2
トクン……と、千秋の心臓が小さく跳ねた。
どんな約束かは言わないまま。陽太は千秋の目を、じっとのぞき込んだ。
何かを訴えるような、祈るような目に、千秋の心臓がまた、トクン……と、跳ねた。
もし、同じ約束を思い浮かべていて。
もし、同じように陽太も覚えていてくれたのなら――。
「俺が一人暮らし始めたら、ヒナにも合鍵渡すよ……って、やつ?」
瞬間、陽太はひまわりが花開いたかのような笑顔を浮かべると、
「うん、うん! それ!」
勢いよく頷いた。
「千秋、覚えてたんだ! すっごいうれしい!」
ぎゅっとカギを握り締めて。なんの
「忘れ物常習犯のヒナとは違うから。覚えてるよ、それくらいのこと。……ヒナこそ、よく覚えてたね」
「覚えてるよ。当然。だって、千秋との約束だもん。大切な、約束」
さらりと恥ずかしげもなく言って、
「じゃあ、合鍵作ってくる!」
陽太はフロアのドアへと走り出した。
人の少なくなったフロアに陽太のよく通る声が響いた。
「ヒナ、うるさい! もう少し、声を抑えて……!」
「先に帰ってるから。とっとと仕事、切り上げて帰って来いよ!」
千秋の注意なんて全然、聞いていない。
陽太は跳ねるような足取りでドアに向かいながら、大きく手を振った。
――ヒナ、うるさい……!
もう一度、心の中で文句を言って。
千秋は顔を両手で覆うと、盛大にため息をついた。
顔を覆ったのは、鏡を見なくてもはっきりと自覚できるくらい、にやけた顔を隠すためだ。
どうしても。どうしようもなく、にやけてしまう自分の顔に、千秋は机に突っ伏してうめき声を上げたのだった。
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