第14話
「そんだけ軽口叩けるならもう大丈夫ね。半狂乱になってたら、どう対処しようかと思ったけど、どうやら杞憂だったみたいだわ」
「詩織のおかげよ。あなたを見てると元気が湧いてきたわ。少し遅かったら良からぬ事を考えて、実行してたかも」
いい終わった彼女の口元は引っ張られるように上につり上がっていた。
「そう。なら良かった」安堵の息を漏らした詩織は、食べ終わった食器類をキッチンに運ぶ。詩織の後ろ姿をみなみは目を細めて眺める。
自宅で客会釈を受けているのは違和感があるが、妙に心地良かった。
詩織が食後のホットコーヒーを持ってきた。
教えてもないのに、コーヒー豆の保管場所をめざとくのもさる事ながら、お気に入りのマグカップを携えてきたのは、さすが敏腕マネージャーと言うところだろうか。
音も立てずにうやうやしくテーブルにカップを置いて、対面で向き合う形で腰をかけた詩織は、神妙な面持ちで「これからどうするつもりなの?」とおごそかに聞いた。
みなみはコーヒーを一口啜りながら逡巡し、たっぷり間を使って口を開いた。
「なにも決めてないわよ。正直どうしていいか分からない。もう表舞台には立てないのかな?っては思ってるけど、今更他業種に移る気にもなれないし、八方塞がりよ」
「そんなことだろうと思ったわ。引き抜きを掛けたマリアキャリーには連絡したの?」
顔を覗き込むようにして詩織は気まずい質問を投げかけた。意表を突かれて心臓が掴まれた気分だ。じわじわとバツの悪そうな顔になったみなみは応える。
「もちろん連絡したわ。あんた達のせいでこんな事になったんだから責任取れってね」
「それで?」
「けんもほろろに断られたわ。私たちは一切関係ありませんの一辺倒。こっちもあらぬ疑いを掛けられて迷惑してるってさ」
みなみは呆れた色で手を左右に振った。
「なによそれ。事の発端は向こうでしょ。都合が悪くなったらトカゲの尻尾切りして茶を濁す。大企業として恥ずかしくないのかしら」不快感に襲われたのか詩織の眉間に皺が寄った。
「大人は自己保身のためなら、事実を平気で捻じ曲げるからね。今回の件でそれを痛感したわ」
みなみの表情はどこか哀愁を漂わせていた。
顎をひいて俯いた視線の先は、まだ並々に入っている、マグカップに注がれた。
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