**06-04 なくて七癖――の、一つ……?**

 スケジュールの変更について説明を終えた岡本は、パソコンを片付けながら、


「でも、そんな約束をしていたのなら、それこそもっと早くに渡しておいてあげればよかったのに」


 ぽつりと呟いた。

 うっかり高校時代の恥ずかしい思い出話なんてしてしまって、失敗したと思っていたのに。時間差で話をぶり返すなんて……。

 千秋は気恥ずかしさにうつむいて、口をもごもごとさせた。


「高校のときの話ですし、ヒナ……百瀬くんの方は、すっかり忘れてるかもしれないので」


「百瀬くんは絶対に覚えていると思うけどなぁ」


 岡本がくすりと笑った。

 いつもの困った子供を見守るような、優しい笑い方じゃない。鼻で笑うような、らしくない笑い方に、千秋は首を傾げた。


「それにもし君だけが覚えていたとして、それで何か困ることがあるのかな?」


 岡本の口調はいつもどおり優しい。でも、真綿で首を絞めるような。ゆるゆると追い詰められていくような感覚があった。

 目をそらしたいのに、そらせない。


 確かに困ることなんてない。ないはずなのに、どうしてだか渡せなかった。

 そのどうして……をどうにか言葉にしようとするのなら――。


「だって……ほら、昔のことをいつまでも覚えてるってなんかちょっと……重い感じが」


「仲のいい友人に、なにかあったときのために合鍵を渡しておく。ただそれだけのことなのに?」


 千秋がしどろもどろで答えると、間髪入れずに岡本が尋ねた。

 岡本の口元に浮かんだ微笑みは穏やかだけど、千秋をじっと見つめる目は笑っていない。……気がした。

 まるで動揺する千秋を観察して楽しんでいるみたいだ。


「重いって思われるかも、なんて……まるで好きな人か恋人のことを話しているみたいだね」


 くすりと、岡本は今度こそはっきりと意地の悪い笑みを浮かべた。


「もしかして千秋くんは百瀬くんのことが好きだったり、するのかな?」


「――っ!」


 千秋が弾かれたように顔をあげた瞬間――。


「……と、少し意地悪が過ぎてしまったね」


 岡本は、千秋の言葉を遮った。


 否定か、言い訳か、肯定か。

 千秋自身もなんと言おうとしていたのか、わからない。

 遮られて、よけいにわからなくなってしまった。


「それぞれの進捗確認をしたいから、百瀬くんから順番に来るように伝えてくれるかな」


 岡本に肩を叩かれて、ぐるぐるとした頭のまま、千秋は顔をあげた。

 千秋を見下ろす岡本の微笑みはいつもの、困った子供を見守る保父さんのような。優しくて穏やかな微笑みで――。


「……はい」


 千秋はこくりと、頷いたのだった。

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