれで終わりかと思ったのも束の間、首を失った体が不意に動き出す。


「チッ!」


 神崎さんは舌打ちを1つすると、光に包まれた掌底しょうてい羅刹らせつの胸へと当てるとはっきりとした声で言った。


光槍刺突テスタメント


 その左手から発せられた光は、羅刹らせつの分厚い胸板に風穴を開けた。

 武器を使った様子がないので、もしかしたらあれが魔法というヤツなのだろうか?


 その体を黒いかすみへと変えていく羅刹らせつ

 よく見ると、彼女の左手には黒く輝く石のようなものが握られていた。

 その姿に呆気あっけにとられていた俺に向かってニコリと微笑むと彼女は小首を傾げながら言った。


「さぁ、帰りましょうか」


 その言葉にふと我に返ると、いつのまに戻ったのかいつものパンツスーツ姿の神崎さんが微笑んでいたのであった。

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