第15話 他人として?

 戻ると、私が昨日居たあの公園にぽつんと一人で帰ってきていた。


 アカネさんが言った通り、本当に明け方。さっきの世界が嘘みたいだ。


 朝日が昇り始めた頃で とても綺麗だ。


 そして

 いつもより視力が良い

 ぼやけない。

 普通に鮮明だ


「湊、純恋さん、お義母さん、お義父さん、…」


 冷静になった途端に浮かぶ4人の顔。

 きっとみんな探しているはずだ。


「っ、早く帰らないと、」


 そう思うのに、


「あ、れ?」


 なんで

 なんで…、

 なんで、うまく足が動かないの?


「ねえ…ねえってば!!!!」


 自分の足に自分で叫んで言い聞かせる。

 叩いてもつねっても殴っても


 全く動かない、この足。


「…っ、う…っ、ふ、っ…」


 涙が零れる。


 今、こんなことで泣きたくないよ…


「脳みそ…っ、うっ、働いてん、の…?」


 私はなに…?この涙はなんのため…?


 すべてが、わからない…、

 全部全部、わからなくなってくる…っ、


 救ってほしいの?

 嫌ってほしいの?

 大切にされたいの?

 それともいっそ哀れんでほしいの?

 どうなっても良いくらい、今の私はおかしい。


「っ、誰か…っ、誰かあ…っ…」


 こんな時間だから通行人みちゆくひとは誰ひとりいない。


「…動いてよ……」


 かすかに自分の足に向けて言う。


 すると誰かに話しかけられた。


「あの…だ、大丈夫ですか?」


 涙で視界がぼやけて、よく見えないが

 落ち着く声をした、女の子のような優しい音の響き。


 涙を拭き取ればはっきりと見える。


 細くて長い、綺麗な髪の毛。

 弱々しくもみえる痩せ細った体。


 手には大量のカップラーメンが入った袋を提げていた。


 それに、可愛い見た目にはとても合わないジャージ姿。


 この人、なんか何処かで…


「あれ。もしかして…」


 私が発する前に先にもしかしてと言われる。


「「あ…!」」


 ああ、この人、


「純恋さんのお友達の、合歓垣遥香ねむがきはるかさん…ですよね?」

「純恋の妹の、一ノ瀬彩葉さん…ですよね?」


 私達はほぼ同時に答えた。


「良かった、合ってた。」


 合歓垣さんはほっと胸を撫で下ろす。


 合歓垣さんは純恋さんが良く家に連れて来て、此方も顔見知りなんだ。


「えっと…こんな朝に、どうしたんですか?

 さっきまで泣いてたみたいですし…」


 優しい声と優しい顔で言われる。


「…なんでもないです、合歓垣さんは、何でこんな朝早くに…?」


 涙を拭い、鼻を啜ってそっけなく返した。


「カップ麺のストックが切れちゃったから、

 日光もまだそんなに強くないし、人気があんまりないこの時間帯に買いに来たんです。」


 ああ

 そう言えば強い光とか、人混みが駄目だって純恋さんから聞いたことあるような気がする。


「…そういえば、3時間前ぐらいに純恋と通話してみたけど、

 純恋がいつもより暗くて…、」


 …あの元気な純恋さんが元気がなかった…?

 心配、してくれてるのかな、


「もしかしたら、純恋の家族になにか合ったのかな…、って…思いまして…」


 帰りたい。

 きっと心配してくれてるんだと思うから。

 確信はないけれど、そうだと信じたい。


「…っ、帰りたいのに、帰れない…、」


 帰りたい、でも

 ずっと足が痙攣して震えが止まらないの。


「え…っ、きゅ、救急車…あ、でもわたし携帯持ってな、…」


「合歓垣さん、私ですね」


 急に口が開いていた。


「?、な、何…?」


 どうして、…

 そんなに親しくもない合歓垣さんにこんなことを言ったのかわからない。


 でも。

 この人には話してもいい、って

 私の本能は叫んだように思えた。


「私、――――――――なんです、」


 最後に苦笑してそう放つ。


 今まで誰一人にとも言えなかった言葉を。

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