06.合鍵編

**06-01 違うんです……。**

 終業を告げるチャイムが鳴るのと同時に、陽太は職場を飛び出した。


 職場の最寄り駅から座席どころか、つり革すらも空いていない満員電車に揺られること三十分。がら空きの地元線に乗り込んで。七人掛けの座席にゆったりと座った陽太は、思わずほーっと息をついた。

 とんでもなく疲れてるというわけじゃないけど、やっぱり満員電車は落ち着かない。


 と、――。


 途中の駅で制服姿の男子高校生二人が乗ってきた。二人は陽太の正面の座席に並んで座った。

 この車両にいるのは千秋と男子高校生二人、陽太の並びに座っている二十代の女性二人だけだ。


 女性二人が交わす声と。男子高校生二人が交わす声と。車内はちょっとだけ賑やかになった。

 満員電車の殺伐とした雰囲気とは違う、のどかな賑やかさに陽太は思わず笑みを浮かべた。


 ――なつかしい……!


 男子高校生二人が着ているブレザーの制服。ネクタイの色こそ違うけど、その制服は陽太と千秋が高校時代に着ていたモノだった。

 二人が乗り込んで来たのも、母校の最寄り駅だ。

 平日のこの時間帯に電車に乗っているということは、部活帰りだろうか。


「なぁ、途中で下りてさ。どっかでメシ食ってかない?」


 短髪の子がスマホをいじりながら言った。


「行かない。今日は真っ直ぐ帰る。先生から預かったプリント、アイツに持ってかないとだし」


 答えた茶髪の子は、ソワソワと落ち着かない様子で窓の外に目を向けている。目的の駅に着くのを今か今かと待っているのだろう。


「風邪だっけ。長引いてるよなぁ」


「うん……」


「で、今日も今日とて足繁あししげくお見舞いに通うわけか」


「うん……」


 短髪の子の話を聞いてるのか、いないのか。茶髪の子は生返事だ。

 短髪の子もカチンと来たらしい。


「おい! ヒトの話、聞いてんのかよ!」


「イッテェ~! 蹴った? 足、蹴った!?」


 思いっきり足を蹴飛ばされて、茶髪の子が悲鳴をあげた。

 やっぱり懐かしさを感じるやりとりに陽太は苦笑いをこぼした。

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