いつもそうだ。

 陽太は自由気ままにやっていても結果を出すし、結果を出すからこそ許される。


 千秋は真面目にやっているつもりだし、周りからもその点だけは認めてもらえる。

 でも、それだけ。


 学生時代なら、それでもよかった。

 でも社会人はそうじゃない。結果を出さなきゃ意味がないのだ。


「千秋、俺のせいで自宅警備員になっちゃうの?」


「うん、そう。ヒナのせい」


 言い捨てて、千秋は唇を引き結んだ。

 今のは完全に八つ当たりだ。


「……?」


 千秋が怒っている理由はわからなくても、陽太に対して本気で怒っているわけじゃないということはわかっているらしい。

 陽太は臆することなく、うつむく千秋の顔をのぞき込んできた。


 邪気のない、陽太の丸い目に見つめられると居たたまれなくなってくる。

 千秋はぷいっと顔を背けた――のだけど。



「なら、俺が養ってあげる!」


 陽太の体温の高い手に頬をつかまれて、ぐいっと強引に戻されてしまった。


「俺、千秋の作った料理、大好きだし。千秋みたいなお嫁さんが欲しいって、ずっと思ってたし。自宅警備員がいやなら俺のお嫁さんになったらいいよ」


 子供みたいに無邪気に笑う陽太を見つめ、千秋はぽかんと口を開けた。


 陽太が言う“お嫁さん”という言葉に、たぶん深い意味はない。

 陽太が言いたいことは、何かあったら助けるから心配しなくていい。そんなに気負わなくていい。

 そんな程度の意味なんだと思う。


 それはわかる。

 わかってはいる、けれど――。



 きゅん……。





「って、なるか! ボケぇ!」


 バシーーーン! と、テーブルを叩くと、千秋は絶叫した。


「え、なにが!? なんの話!? 千秋、なんで急に怒ってんの!!?」


 陽太は慌てて立ち上がると、フレンチトーストが乗ったお皿を手に、後ずさった。


「ヒナになんて養われてたまるか! て、いうか俺はお前のオカンか!」


「いや、だから、お嫁さん……?」


「どっちもお断りだ!」


 千秋はもう一度、バシーーーン! と、テーブルを叩くと拳を握り締めた。


「来週から真面目に働く!」


「今週も十分、真面目だったよ!?」


「もっと真面目に働く!」


 幼なじみの妨害になんて屈せず、真面目に社会人をやるぞと心に誓って。千秋はにぎりしめた拳を、決意をこめて振り上げたのだった。

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