**06-03 つまるところ、ただの不幸話です。**

 高校三年の春――。


 窓のサッシに頬杖をついて、千秋は春の薄い青空を見上げていた。 

 職員室のドアががらりと開いたかと思うと、


「失礼しましたー!」


 陽太の無駄に大きな声が廊下に響いた。


「百瀬、うるせぇぞ!」


 職員室内からの怒声もお決まりだ。

 ため息をついて振り返ると、陽太がにこにこ顔で駆け寄ってくるところだった。呼び出しを食らったことも、怒られたことも、全く気にしている様子がない。


「進路希望、提出し直してきたー!」


「提出し直しになるようなことを書くなよ」


 千秋は深々とため息をついて、昇降口へと歩き出した。

 帰宅部の千秋と陽太は、いつもなら授業が終わると真っ直ぐに家に帰る。今日は学校を出るのが遅くなってしまって、バスの本数が減っている時間帯に入ってしまった。

 しばらく待つか、諦めて最寄り駅まで歩くかだ。


「完全に理系なのに、なんで俺と同じ大学に行くなんて書いたんだよ」


「四年制大学って、どこでも理系文系全部の学部が揃ってるって思ってたから」


「学部くらい調べてから出せよ。いいかげんだなぁ」


 なんて、文句を言っても陽太は気にしないのだろう。跳ねるような足取りで、千秋の横をすり抜けて行く陽太を睨みつけようとして、


「……何?」


 千秋は思わず足を止めた。

 振り返った陽太が困ったような、少し寂し気な笑みを浮かべていたからだ。


「高校までずっといっしょだったのに、別の学校になるって。なんか……不思議な感じがするっていうか……」


 ――むしろ高校までが、べったりし過ぎだったんだよ。


 と、言いたいところだけど。

 捨て犬みたいな顔をしている陽太に、千秋は口をつぐんだ。陽太がこんな表情をしているもう一つの理由に、千秋も思い当たっていたから。


 改まって、言うのもなんだか変だし。かといって、言わないでいるというのもなんだか変だし。 どのタイミングで話そうか迷って、今の今まで言えずにいたけど――。


「ヒナ。俺、第一志望の大学に受かったら、家を出て一人暮らしするつもりだから」


 千秋は今、ようやく陽太に報告した。

 陽太は一瞬、真顔になったあと、


「だよね。だってあの大学、調べたら結構、遠かったもん」


 ぎこちなく笑った。

 かと思うと、陽太は背中を向けて、昇降口へとゆっくりと歩き出した。

 見慣れた背中が遠退いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る