第15話

空虚な時間が流れていった。

傍にあるイタリア旅行で物珍しく買ったメトロノーム式の時計の針が、リズミカルに響きわたる。

空気が徐々に重々しくなった時、詩織は神妙な面持ちで

「老婆心ながらに私から提案があるんだけど、いいかしら?」と言った。




「ええ、どうぞ」みなみは視線を詩織に切り替えた。




「こういう状況になった以上、表舞台に戻るのは現実的に考えて難しいと思う。ほとぼりが冷めたら復帰できる可能性はあるけど、何年になるか分からない。仮にできたとしても、世論は一度失墜したものが再浮上するのは嫌悪感しかないからね。風当たりは相当強いと思う。いばらの道よ」


平坦な口調で詩織は呈す。息を吸い込んで肩を揺らした。



「で、ここからが私の提案なんだけど、ネットタレントやってみない?」


「え?ネット?」虚無的な表情で聞いていたみなみは、目を丸くして唖然とした。



「そうよ。あなたが再起を図るにはここしかないと思うの」詩織は鋭い眼光を彼女に向けた。


「どういう事?詳しく説明して」



「今破竹の勢いで急成長してるメディアがネットなの。スマホの普及による時代の趨勢ね。

社会の風向きも大きく変わりつつあるわ。そして何よりの利点はテレビみたいに、スポンサーからの関与を受けないの。仮に殺人を犯した凶悪犯罪者でも、邪魔立てされずに脚光を浴びることが出来るわ」



「わたし犯罪者でもなければ、法も犯してないんだけど」みなみが口を尖らせる



「極端な話ってっことよ。つまり誰でも平等にチャンスがあるってわけ。スキャンダルで干された女優さんでもね」

詩織がまじまじと彼女を正視した。顔にはあなたの事よ、と書いてあった。



なるほど、みなみは感想を漏らす。だがその直後に顔をしかめてうねった。


「でも、私がやりたいのは演技であってクリエイターじゃないわよ」


「分かってる」詩織は人差し指を出して左右に振った。


「今主流はバラエティーや教育系の動画が多いけど、規則があるわけじゃないの。そこで機を照らしてドラマを作るのよ。きっと異彩を放てるわ」



「ドラマを作る?」二重まぶたの目をパチクリして彼女は言った。


「無理でしょそんなの。脚本家にカメラマン、演者だっていないし。ホームビデオならまだしも、ドラマなんて。あの映像取るためにどんだけの人が携わってるかぐらい、詩織も分かってるでしょ?素人があんなクオリティ高いもの作れないわよ」みなみの語気が後半になるにつれて強くなった。



「別にクオリティが高い物を作らなくていいじゃない。大事なのは、あなたの演技を大衆に見てもらえる場所が、できるって事でしょ」


確かに。ビビっと電流が走った。

血流が早くなっていくのを感じる。詩織が続けて言った。

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