「聞いてないよ!」


 突然、カッと目を見開くと陽太は地団駄を踏んだ。

 駅のホームで。終電が近付いて、混み合って、殺伐としているホームで思いっきり。


「聞いてない! 千秋が引っ越すなんて俺、聞いてないよ! なんで一人暮らしすんのさ! 毎日、いっしょに職場まで通えると思って楽しみにしてたのに!」


「勝手に楽しみにするな。絶対にいやだ。お断りだ。小中高、ついでに大学までお前の寝坊のせいで毎朝のようにダッシュしてたんだぞ!」


「いい運動になったでしょ?」


「なんでそんなに邪気なく、ポジティブな方向に話を持っていけるわけ?」


 あっけらかんとした笑顔で言い放つ陽太に、千秋は真顔でツッコミを入れた。


「なぁー、なんで一人暮らし始めたのさー!」


 千秋のツッコミなんて完全スルーで、陽太は唇を尖らせた。


「今回の現場、ちょっと遠いし。うちのリフォームの予定もあったし。ちょうどいいからって追い出されたんだよ」


「いつ一人暮らし始めたのさー!」


「引っ越したのは三日前かな。急に決まったから」


「俺、引っ越しの手伝いに呼ばれてない!」


「呼んでないから」


「なんで呼ばないんだよ!」


 陽太は唇を尖らせて、また地団駄を踏んだ。こんな調子の陽太を満員の電車に乗せたら迷惑だ。

 ドアが閉まり、ゆっくりとホームから出ていく電車を見送って、千秋はため息をついた。


「平日に有給取って引っ越したんだよ。ヒナだって仕事だっただろ」


「て、いうか部屋探す時点で呼べよ! 勝手に引っ越し先、決めるなんて俺は許しません! 許しませんから!」


「誰目線のセリフなんだよ」


「と、いうわけで、お父さん。今から千秋が住むのにふさわしい部屋か、見に行きたいと思います!」


 陽太は千秋の鼻先に、ビシッと人差し指を突き付けた。

 陽太の指を一瞥いちべつ。千秋は陽太を白い目で見た。


「お父さん、最終電車を逃したから泊めてくださいって素直に言ったらいかがでしょう」


「ふさわしくないと思ったら実家に連れ戻しますからね!」


 腰に手を当てて鼻息荒く言う陽太に、


「て、いうか。ヒナみたいなお父さんなんて、絶対にお断りなんだけど」


 千秋は盛大にため息をついた。

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