**01-08 君の常識、僕の非常識。**
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千秋が借りたワンルームに上がるなり、陽太は部屋中を見て回って、
「部屋の広さ、きれいさ、使い勝手は合格だ!」
腰に手を当てて偉そうに頷いた。
「さいですか。それは何より」
「でもセキュリティがなぁ。二階とはいえ、オートロックもついてないし。ちょっと不用心なんじゃないかな?」
「娘の初めての一人暮らしにヤキモキする父親かよ。築年数が古いから、俺の給料でもこの広さの部屋を借りられたんだよ」
「ふーん」
ひととおり見てまわって満足したのか。陽太はあっという間に部屋への興味を失ったらしい。
スーツを脱ぐと床にポンポンと放り投げた。
「ハンガーにかけないとしわになるよ」
「うん。――千秋、タオルどこ? シャワー、先に浴びるよ」
「だからハンガーにかけてから……そこの三段目」
千秋は途中であきらめると、部屋のすみのタオルがしまってあるタンスを指さした。
脱ぎっぱなしのスーツはそのままに、陽太はタオル片手に風呂に入ってしまった。
陽太に言ったところで無駄だと千秋も学習している。子供のころから何回言っても片付けようとしないのだ。
千秋はため息をついて、まずは陽太が脱いだスーツを。次に自分のスーツをハンガーにかけた。
次に詰んである段ボールから、私服が入っている箱を探し出した。
陽太の方が千秋よりも少しだけ背が高くてガタイもいいけれど、だぼっとした部屋着なら十分入る。
セットで見つからなくて、色違いのスウェットをソファの上に放り投げた。
別の段ボールを開けて毛布を取り出し、同じようにソファに放り投げる。
四月も半ばになって気温も上がってきているしいらないかと思ったけど、念のために持ってきておいてよかった。
陽太はすぐにシャワーから出てきた。トランクス一枚に首にタオルを巻いた姿だ。どこから見つけてきたのか、歯ブラシもくわえている。替えとして持ってきた、ホテルや旅館に置いてあるアメニティだ。
「そのスウェット、使えよ」
「ほーい。トランクス、借りたから」
「……どっかにあった?」
「え、タンスに入ってたのって洗濯済みのでしょ?」
「新品の、出したんじゃないのかよ」
「勝手に新品の封、開けるほど非常識じゃありません!」
胸を張って言う陽太を、千秋は白い目で見た。洗濯してあるとは言え使用済みの他人の下着を履くのと、どっちが非常識なのだろうか。
まぁ、陽太に常識を問うだけ無駄だ。
ぴょんぴょんと片足で跳ねながらスウェットの下を履く陽太を見つめ、千秋は微笑んだ。諦めの境地というやつだ。
「じゃあ、俺もシャワー浴びてくるから。明日も仕事なんだからさっさと寝ろよ。そのソファ、テキトーに使っていいから」
千秋の言葉に、スウェットが置いてあったソファを一瞥。
「なんで俺用の布団、持ってきてくれてないの?」
陽太がきょとんと首を傾げた。常識でしょ、といわんばかりの陽太に、
「逆に、なんで持ってきて当然みたいな言い方してんの?」
千秋は思わず聞き返していた。
陽太に常識を問うだけ無駄だとわかっていても。
それでも聞かなければ気が済まないと気が、人にはあるのだ――。
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