いつまでも、ずっと。二人いっしょなんてわけには。陽太といっしょなんてわけにはいかない。

 もう子供じゃないのだ。

 わかっているはずなのに寂しくて、千秋はきゅっと唇を噛みしめた。


「千秋が家を出ちゃったら俺はどこで美味しいメシを食べればいいんだ」


「自分で作りなよ」


「俺の料理の腕が絶望的なの、知ってるでしょ。何より千秋のメシはうまい! 千秋のメシがいい!」


「俺はヒナのオカンか。それとも飯炊きか」


「別にご飯を作ってくれなくてもいいよ。いっしょにいてくれるだけでいい」


「そういうこと、男に言われてもうれしくない」


 いつものように軽口を叩いて。でも、お互いの口から洩れた笑い声がぎこちなくて。思わず口をつぐんだ瞬間。

 できた気まずい沈黙に、千秋は唇を噛んだ。


 二人分の足音がやけに耳について。それが嫌で、千秋は足を止めた。

 陽太も気が付いて、足を止めて振り返った。

 相変わらずしょぼくれた顔をしている。陽太の顔をじっと見つめたあと、千秋は盛大にため息をついた。


 どうにも陽太のこの顔に弱い。

 この顔に負けて結局、高校までずーっといっしょにいたのだ。いい加減、離れなきゃ。大人にならなきゃと思ったのに。


「俺が一人暮らし始めたら、ヒナにも俺の部屋のカギを渡すよ」


 また、できなかったみたいだ。


「俺が一人暮らしを始めたからって、別に会えなくなるわけじゃないし。遠いって言っても、うちから二時間以内のところに部屋を借りるつもりだし。ちょくちょく遊びに来ればいいだろ?」


 千秋の言葉に陽太は目を丸くしたかと思うと、


「そうだよね、別に千秋と会っちゃいけないってわけじゃないんだよね! 千秋の部屋に遊びに行けばいいんだよね!」


 パッと目を輝かせて満面の笑顔を浮かべた。


「合鍵持っとけば、俺が大学とかバイトに行ってても、外で待ちぼうけになることもないし。勝手に遊びに来たらいいよ」


「それ、絶対だからね! 毎週末、遊びに行くから! なんなら毎日、遊びに行くから!」


「もう少し、遠慮しろよ。俺にだって、彼女とかできるかもしれないだろ」


「毎日、入り浸るから!」


「……おい」


 千秋はじろりと睨みつけたあと、


「もし一人暮らしすることになったら、絶対に合鍵渡せよ。約束だからな、千秋」


 顔をくしゃくしゃにして笑う陽太につられて、


「わかった、わかった」


 千秋も笑みをこぼしていた。

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