**05-06 二十云年の付き合い、ですから。**

 病院の天井をぼんやりと眺めながら、千秋は深々とため息をついた。

 事故か、事件か、自殺かと大騒ぎになっている警察やら、ご近所さんやらに平謝りして。救急車に乗せられて病院に到着して。


 診断はいわゆる胃腸風邪だった。

 脱水症状を起こしていたとかで、結局、点滴入院にはなってしまったのだけれど。


 カーテンを引く音に顔を向けると、陽太がくしゃりと笑った。


「千秋、起きたんだ!」


 こくりと頷くと、陽太はイスを引き寄せて座って、枕の横にあごを乗せた。

 昔、飼ってた犬みたいだ。千秋が寝ているとそばに寄ってきて、何がなんでもいっしょに寝ようとするのだ。


「うつるから、あんまり寄るなよ」


「大丈夫、大丈夫。俺が頑丈なの、知ってるでしょ?」


 そういえば、陽太は小学校から高校まで、ずっと皆勤賞だった。風邪やインフルエンザが流行るたび、全部にかかって、学校を休んでいた千秋とは真逆だ。


「ずいぶんな大ごとにしてくれたな、ヒナ」


「だって、電話出ないし。メッセージ送っても、既読にならないし」


「だからって、警察だの、救急車だの……。ご近所の人まで巻き込んで……」


「だって、倒れてたら大変じゃん! ただの風邪って言ってたのに、入院したこともあるし。それも一週間以上!」


「子供の頃の話だろ? あのときは肺炎が悪化しただけだよ」


「でも今回も入院になったじゃん」


「……」


 言い返せない。

 ムッとしてそっぽを向く千秋を見つめて、それでも陽太はそばを離れようとはしなかった。


「会社……」


「岡本さんには電話しておいた。入院の話したら、今週いっぱいは休めってさ。――あ、千秋のお母さんにも連絡しといた。すぐ来るって。たぶん怒鳴られるから、覚悟しておいた方がいいよ」


 けらけらと笑う陽太につられて笑うだけの余裕は、今の千秋にはなかった。

 救急車に乗るときに時間を見て、まだ昼前だと知ってびっくりした。てっきり仕事が終わってから来たんだと思っていたのに。

 陽太が仕事を休んでまで様子を見に来てくれたことが。そんなにも心配してくれたことが、うれしくて。

 でも、それと同時に、自分の不甲斐なさに涙が滲んできた。


「気持ち悪い? 先生、呼んでこようか?」


 腕で目元をおおうと、陽太が心配そうな声で尋ねた。千秋は黙って首を横に振った。

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