「作業、ただでさえ遅れてるのに……っ」


 ぽつりと呟いた声が涙声で、千秋は慌てて口をつぐんだ。でも、いくら鈍い陽太でも気づいたらしい。


「泣くなよ、千秋ぃ。千秋は本当に要領悪いよな」


 布団越しに千秋の身体をゆさゆさと揺すって、けらけらと笑った。


「……うるさい」


「うるさくないー。耳にタコができるくらい言ってやる。千秋は要領が悪い。もっと要領良く俺を頼れよ」


 陽太はベッドに頬杖をつくと、千秋の腕を持ち上げて顔をのぞき込んだ。


「大学受験のとき。千秋さ、風邪やらインフルやらにかかりまくっただろ。行きたい大学があったのに、結局、受験すらできなくて。病気でも、受験でも。どっちでもいいから代わってあげたかった……けど、できなかった」


 何を当たり前のことを――。

 そう思ったけど、陽太の泣き出しそうな顔を見て、千秋は口をつぐんだ。


「でも仕事なら手伝える。代わってあげられる。だから、もっと俺を頼れよ」


「自分の作業なのに人に押し付けるなんて……イテ、イテテテ!」


 反射的に言い返すと、陽太はふくれっ面で、千秋の額をぺしぺしと叩いた。


「押し付けるんじゃないの! 作業に余裕があるやつにお願いするの! 俺がなんのためにいっつも手、抜いて仕事してると思ってるの! こういうときに千秋を助けるためでしょ!」


「いつも手抜くなよ、そもそも」


 千秋が白い目を向けると、何が楽しいのか。陽太は目を細めて嬉しそうに笑った。


「作業途中のプログラム、全部、最新の状態でコミットしてあるでしょ?」


 千秋はこくりと頷いた。


「それなら、引き継いで俺がやれるから大丈夫」


 陽太はにかりと、歯を見せて笑った。


 自分のローカル環境で作成、修正したプログラムは、適当なところで他の人たちも確認、編集できる環境に保存する。

 それがコミット。

 毎日はしない人も多いけど、千秋は必ずコミットしてから帰っていた。

 ローカルでやっていた作業が、翌朝になって消えていたらと考えると怖くて。無駄に心配性を発動させていただけなのだけど、今回はそれが功を奏した――と、言えなくもないかもしれない。

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